アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
123
-
雨の中傘を差しながら駅まで向かう。
こんな天気の日に出歩いたこともなければ、こんな時間になってわざわざ家を出たこともない。
それでも傘で顔は隠れてるし、駅に着いたら新幹線に乗ればいいだけだ。
新幹線から乗り換える電車はなんとなく覚えてるし、近くなったら旅館までの道はタクシーを使えばいい。
雨どころか風も雷もあったけど、そんなことよりも有坂に会いたい気持ちでいっぱいだった。
離れてる間に有坂が他の誰かと仲良くなって、俺の事を忘れてしまったらと思うと怖くて堪らない。
有坂みたいな人は、もうこの先絶対に現れない。
俺の中でそれは自信があって、だからこそじっとなんてしてられなかった。
横殴りの雨で結構濡れたけど、キャリーバッグを引っ張りながらなんとか駅までたどり着く。
髪から雨の雫が滴るのも気にせず時刻表を確認していたら、不意に腕を掴まれた。
「――おい、こんな時間にどこに行くんだ」
有坂みたいな言葉にビクリとして振り向くと、サダ兄がそこにいた。
ちょっと驚いたが、どうやら遊びに行ってきた帰りらしい。
「有坂のところに行ってくる」
「これからか?びしょ濡れじゃないか」
サダ兄が慌てたように俺をハンカチで拭いてくれる。
気持ちが張りつめていて全く感じなかったが、思い出したように寒さに身体が震えてくる。
「行くなら明日にしなさい。このままじゃ風邪を引く」
「大丈夫。それより有坂に会いたいんだ」
「有坂さんがこの時間から来いって言ったのか」
「それは言ってないけど…」
そう返したらサダ兄が眉を顰める。
「二人は付き合っているわけじゃないんだろう?こんな時間に押しかけたら迷惑になるんじゃないか」
「そうだけど有坂は俺の事好きだから大丈夫。でも早く行かないと忘れられちゃうかもしれないし――」
「そんなすぐに忘れるような気持ちなら、忘れて貰って結構だ。マスにそんな子は相応しくない」
「お、俺は忘れられたら絶対にイヤだ…っ」
そう言ってグイと手首を引っ張るサダ兄に抵抗する。
いつもサダ兄の言うことは素直に聞いてきたから、俺の態度にサダ兄が驚いたように足を止める。
「…マス、行ったとして帰りはどうするつもりなんだ。旅館は繁忙期で部屋なんか空いてないだろ」
「あ、有坂の部屋でいいし…」
「――なっ、まさか押しかけていきなり同じ部屋で寝泊まりなんて、そんなことは俺が許さない」
有坂が怒る時みたいにしかめっ面で言われた。
何も同じ部屋で寝泊まりするなんて初めての事じゃないけど。
「マス、俺だって恋人同士ならここまで言わない。だが今の関係のまま会いに行って、一体何を有坂さんに言うつもりなんだ」
「――え?」
「落ち着いて良く考えなさい。中途半端なことはするな」
ぴしゃりと言われた。
今までサダ兄にここまで強く言われたことなんてない。
さすがの俺も押し黙って、俯いてしまう。
確かに有坂とは付き合ってるわけじゃない。
有坂は俺と恋人になりたいって言ってたけど、俺はまだ返事をしてない。
ここで俺が有坂に会いに行くってことは、有坂からしたら俺が恋人になるって言いに来たと思うんじゃないか。
有坂のことはもちろん大好きだし、普通の恋人同士がしていることだって有坂となら出来る。
でも有坂は恋人にならなくても、ずっと一緒にいてくれるって言っていた。
お互いのためを思えば、恋人じゃなく堂々と胸を張っていられる親友の方がいいんじゃないのか。
――だけど。
冬休み前に、公園で有坂に告白されたことを思い出してしまう。
あんな風に熱く求められるほど有坂が俺を思ってくれているんだと思うと、身体に痺れるような熱が昇ってくる。
有坂を失いたくないから、俺はいつも冷静でいられない。
それでももしかしたら俺は考えないといけないのかもしれない。
次に有坂に会う時までに、ちゃんとした答えを出さないといけないのかもしれない。
帰り道は、ずっとサダ兄に宥められながら歩いて帰った。
隣で俺の頭を撫でて、キャリーバッグを代わりに引いてくれた。
雨はいつの間にか上がっていたが、俺はずっと俯いたままだった。
「…マスがそこまで夢中になる有坂さんは一体どんな子なんだろうね。きっと旅館の子だから白百合のように可憐で可愛らしくて、情緒あるお嬢さんなんだろうね」
どことなく寂しげにサダ兄は微笑んだが、俺は気分が落ち込んでいて何も返せなかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
131 / 275