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勢い任せに並べた言葉に呼吸は乱れ肩が激しく上下する。
いつの間にか離れていた温もりを
名残惜しく思う自分がまた嫌いになった。
突き放しておきながら
実の所は突き放されるのが怖いだけ。
求めておきならがらいつか来る別れに怯えているだけ。
それでも、溢れて止まない感情に視界が滲む。
ここで俺が泣いて良いわけがない
振り回して、傷つけておきながら最低だ。
「…っ、」
「伊澄さん」
怒気を含んださっきまでとはまるで違う。
優しく囁くような声にびくり、と肩が跳ねた。
咄嗟に涙が見られないよう顔を背け、視線は無意識に金井の元へ
視線の先の掌はきつく握り締められており
骨ばってて少し浮き出た血管に男の手だな、なんて場違いなことを思う。
靴裏側と地面の擦れる音がゆっくり近づいてくる。
来るな、と思うのに近づく度に大きくなる音に心臓はうるさくなる。
影を引き連れて一歩、また一歩と大きくなる音
次第に夕暮れの優しい日差しから隠すように
金井の影は俺をすっぽりと覆ってしまう。
顔を上げることは出来ないが、近くに感じる体温に酷く安心した。
きっと見慣れた髪は、眩しいオレンジの光をそのミルクティー色に反射させていつもより煌めいているのだろう。
見たい。
見たくない。
触れたい。
触れたくない。
心の中では未だに感情がぶつかり合って最善策も答えも浮かばない。
「伊澄さん」
今度はこっちを向いてと言わんばかりに呼ばれた名前
よく通る甘い声は透明な俺の名前に色を付ける。
ふるふると力なく振った首
勝手に流れ落ちた雫がアスファルトを濡らして色濃く染みをつくる。
「だめ、ちゃんとこっち見て、聞いて」
なんて単純なんだ。
さっきよりも幾分か優しい声が耳に届いた。
すると、俺の身体は主導権を失ったかのように素直に動く。
金井の、思うがままに。
「、」
「伊澄さんが俺を見る時は、苦しそうな顔か泣き顔だね」
そう口にした金井の顔の方が苦しそうで辛そう
こんな顔をさせてるのが自分なのだと思うと
じくじくと罪悪感が心の内側に降り積もっていく。
鼻を啜ればみっともない音が漏れた。
だから、急に言われた言葉を聞き逃してしまうところだった。
「すき」
「え、」
呟かれた言葉
それは、俺が形にするのも、されるのも避けた言葉だった。
「ごめんね、伊澄さん。でも俺もう我慢できないし、したくない。伊澄さんが好き。伊澄さんが泣いてれば俺も辛くなるし、笑っていれば俺も嬉しくなる。他にも言いたいこといっぱいあるのに好きしか出てこない。好きなんだ。ごめんね、俺、どうしようもなく伊澄さんが好き。」
「な、に」
俺は、今、何を聞かされているんだ。
耳を塞ぎたいのに
その先を望んでしまう自分がいる。
「昔、伊澄さんに何があったかは知らない。聞いていいかもわからない。でも伊澄さんがそういう感情に敏感で臆病なことは何となくわかるよ。ねえ、俺じゃだめ?俺なら後悔させないとかそんな無責任な事言えない。むしろ沢山後悔させると思う。」
これ以上聞いたらダメだ。
だって聞いたら俺は…
「それでもお試しで付き合ってなんて俺は嫌だ。我儘かもしれないけど俺はちゃんと伊澄さんと好き合いたい。楽しさも苦しさも幸福も後悔も伊澄さんと一緒に感じたい。間違えたっていい、俺たちはきっともう一回ができるよ。たくさん悩んで喧嘩して笑って、限りある伊澄さんの時間を俺にちょうだい。」
馬鹿だ。
俺が求めて止まない普通を持っているこいつは
普通じゃない俺の時間が欲しいという。
俺を、好きだという。
「……ばか、じゃ…ねぇっ…の?」
「うん」
ぐっと奥歯をかみしめて震えそうになる脚に力を入れ
何とか言葉を絞り出す。
「おれ、は………お前とは、ちがう」
けれど違う、違うんだよ。
認められない感情と認めてしまいたい思いに涙は止まらない。
自分で言って胸が苦しくなる。
「違うから好きになったんだよ。伊澄さん、違うことはいけないことじゃないよ。もしも周りの視線や世間一般っていうのが怖いなら……」
怖くない方がおかしいだろ。
お前も俺も男同士というのは変わらない。
逃げたくもなるだろ。
普通じゃないことがいけないと知ってるなら当たり前だろ。
一歩を踏み出せないのは仕方ないだろ。
俺は、どうすればいいんだよ。
「俺だけを見てればいいよ」
「は、」
思わず瞳を見開いた。
息が、止まりそうだ。
「きっとそういう世間体とかいうのは大切なことなんだと思う。でもさ、他のやつの言葉なんか耳に入れないで。俺だけを見て感じて。逃げたくなったら逃げてもいい、でも逃げ場所は俺のところね。伊澄さんの時間が欲しいって言ったけどやっぱ訂正。」
バカで正直で眩しくて、
いつ来るかもわからない別れよりも
この瞬間の幸せを手にしたい思ってしまう。
真っ直ぐに言葉を紡ぐ金井の瞳は優しく細めらた。
「俺に伊澄さんの全部をちょうだい」
スッと差し伸べられた手
"普通"なら馬鹿なことを言うなとはたいてしまうのが正解なのだろう
頭を駆け巡るのは苦しくて辛い記憶
信じて失敗した記憶
「…。」
俺は瞳を閉じて
ゆっくりと深呼吸をした。
きっとこれから俺はこいつの言う通り
何度も泣くだろうし後悔もするとのだろう。
それでも、俺はその度に何度もこいつの手を取ってしまうんだろうな。
いま俺が、この手を取ったように。
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