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Too Match Love Kill You
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「驚いたな。ハリソンはそんなに君を気に入っっていたのか?しかし、彼はコナーと結婚を考えていたんだが、、、。」
心中複雑だ、あの朴訥でコナーと言う恋人までいながら、、、もしや、あいつもロジャーに惚れているんじゃないだろうな?
「あいつは素直じゃないからな、俺たちが住む近くの病院にもぐりこんで、、イギリス人だと言う利点を利用して俺の看護の担当になろうと考えたんだろうな。まあ、長いことはかからないさ。俺の余命も知ってるし、、、
2~3ヶ月ならコナーも待ってるだろう。」
彼の言い方が気になったが、、
「しかし、スイスでの仕事が終わったら(つまり私たちが死んでしまった後)彼はもう州立病院に帰ってジャパンに研修に行くことはできないかも知れなんだぞ。」
つまり自分の可能性を投げ出して、私たちに付いて来たいと言うのか?
ロジャーはハリソンを州立病院から派遣して一緒にスイスに連れて行くことは断固拒否した。ロジャーの言った言葉”余命”、”2~3ヶ月”。
そうだ。場合によってはもっと短いかも知れない。モントルーでどのくらいの時間を過ごせるだろう?
この頃は、枕から頭を上げることも大儀そうなのに、それでも毎日起き上がって孫息子と庭に出る日課は欠かさない。さすがにもう歩き回ることはできなくて、庭のベンチに腰掛けて小さな孫が走り回るのを見ているだけだが。
相変わらず、私を怖がる小さな子供に気を遣って彼が来ている間は2階のロジャーの元の部屋の窓から、庭の二人を見ている。
ロジャーは、彼にこの東翼の自宅と森の池のある土地を譲ったそうだ。
まあルーカスの息子なので自動的にこの屋敷を受け継ぐ権利はあるのだろうが、えらく気に入っている様子だ。
ふと部屋の隅にいくつかのダンボールや小ぶりのチェストが、かたまって置かれているのが目に入った。見ると、チェストには”棺に入れる物”、ダンボールには”捨てる”と書かれていた。ジェイムズがここに置いたのだろう。いったいどんな物を棺に入れたいのか?鍵はかかっていなかった。
写真が数枚。バンドで初めて撮影した写真、家族の写真、私と誓いの言葉を交わした時の写真。棺に並んで入った時の写真。CDが数枚。
それにバンドがデビューしたファーストアルバムの初版レコードだ。
古いドラムスティック、、、USBは先日遊びでリミックスした”Ave Maria”のラブラブミックスと題されている。
ご丁寧に”絶対に聴くな!聴いたら後悔するぞ”と但し書きが入っている。
こんなことを書いたら、棺に入れようとする時にルーカスは聞きたくなるだろう。まったくいたずら好きだ、自分が死んだ後のことまで笑い飛ばそうとしている。
古ぼけたセーターがあった。
”スーツの下に着る”と書かれている。
こんな古いセーターが気に入りなのか?しかし、、、なんだか見覚えがあるような?このアラン模様の編み込セーターは母が得意でよく私に編んでくれた、、ロジャーは、、、からかっていた。
”そんなダサいセーターよく着られるな。”と。
待て、このブラウンとチャコールの編み込、、覚えがある、、これは私のセーターだ。なぜロジャーが?記憶を手繰り寄せる、、これは、、!
思い出した。あのモントルーで二人、一夜を過ごした朝、、。意識を失ったまま眠るロジャーを、一人で部屋に残して去るのが忍びなくて、、。
でも、部屋にいたらいたで、彼は絶対恥ずかしがって照れて怒るだろう。
そう考えて素肌のロジャーに着せ掛けて部屋を出たのだ。
あれから、、、忘れていた。セーターなんて、、、。
それを、ロジャーは持っていたのか?
かなり着込んだ形跡がある。ところどころ擦り切れて、色も褪せて、、それを後生大事に持っていたのか!?胸の中に熱い思いが込上げて来る、、!
