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Mの不埒
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※完結後設定です。ネタバレ注意!!
Mの不埒
11月11日、といえば、だ。
ポッチ―の日である。
恋人のいる誰もが胸踊る日だろう。
ポッチーといえば、ポッチーゲームが定番だ。あの菓子の端同士に唇を寄せ、かりぽりと距離を詰めるドキドキ感。ふわ、と掠める唇の感触。あるいは…目と目で会話し、恥じらいを帯びた表情に強引にも唇を重ね…。
(…その、はずが。)
「…い。…おい、落合!!お前、居酒屋来て何も飲まねぇとかナシだかんな。」
隣にいるのは、恋人兼上司の我妻だ。そこまではいい。…そこまでは、よかった。
我妻はメニュー片手に、部下を肘で突っつく。
「11月11日っつったら、立ち飲みの日なんだぞ。一杯引っかけて帰らにゃ損だろ、損。」
うきうきした口調の上司に、落合はそっと肩を落とす。
「なんでこんなロマンの欠片もない…。」
上司は、すげなく返す。
「ロマンを語るにゃまずアルコールだろ、アルコール!!」
(俺ら、そのアルコールで痛い目みたんスけどね…。)
会社帰り、二人が立ち寄ったのは駅近の立ち飲み居酒屋だった。それまで、立ち飲み居酒屋の実態を知らなかった落合は、てっきりおでん屋台のパワーアップ版でも出てくるのかとかまえていたが、上司に案内されたのは立派な木造建てのカウンターのみが客席という質素な店だった。時間帯にもよるのだろうが、八時を過ぎた頃合いの店は人が入れ替わり立ち替わり、目まぐるしいながらも繁盛していた。立ち飲み居酒屋を知らない落合は、勝手にわんこそばみたく酒をかっ食らう妄想を練り上げていたが、皆そこそこ機嫌よく喋り、飲み食いして…ほんのりと赤らんだ顔で鼻唄なんかを奏でつつも、駅に続く道へと消えていく。
(我妻さんが”いいもん見せてやる”っていうから、ついてきたのに…。)
年下の男は、唇を尖らせる。瞳をテーブルへと落とし、落合は悶々とする。
(そりゃ飲ミニケーションとは言うけどさ…。)
落合が年上の恋人としたいのは、裸のコミュニケーション…というかむしろ、ふれあいであって…。
妄想に引っ張られる部下を我妻が呼び戻す。
「…落合、お前鼻の下20センチくらい伸びてんぞ。何考えてんだ、てめぇ。」
「…とか言いつつ、俺の片耳思いっきり引っ張んのやめてください!!」
痛みから、涙目になる落合だった。
「…でェ??お前は何飲むんだよ??」
落合がメニューとにらめっこしていると、相手は横からぐいぐいと体を押し付けてくる。落合は半分に圧縮されながら物申す。
「ちょ…っ。痛い、痛い、痛…!!」
苦痛を訴えかける言葉が引っ込む。見ると、落合の吐息で髪の毛が数本すぅっと持ち上がるほど近くに、年上の男の顔があった。面食らう部下は、不埒にもごくりと密かに唾を飲み込む。
「お前、やれカクテルだのビールの親戚だの頼みやがって…。たまには、日本酒頼めよ。」
なぁ??と斜め四十五度から送られる眼差しに、部下は鼓動が鳴りやまない。相手の胸中を知らない上司は、おい聞いてんのかと小首を傾げる。
(口悪い癖に、なんでそんな一々仕草が可愛すぎるんですか。俺なんかイチコロだよ~!!)
ギクシャクしながらも、部下は答える。
「と…とりあえずビール。」
ふはっ、と吹き出す上司の笑顔が無邪気で愛らしい。
「結局、ビールなのか。」
(あ~…!!我妻さんの髪や服から、めちゃくちゃいい匂いすんじゃん…。身体密着したまんまだし、くっついたとこから我妻さんの温もりが伝わってきて…。いかん。これ、あんまり意識するとあらぬところが覚醒しそうになる。絶対に目覚めちゃう…ッ!!)
部下、酒の注文どころじゃない。
「…ここのホッケ、持ち帰りたくなるくらい美味しくってさぁ~…。」
(俺はすでにアンタをお持ち帰りしてぇよっ!!)
への字に結んだ唇で、ぷるぷる震える部下だった。
日々の疲れか好きな男の前だからか。
意地っ張りな上司の頬に、朱がさすのは早かった。ほろ酔い加減の男相手に、落合は理性へと働きかけるのに必死だ。
「芋焼酎、うめぇんだよな。…すいません!!」
「あ、我妻さん!!?立てないほど飲んじゃダメですよ!!」
おたおたする部下相手に、我妻はむぅっとした表情を向ける。
「当然だっつの。そんなにカリカリすんなって。」
「いや、でも…」
(我妻さん、気づいて!!隣にいる狼の存在に、ちょっとでもいいから気づいて!!あわゆくば、全速力で逃げて!!)
懇願する狼をよそに、我妻はホッケの身をほぐした一口を乗っけた箸を相手の口許へと近寄せる。
「…どら。これやっから、機嫌直せよ。」
あ~ん、とかけ声までつけてのサービスに年下の恋人は思わず相手の唇をかっさらいたくなってしまう。
渋々そんな自分をおさえ、ぱくりと与えられた一口を噛みしめる。…美味しい。この世に存在するどんな高級なホッケより、この一口の価値は高い。エベレスト並みに高い。
「なっ??うめぇだろ??」
猫が飼い主の足に身体を擦り付けるかのごとく。我妻は部下の逞しい片腕に頬ずりしてくる。外だというのに。…酔っ払いだからこそ許される行為を自覚してやってのけるから、この上司はズルい。
「…先輩。」
我妻の頬に、ぶわりと紅が広がる。アルコールの仕業ではない、果実が熟れていくような紅の色。舌で舐めるようにまじまじと熟れた顔を眺め、年下の男はついに本性を表す。
「…うちで飲み直しません??」
瞬きを繰り返す年上の男は、一体何を考えているのか。落合には考えもつかない。彼はただ真摯に、心から好いている相手に夜の誘いをかけるのみだ。
「…まだ…その、足りないんで。」
アンタが、とは言わないでおいた。落合は顔を上げ、モスコミュールの残りを飲み干す。
するっ、年下の男の片腕に蛇のように手がまとわりつく。続いて、のしっと落合の肩に相手の顎が乗っかった。
年上の男は、相手の耳元に掠れた声で囁く。
「…おれも、足りないから…満たせよ。」
呟いた上司は赤ら顔を、かくんと俯かせる。
「!!」
落合が一瞬目にした恋人は、心なしか艶やかな横顔をしていた。
立ち飲み居酒屋をまた一人、一人と後にしていく。時には仕事のアレコレが、時に心のすきま風が誰彼の唇から酒の力を借りて押し流され、洗われていく…。
そうして時に…誰かの口から、一度迷いこんだら戻れなくなるような、めくるめく夜の誘いが溢れるのかもしれない…。
もう一軒行く?、のMでした。
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