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三話
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授業も終わり、俺はそそくさと教室を後にして、九条の魔の手から逃れようとし、教室の扉に向かう。しかし、開けようとしていた扉が手をかけようとした瞬間、ガラッと勢いよく扉が開いた。
「・・・なんだ、九条か。じゃあな」
「逃げられると思うな」
ガシッと掴まれた腕は迷いがなく、前とは違い、振り解けそうにない。結局、こうなる運命だった。運命・・・ディスティニー。良いように聞こえるけど俺は、こんなディスティニーいらん。
「行くぞ、ケーキ屋」
「マジでいくのか。そんなに行きたいのか」
「借りは作りたくないしな」
こいつ何もわかってないようだな、今から行くケーキ屋という場所は甘いもの好きの女子があつまる・・・そう男子には入り辛い場所なのだ。これはまずい。きっと浮く。死ぬほど浮く。男子二人で行く場所じゃない。俺が青ざめている間にどんどん九条は俺の腕を引き進んでいく。
「どうせ行くなら、うまい店の方がいい。駅前のケーキ屋行くぞ」
アウトー!!!そこの駅前のケーキ屋は今やSNS女子が集まる可愛い系のファンシーなお店じゃないか!!お前マジで言ってんのか!!これだから無知は罪だ!!あんな所、男子二人で行く場所じゃ・・・
「文句あんのか」
「ありまくりだ」
「だって今は空いててめっちゃ美味いってこのサイトにのレビューに書いてるぞ」
素直か!!不良のくせに!!ネットの情報は信じてしまうくらいには素直で無知だな!!
スマホ見せてきたけどの記事のタイトルの『女子に人気のお手軽スイーツ特集』っていうのは見てないわけか!馬鹿じゃないのか!!レビューは見るくせにタイトル見ないとかお知らせが読めなくて、ソーシャルゲームの運営に文句たれるゲーマーみたいだな!!
「さっきからグダグダうるせぇ。とりあえず行くぞ」
「ああああ、明日にしない?」
「明日だと逃げるだろお前」
「図星だ・・・」
「早く行くぞ!!」
「今日が命日か・・・グッドラック・・・」
こうして俺は半ば無理やり駅前のケーキ屋に行くことになったのだ。
やってきました、ケーキ屋前。優しくてあまい、いい匂い。幸せだ。でも、ケーキ屋に男二人で来るのは抵抗しかない。これなら一人で来た方がマシ。しかも九条は甘いものが苦手なのか、この女子ばかりのふわふわユートピアに恐れおののいているのか、すごく顔が引き攣っていた。あーあ、言わんこっちゃない。これは可哀想だ、一旦引くのが吉だ。
「ほーら、やっぱり帰ろうよ。この空間はお前には早すぎたんだ・・・それに匂いだけでもご飯三杯はいける。もう十分だ」
「飯とケーキは合わねぇだろ・・・しかもまだいける。いけるはずだ」
九条はまだ正気を保っているみたいだ。しかし依然として顔は引き攣っている。
「よし、行くぞ」
まるで戦場に赴く戦士のような顔つきで、九条はケーキ屋に向かって進み出した。
行くのか、男二人で、女の子だらけの花園に。行く・・・いや、逝くのか。
もう腹をくくるしかない、そう思って俺はケーキ屋・・・女の子の花園という名の戦場に足を踏み入れたのだ。
「う、 浮いてんな・・・俺たち」
「だから言っただろ?逝くのかって」
「なんか字が違うような気がするな」
ファンシーな雑貨に囲まれて可愛らしい店内。もちろん周りは女子女子女子!!
その中で学ランで震える子羊のように縮こまる男子二人。
男二人で!可愛らしい!ケーキ屋に!いる俺たち!!つらみ!!
「俺たちはなんのためにここへ来ているんだ・・・」
「ケーキ食べに来たんだよ・・・」
俺はもういっその事ケーキを味わうために、頼んでいたショートケーキを口に運んだ。やっぱりここのショートケーキのふんわりとした優しい甘さは美味いな。レビューで星四つ以上なだけある。そして苺の甘酸っぱい酸味、やっぱり甘いものは幸せになる。
「うまいか?」
「うん、美味しい」
自然と顔がほころぶ。目の前にいる九条が、目を丸くした。そして一拍おいて、九条はふっと笑った。
「それならよかった」
俺は九条の微笑みを見て固まってしまった。今まで、怒った顔、不機嫌な顔、驚いた顔しか見てなかった。そのいずれとも違うまるでケーキのような甘く優しい微笑み。なんだか直視できなかった。見てはいけないものを見てしまった。やばい、なんだコイツ、
「あの男の子かっこいいね」
「向かいに座ってる金髪の男の子も綺麗・・・」
周りの女の子の話し声が耳に入った。今まで気にしたことはなかったけど、九条はやっぱり顔が整っているのか、そして、あの微笑みが爆弾級なのは必然のことだった。所詮、美形というやつだ。じーっと九条の顔を見ていると、微笑みを浮かべていた九条はいつもの不機嫌な顔に戻る。
「なにジロジロ見てんだよ」
「いや、ごめん。九条ってかっこいいなぁって思って」
「・・・は?」
「は?じゃなくてかっこいいよな、お前」
そう言うと一瞬、俺達の間に沈黙が流れる。
次の瞬間、九条は顔を真っ赤に染めた。
「何言ってんだよ!!恥ずかしいこと言ってんじゃねぇ!!」
九条はすごく恥ずかしそうだ。なんだなんだ?褒められ慣れてないのか?なんかちょっかいかけたくなるな。
「なんで、本当のことでしょ?」
「このたらしが」
「たらしじゃないよ。本当のことだし」
「う、」
それにしてもこの反応はおもしろいな、褒められ慣れてないんだろうな。男に思うことではないかもしれないが、
「なんか、かわいい」
思わず表情が、緩み、言葉が零れた。なんとなく、かわいい、ような気がした。
九条ってこんなやつだったのか。そんなこと思っていると九条は目を見開いた。
「今、わらった・・・?」
「へ?」
「いや、なんでもねぇよ・・・お前こそ笑ってたらいいのにな」
独り言だったのだろう。でもその言葉はクリアに俺の耳に届いた。
「それってどういう・・・」
「今、お前笑ってたろ、その方が、いいと思った・・・ただそれだけだ」
「俺、今、笑ってた?」
「ああ、笑ってたよ」
ちゃんと笑ってた。その事実に俺は驚いた。ちゃんと心から笑うのなんて久しぶりだった。今まで笑おうとしても不格好なものしかできなかったのに。なんで、笑えた?