ポトリと小さな何かが落ちた。
キャンディ、、、?ソルトキャンディ?私がよく夏場に持っていた、、
これは、、あの日サヴォイホテルで彼に渡した、、ソルトキャンディ、、、。
こんな、こんな小さな物を大切にしてくれていたのか、、!?
バカな、、なんて一途で、、そんなに、それほど思ってくれていたのに、!
私は、彼の思いに気がつかずに、、、。
セーターを握り締めて1階のロジャーの部屋に戻る、、階下の二人は庭から部屋に移動してピアノに移ったのか”ラ・カンパネラ”が聞こえる。
ロジャーのタッチとは違う、しかも指使いがおかしい?
自分に与えられた部屋に入り、ロジャーの部屋との間にあるドアを開けて中の様子をのぞき見ると大小二人の背中がピアノの前に並んでいる。
連弾をしているのか?
ロジャーは低音部を左手だけで弾いているようだ、すると高音部をあの5歳の男の子が、!タッチは弱いしすばやく指を動かすために音のつながりが
切れ切れな部分があるが、、、
わずか5歳でこの曲をここまで弾くということ自体が驚異だろう。
これは確かにルーカスの手には余るだろう。
うまくこの子の才能を導いてくれる人間が現れればいいのだが、、
しかし、幼子の将来を見守ってやれるだけの時間は私たちには無い。
残る世代に託すしかないだろう。祖父であるロジャーとのささやかな時間がこの孫息子の感性にどのような影響を与えるか?我々には見届けることはできない。
いきなり、その子が私を振り返った。ロジャーそっくりの大きな青い瞳。
明るい金髪、、、おそらく5歳のロジャーはかくありや!と言うべきその容貌に一瞬釘付けになった。しかし彼はピアノの椅子から大慌てで飛び降りると
「バイバイ!グラン・パ!」
と叫んで窓から外へ飛び出して行った。
部屋の隅に控えて居たジェイムズが
「お送りしてきます。」
と後を追って走り出した。
「すっかり嫌われたな。」
ピアノに一人取り残されたロジャーに歩み寄ってキスをした。
「君だけじゃない、西翼でも口を利くのは家族と厨房係だけらしい。」
興味はあるのだが今は、彼の孫息子について話している余裕は無い。
ロジャーは私の手にしているものを見て、ばつの悪そうな顔をした。
「見つけたのか、、。」
「宝探しが趣味でね、、、。」
軽く笑う彼がピアノから立ち上がってカウチに移る歩みを腰を抱いて支える。
「返さなくて、、、すまなかった。」
「ちがうよ。ロジャー、返す返さないの話じゃない。申し訳ないが私はこれを見るまですっかり忘れていた。」
「、、、それが普通だ、、、。」
ゆっくりとカウチに腰を下ろす。
うつむき加減なロジャーの顔を手を添えて私に向かせた。
「大切に使ってくれていたのだな。」
「、、、すまん、、言い出せなくて、、、でも、これにずいぶん救われた。」
切ない、、ロジャーはどんな思いでこのセーターを着たのか?
「君がいなくて、、あの朝
目が覚めて、、、悲しくて、、腹が立って、、
でもこのセーターがあって、、、。俺は、、。」
彼を抱きしめる、、、
「すまなかった、、、。
でも、君が目が覚めたら怒るかと思って、、、。」
「いいんだ、、、。
これが俺を支えてくれた。
君がアメリカから帰ってこなくて、、、
恋しくて、、、さびしくて、、
もう、君は俺を忘れてしまったんだと思って、、。」
彼の頭と体を抱きしめる、、。
「私が帰ったら、、君とジョンが死んでしまう。と思っていた、、
私が帰らなければ君たちは、、曲を完成できなくて、、死ねないと、、。」
青い瞳が私をひたと見つめる、、
なぜ、?一時でもこの瞳を忘れていられたのだろう?
