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― ep.3 ―(8)
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その言葉で、熱に浮かされた俺の頭も少しだけクールダウンした。
なるほど、砂原先輩が美術部に長居しすぎると、こうやって阿部先輩が注意して帰らせるのか。
やっぱり夫婦っぽいなぁ、なんて呑気に考えていたのだけれど……
「えっ、あれ、なんで…?
今日はお邪魔だった感じ?」
言われた本人を見ると、それはとてもいつも通りという様子ではなかった。
…それどころか、部長や副部長までちょっときょとんとした顔をしている。
普段は帰れなんて言わないのかな…?
でも、じゃあ何で今日だけ……?
「いいから黙ってここを去れ。
早々と。迅速にだ」
「えぇ〜……?
…はぁ、わかったよー。
みちるがそう言うならしょーがないよねっ!」
すると、あんなに困った顔をしていた砂原先輩が、すぐにアメリカのホームドラマのように大袈裟に肩を竦めて見せ、一瞬で阿部先輩の言葉に従った。
本当に今日はもう帰っちゃうんだ…。
「じゃ、部外者は退散します!
あーあ、もうちょっと新入生クンとお話したかったんだけどなぁ~」
「あ……」
そうだ、俺まだ名前も名乗ってない。
覚えて欲しい…少しでも俺のこと、頭の片隅にでもいいから、置いといて欲しい…!
「あの、俺っ、1年2組の椎崎っていいます……っ。
…砂原先輩、よろしくお願いします……!」
やっとのことで最低限の自己紹介をして、軍隊のように思いっきり頭を下げる。
部長達は俺のこの必死な挨拶を、厳しかった中学の部活のせいだと思ってくれるだろうか…。
頭を上げて目の前を見ると、背を向けかけていた砂原先輩は、ちゃんと立ち止まって俺の方を向き直してくれていた。
――そして、溢れんばかりの無邪気さでニコッと笑って、さっきと同じように、右手を差し出した。
「椎崎クンか。
じゃあ、しーくんでいい?」
「えっ………」
……よ、よくない。
何だよそのカワイイ呼び方はっ!
先輩に名前呼ばれるならもっとカッコイイのがいいよぉ〜っ!
「あ、は、はい…」
…でも、ダメですなんて言えるはずもなく。
「じゃ、またね、しーくん!
さっきも言ったけど、俺しょっちゅうここ来てるから。
またすぐ会うと思うよ〜」
今度はブンブン振り回されることもなく、普通の握手を交わしたのち、砂原先輩は美術室を後にして。
俺は「しーくん」と呼ばれることになった。
「阿部くんが砂原くん追い出すなんて、珍しいね~?
いつもは適当に扱ってても帰れなんてことは言わないのに、どうしたの?」
「……いえ、別にどうも」
あんまり納得のいく呼ばれ方ではないけれど、今日から砂原先輩の中に、俺の顔と名前がしっかり存在するようになったんだ。
俺だけが一方的に知っているのではなくて。
遠くから見ていることしかできないのは、昨日で終わったんだ。
初めて生まれる感情は、本人がいなくなってもとどまるところを知らなくて。
まだあるの?まだあるの?ってなるほどに、一人であれこれ考えるだけですぐに新しい波が追い立ててくる。
このままいったら、どうなっちゃうんだろう…? なんて、自分の身を案じてみようともしたけれど。
そんな余裕のあるライン上からは、この時すでに、1歩はみ出していたんだ。
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