「笑いたい時は笑えばいいんだよ。我慢なんかしなくてもいい」
「そ、っか・・・」
九条は心配してくれているのだ。
こんな、俺を、・・・嫌いなやつを。
「ありがとう、九条」
「別に俺が礼を言われることじゃない」
「でも、ありがとう」
なんだかかあたたかい気持ちに、なる。でもそんなの、そんなの、知りたくなかった。
「でも、知りたくなかった」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
これ以上知ってはダメだ。俺には、優しくされる資格なんてなかったんだ。九条、優しくしなくていいんだよ。
優しくなんて、しなくていいんだよ。なんだか泣きそうだ。とても苦しい。
*
表情変えない、こいつのあんな綺麗な微笑みを見れるなんて、こんな悲しそうな顔をさせてしまうなんて思わなかった。
なんでこんなに綺麗な微笑みをした後にあんなに悲しそうな顔をするのか。
俺は、俺は・・・なんでこんなに心を乱されているんだ。
今まで感じたことのない感情が俺を全て支配するようなこの感覚、
(気持ち悪い)
なんでこんなに掻き乱されなきゃいけないんだ。なんでこんなに・・・悲しいんだろう。そんな顔させたくてここに連れてきたわけじゃない。・・・そもそも、借りを返すという名目でここに連れてきたはずなのに、なんで俺がこんなに揺さぶられなきゃいけないのか。苛々する。
結局、食べたガトーショコラは甘さもあるはずなのに苦くて食えたもんじゃなかった。
会計を済ませた後、こいつは何事もなかったかのような声色で、
「九条、今日はありがとう。ケーキ美味しかった」
と苦いチョコレートのような笑みを浮かべていた。・・・違うそんな顔じゃない、俺が見たいのは、そんな顔じゃないんだよ。
嫌いなやつのはずなのに、こいつの笑顔が、みたい。なんておかしいことなんだろうか。いやおかしくても俺は笑顔が見たいと、さっきみたいな楽しそうな、うれしそうな顔が見たいとそう思っていた。
この感情が何なのかわからないでも、でも!!
「・・・また、学校でも話しかけるから。追いかけねぇから、逃げんな」
「え・・・うん、わかった?追いかけないでね、体力持たないから」
俺は考えるより先にそんな言葉を紡いでいた。
その言葉にこいつは驚いたような顔で、でも少し安心したようにそう言った。そして、
「九条は何をしたいのか俺にはわからないや」
「は?」
「俺のことが嫌いなのに話しかけるとか、嫌いなのに関わらろうとするとことか、俺にはわからない」
「・・・俺にもわかんねぇよ。なんでこんなことしてんのか」
「・・・あのさ、九条」
「なんだよ」
「俺に関わってもいいことないから、早めに諦めるなり、飽きるなりした方がいいと思うよ」
そう作り笑いなのに、その顔とはちぐはぐに寂しそうな声色でそう俺に独り言のように話した。
なんでそんなこと言うのかわからなかった。なんとなく、こいつは表情の作り方も人との関わり方もなにもわかってないのかもしれないと感じた。
「・・・ていうか、お前が関わってきたからこんなことになってんだろ」
「それもそうか」
「あと、さっき、笑いたい時は笑えばって言ったけど、笑いたくない時は笑わなくていいんだぞ」
「九条は優しいね、本当に。じゃあね」
俺の心配や想いを他所に、人混みの中に隠れるようにあいつは消えていった。・・・まるで、この世界から消えるように。
(なんでこんなにざわつくんだろう・・・別に気にすることなんてなにもないはずなのに)
嫌いなやつのことなんて、考えなくてもいいのに。
さっきのあいつの作り笑いと寂しそうな声色のちぐはぐのことなんか何も言えないくらいに俺の心と認識はちぐはぐだった。
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