「君が居なくても、、これを着れば君の匂いがした、、君のぬくもりが感じられた、、君の優しさが染み込んでいる、、。このセーターが、、、俺を今日まで生かしてくれた。」
なんていじらしい、、、。
なんて切ない思いをさせたのだ、、私は、、彼を、、。
「ブライアン、俺は、君がいてくれているだけで、、それだけで満足できた。君に嫌われずに生きていけるだけで、それだけでよかった、、。
だのに、、告白して、、すまなかった。。
何も言わずに一人で死んで行けば、、、
君をこんなに苦しめなかったのに、、、すまない。。」
「ロジャー!何を言うんだ。
前にも言っただろう。もし何も知らずに君が死んでしまったら、、
私は後悔の念で狂い死んでしまうだろう!
本当に、、、!鈍感な私を許してくれ。」
そうだ、ギリギリで間に合ったのだ。
もはやロジャーの命を救うことは難しいのだろう。
でも今この瞬間!抱き合っていられる。そして最後も一緒に、、。
「ではこれも、、モントルーに持って行かなくては。」
「レッドスペシャルもな、早くロンドンから取って来いよ。」
レッドスペシャルはまだロンドンの倉庫会社に預けてある。
何度もロンドンに行って、持ち帰る機会は何度もあったが
なぜか気が進まなくてそのままだった。
だがしかし、やはりそろそろ持って来なければならない時期だ。
モントルーへ送る荷物をまとめなければいけない。
一方、ロジャーの容態は日に日に悪化して行く。
モルヒネで痛みを感じなくさせるために、ほぼ意識のない状態になることを嫌ってギリギリの薬の量でがまんしている。
「苦痛も生きていればこそ感じるものさ、、。」
私はもう一瞬たりとも彼から目が離せない。余命宣告ではあと3ヶ月あるものの、見る影もなくやせ細ったその体はいつ魂が離れてもおかしくないほどの状態だった。
それでも彼は部屋にドラムセットを組ませた。
2階の元の部屋にあったお気に入りのシルバーのラディック。
ルーカスに組ませたそのセットのスネアやタムタムの一つずつを愛しそうになで、磨き上げられた金色のシンバルを指ではじく、、。
スツールに座ってハイハットを彼の特徴のある上げ方で上げた。
演奏の始まりの合図だ。私は背後から彼を抱いた。
「やはり君はこの席が一番似合ってるよ。」
「そう思ってくれる?ダーリン。」
「ああ、、誰よりも、、何よりも、、、。」
「やっぱり墓石はドラムセットにした方がよかったかな、、、?」
「いや、クリスマスにドラムセットのケーキを作ろう。」
ナイスアイディア、、、。と笑った。立ち上がろうとする彼の腰を抱いて、、
「ブライアン、、聞いてくれ、、。
俺はいつかはこうして君と話をすることさえできなくなるだろう。」
「ロジャー、、、。」
「眠ったままで、、意識もなくて、、、君に愛していると言うこともできない。。それでも生きて、、俺の心臓が動いていたら、、、、その心臓の音が、君を愛していると、言っていると思ってほしい、、。」
「君の心臓の音が、、、。」
彼を抱く腕にいっそう力を込める。
「君の名前を呼ぶこともできないだろう。
さよならも言えないかも知れない、、
でも、心臓が動いている限り、、、俺は、、、君を愛していると、最後の瞬間まで、、、君を愛していると言っていると思ってくれ、、、。」
流れる涙をそのままに私を見つめて静かに語った。
私は言葉を返すことができなかった、ただしっかりと彼を抱きしめてお互いの心臓の音を聞く。
「分かるよ、、聞こえる、、、。
今も君の心臓が私を”愛している”と言ってくれているのが、、。」
もはや私達の間に何の隔たりもない、
この体がすべての鼓動を止めるまで抱きしめて離さない。
「私も言い続けよう、
私の血管を流れる血の一滴一滴が君を愛していると。」
冷たい冬の日差しにまるで透き通ってしまいそうな彼の白い顔。
まったく肉が削げ落ちて頬骨ばかりが目立つのだが、不思議な美しさでまるで少年の様に見える。
もう食事も受け付けなくて、なんとかスープやジュースを飲ませても吐いてしまう。
「ダーリン、少しは休め、、、。」
「人の心配なんかしなくていい。」
しかし、ここに来て最初の妻のクリスティから次女が結婚式をするから出席してくれ。と連絡があった。しかもこの週末!?
