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氏原side‥₃
あまりにも肩を落とし、眉をハの字に歪めたあの康明が
頭から離れないものだから
全部では無いにしろ、朝の残りの材料で
弁当と同じような物を作ってみた。
少しは元気を取り戻してくれるだろうか。
康明の着替えを準備すると、タバコを持ってベランダに出た。
カチンと控えめな音で火をつけると、真っ暗の中に
1つの赤い光が灯る。
それを見つめながら、だいぶ慣れてきた康明と同じ銘柄の煙を味わった。
それでもやはり一人になると、耳の奥で煩く響くのは
照り付ける太陽をものともせず僕を極寒の境地に立たせた康明のあの言葉だった。
考えても、考えても、出てくる答えは認めたくないもので
康明の、妹を呼ぶ声と恐怖すらも覚える笑顔が脳内で繰り返される。
もしかして、康明は今までも
僕と幸音を重ねていたのかもしれない。
顔の作りが、まさかここまで似ていたとは思わなくて
正直僕自身も驚いたけど
ただ、昔から雰囲気が似ているだとか
ふとした時の表情や言葉遣いが似ていると
言われることがあった。
だからもし、康明が僕の中に感じる幸音的な部分に
惹かれ、こうして構ってくれているだけだとしたら…。
僕は…”幸人”は、はじめから康明の中にこれっぽっちも
映っていなかったんだろうか。
ジワリと涙が目に浮かぶ。
勉強だって、幸音を真似て始めた習い事だって
学校でも家でも何処で何をしても僕はいつだって、
昔から何一つ、幸音には敵わなかった。
「ゆーきと。そこに居たか。」
「…っ、康明…!!」
振り返ると、シャワーを終えたらしい康明が
頭からタオルを被って下着姿で立っていた。
「俺も行くわ。」
「ちょ、何か着ないと身体冷えるってば…」
康明はそんな僕の言葉を無視して、外用のスリッパに足をすっかけて隣まで来ると、僕が手に持っていたタバコを
取り上げそのまま口をつけた。
「…うえー。鼻痛くならね?メンソール。」
「ちょっと、今タバコ高いんだから要らないなら
取らないでよ。」
「俺もお前の吸ってみたかったもん。」
「俺もってどういう事?」
急に返事が無くなったので、僕は隣を見た。
すると、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる康明と
目が合って、無意識にゴクリと唾液を飲み込んだ。
この表情をする康明は、何かしら僕を羞恥に追いやる
言葉を放つって知ってるから。
「…前に俺が熱出した時、俺がちょっと吸って消したやつ
吸わなかった?……短くなってたけど。」
「………そんな…変な事、いちいち覚えてなくていいし…
は、早くタバコ返し――っ」
言い終わる前に、僕の口は康明の持っていたタバコで塞がれる。まるで赤ちゃんが喚くのを止める為に、おしゃぶりを咥えさせるように。
ムッとして康明を睨むと、康明は先程とは打って変わって
目を離せないほどの綺麗な笑顔で僕を見ていた。
「幸人との事ならなんだって覚えてるわ。」
雲の間から覗く月の明かりは、不要な布を一切身に纏っていない康明のきめ細やかな肌、薄く付いた筋肉、細い腰を優しく照らし出した。
儚く輝く星すらも、康明の前ではただの宇宙の屑だ。
僕との事ならなんだって覚えてるなんて
珍しくクサい台詞を吐かれたものだ。
本当だろうか。
いや、きっと嘘なんかじゃない。
僕を愛おしそうに眺めるのも
優しくも熱を持った指先でそっと頬を撫でるのも
かと思えば骨が音を立てるような勢いで僕を強くかき抱くのも
僕しか知らない、彼の顔だから。
僕を見る彼の顔にはいつだって優しさが含まれているから
僕なんだ。
幸音じゃなく、幸人を見ているんだと
そう信じ込む事しか、僕には出来ない
「俺の吸いかけ、美味かった?」
「………不味かった。」
「…フッ。そっか。
……俺は美味かったよ。幸人の味…。」
そんな事を胸を締め付けられるような笑みを浮かべて言われれば、何も返す言葉が無くなってしまって
黙りこくった僕に康明はため息を1つ溢して口を開く。
「照れんなよばーーか。おら、中行くぞ。腹減った。」
気付けばつま先から頭の頂点まで、火でも湧き上がるじゃないかと思うほど体が熱い。
それは今僕がどんな心情だったとしても、結局は少しも隠すことなんて出来ない程の康明への愛おしさ。
そして茶化すようなことを言いながらも、僕の腕を引く康明の手は驚くほど熱く、タオルの隙間からチラリと見えた耳は真っ赤に染まっていて
いつしかさっきまでの不安は何処かに消えていった。
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