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転‐12
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お互いに、ひとつの可能性に気づきながら、どちらも何も言えぬまま駅に着く。
今、一緒に居る相手と体を重ねることは、菅原に飢えている岩泉にとって、また、木兎の事で浮わついている赤葦にとって、最も手っ取り早く現実から逃れられる手段ではある。
しかし、それを現実にするには、自分達を取り巻く環境や人間関係や柵といった全てに目を瞑り、一気に押し切る力が必要なのだが、2人にそこまでの覚悟は、まだ無い。
何かひとつ。きっかけが有れば
岩泉は、自分が及川のように、誰にでも好かれる外見で、誰にでも親しく声を掛けることが出来たなら、と気づき、赤葦は、自分が木兎のように、誰をも惹き付けて巻き込む明るさが有れば、と唇を噛む。
私鉄と地下鉄が乗り入れる その駅で、2人はそれぞれの改札に目を向ける。
「オレは、こっちだ」
岩泉の声音に、自分を求める響きはない、と赤葦は落胆する。
しかし、別れの挨拶にしては必要以上に……2人の関係性から言えば不自然とも言える程に……自分を見つめてくる岩泉の瞳にたじろぎ、赤葦は思わず横を向く。そして、鏡のようにピカピカした、柱を模したオブジェに映る赤葦自身の顔に気づく。
寂しそうで頼りなさそうな、自分の顔。
助けてくれ、と訴えているような、その表情。
自分は、ずっとこんなツラを晒していたのか、と赤葦は嘆きたくなる。それに伴い、また下がる眉。
ほとんど泣きそうじゃないか!と自分に呆れる。
「普段なら放っておくんだけど、な」
不意に岩泉が赤葦に言う。
「今日は、オレも少し不安定かな……ま、気が向いたら連絡をくれ。本日限り有効だ」
と、差し出す名刺の裏に、ケータイ番号とおぼしき数字の羅列が見て取れる。
「……え?」
虚を突かれた赤葦の手に、ふたつ折にしたそれを滑り込ませ、握手をするように、ぎゅう、と熱を伝える。
「あの、……!」
赤葦の呼び掛けには応えず、言うことは言った、という風情で背中を見せ、岩泉は改札へと消えて行く。
「何なんだ、一体……」
別れ際の岩泉の行動に戸惑う赤葦が、ぽつり、
と呟く。
結局、オレは、取り残されて。
1人で放り出されて。
この夜の、このオレの想いは、どうやって昇華させれば良いのだ?
1人で、悶々と、木兎さんのことを考え続けろというのか。
気が狂いそうなくらい身悶えする自分が見える。
このまま1人で居れば、木兎に連絡をすることだけに囚われて、思い悩むだろう。
その時の木兎の声音を想像するだけで、心が震える。
一晩中、逡巡した挙げ句、何も出来ない自分。
……夜がいけないんだ。
全てのものの活動を抑える夜が。
弱い心を取り込もうとする闇が。
判断を狂わせるんだ。
帰りたくない。1人になりたくない。でも、友達と一緒に居たい訳ではない。
いっそ、体育館で一晩中サーブ練でもしていた方が気が紛れる。そうしようか。灯りを煌々と点けて、闇が入り込む隙間を失くし、木兎さんの影を追いながらひたすらボールを打ち続ける……
そう思いながら握り締めた手の平に、押し込まれた紙片が、くしゃ、と小さな音を立てる。
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