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果物と同価値
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その骨董商がまず目にしたのは、積まれた巨大な果物だった。
一見すると大きなドリアンのようだったが、ドリアンと違い豚の死体の匂いを纏っていた。
どんな痩せた土地でも簡単に生えて大量の実をつけ栄養価も高いことから、貧しい者がよく栽培している果物だ。現地で貧者のフルーツと呼ばれるそれは、豚肉のような風味の甘酸っぱい匂いと味がする。
以前、戯れに口にしてみたが、骨董商には豚の死体を口一杯に頬張ったようにしか感じられなかった。好きな者は好きらしいが、彼は二度と口にしないと心に決めている。
簡単に大量に栽培できる貧者のフルーツは、現地では商品価値はない。少しでも生活に余裕のある家庭ならば、食べること事態をみっともないと言われ嫌厭されていた。骨董商が食べた時も、「何故、金持ちの日本人が食べる?」と困惑され、変人を見るような視線を向けられた。
そんな物を市場で売るという事は、売り手はこれしか売り物のない極貧者だ。骨董商が売り手を見てみると、案の定、地面の上に座っている女は痩せきっていた。刺繍が施された布を頭から被っているが、元の色が分からないほど土や埃によって汚れている。
憐れだけども仕方がない。
一度、乞食のような店に骨董商が情け心で金を出した所、色めき立った民衆に囲まれて商品を押し付けられ、誠に恐ろしい目にあった事がある。たまたま顔見知りだった警官が通り掛かったから無事だったが、あのままだったら、骨董商は身ぐるみを剥がされるか命を失ったかもしれない。
生温い情け心を出せば、一気に群がられて押し潰される。それが、世界最貧国の一つであるこの国の現実だ。
骨董商が売り手の女を見た理由は、貧者のフルーツを売るような貧乏人がいることに驚いただけだった。現に、誰もが貧者のフルーツの店の前を素通りする。
骨董商も立ち止まること無く素通りしようとしたが、目があった。
美しい緑の光彩に金が上塗りされたような、九谷焼の金緑のように独特な金属的光沢を持った瞳だ。
女の横に座っていた少年が、骨董商を見つめていたのだ。骨董商は、この国の美的感覚は分からないが、日本人の感覚でも美形だと思う程、整った顔立ちをしていた。女の子供なのだろうか、汚い短パンを一枚身に付けただけで靴も履いていない。頬はコケており裸の上半身には肋骨が浮いていたが、その大きなアーモンド型の瞳には綺羅綺羅と輝く知性と好奇心が満ちていた。
この時、骨董商は初めて気が付いた。少年の首にも値札が掛かっている事を……。
この国では珍しくもない光景だ。今日の命を繋ぐ事すら出来ない者にとって、飢えて働く事すら出来ない子供は足手まとい意外の何者でもない。口減らしと現金獲得を同時に行え、親には得しかない子売りは驚くほど簡単に行われる。普通ならば、その土地の犯罪組織に子供達は売られるのだが、病気や人間関係のしがらみやらで引き取られない子供がいる。
それでも、生きていかないといけない親達は、市場で己の子供に値段をつけて売る。それもまた、この国ではよくある事だった。
だが、骨董商は何故かドキリとした。
少年の首に掛かった値札には、貧者のフルーツと同じ値段が書かれていた。
その感覚が何なのか分からないと、彼は後に話す。親に安い値段で売られていた少年に同情した訳ではない。そんなのは、腐るほど見てきた。例えるならば、フリーマーケットで数十円の値段がつけられた名品の骨董品を見付けた感覚だ。例えるならば、非売品だと思っていた玩具が意外にも購入可能だったという感覚だ。
何はともあれ、骨董商はその少年が欲しくなった。一年を超える孤独な海外生活に憂いていたのか、一人で暮らす家のどうしようもない空間に寂しさを感じていたのか、彼は少年を家に置きたくなった。
だが、すぐには買わなかった。
この国では人身売買は当たり前だが、外聞が悪い事に変わりない。それに骨董商は珍しい外国人なので、このような真昼から子供を買えばすぐに噂になるだろう。彼が【子供好き】であると知られれば、この辺りの【そういう事を生業】にしている者達は彼を上客候補として認識し売り込んでくるだろう。そうなれば、警官への賄賂など煩わしい事が増える。
骨董商は少年から目を離して市場から立ち去った。
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