次女はもうすでにパートナーと10年以上一緒に暮らして子供も2人いる、、
だが正式に結婚はしていなかった。
それがここに来て急に結婚すると言うのだ。本当は年明けて来年、式を行う予定だったのだが。私が年末からスイスに行ってしばらく帰って来ないと聞いて急遽式を早めたらしい。
早くに別れたとは言え父親だし出席してやりたい。しかし今、ロジャーの傍らから離れたくない。
「行って来いよ。バラとドンペリを贈ろう、、そして。」
ロジャーは私に出席を勧めた。
「レッドスペシャルを取って来てくれ。」
確かにそろそろ取って来なければいけない。
人に頼んでもいいのだがやはり大事な物だ。
式が終わったらすぐに帰って来る。
キスをしながら彼を抱く。
「ゆっくりして来い。モントルーに行ったらいくらでも二人きりだ。」
ロジャーは私に気を遣っているのだ、、こんな体になってもまだ、、。
「ブライアン、、、感謝している、、。」
「何を今更、水臭いことを言うんだ。」
「俺は、、、幸せだ、、、
こんなに君を独占して、、
君が俺だけ見てくれる。
こんな幸せ、、、感じたことがない。
君に満たされて、、俺はやっと自分が求めていたものが分かった。」
苦痛に脂汗を流しながら、耐えだえに言葉をつむぐ、、、。
「愛している、、、ブライアン、、愛して、、愛されて、、それが男同士であろうが女であろうが関係ない。
その二人が愛し合って求め合っていればそれでいいんだ。って、、、。
俺は、、分かっていなかった。」
こんな事を言うなんて、、ロジャー、、。
「分かってるよ。君の親友の彼も、けっして君を女の子に見ていたんじゃない。立派な男だって分かってて、でも君が素晴らしい人間だったから恋をしてしまったんだ。」
「そうかな、あいつにも悪いことしたな。
また会えたら謝らないといけないな。」
「その時は必ず私も同席するからな!」
「おお、心が広い俺の伴侶だ。」
もう一度口づけを、、このところ午後になると熱が出る彼の体を抱きしめる。
「ブライアン、頼みがある、、。」
熱に浮かされてピンク色の目元で弱弱しく訴えてくる。
「君の願いならば、たとえ女王陛下でも蹴飛ばして来るさ。」
私の顔にそのやせた手を添えながら甘く囁いた、、。
「もう一度、、ヤッてくれ、、、。」
「ロジャー、、、、」
痩せて、力いっぱい抱きしめたら体中の骨が折れてしまいそうなその体で、、。
「頼む、、、、もう一度、、君にヤラれたい。。
君を、君をこの体で感じたい、、、頼む、、。」
潤んだ瞳がキラキラしているのは熱のせいだろう。
背中に回した腕には熱を持った体が直に感じられる。
しかし、艶を含んだ声に熱い吐息で誘う様に白いうなじを私に見せ付ける。
「こんな体、、、その気にならないだろうけど、、
なんとかがんばって、、ヤッてくれないか?」
たぶん、これが最後、、、。
「がんばる、、?私ががんばるのは、
君を欲しがってがっついていないように振舞っていることさ。
お許しをもらえるなら、いますぐ君にむしゃぶりつきたいよ。」
「ブライアン、、、さすが、、俺のヒヒ爺だ、、。」
「愛してるよ、、私を作り上げている細胞の一つ一つの欠片まで、君への愛を叫んでいる。さあ、私の愛をその体で受け止めてくれたまえ。」
私はベッドに入った、
けして彼に体重をかけないように注意深くその体を抱きしめる。
ロジャーは微笑んで私を受け入れるために体を反転すると私の体の上に乗った。
下から見あげる彼の顔はまるで若い日に私に手を差し伸べたころのロジャーと少しも変わりなく見えた。
そして私の高ぶりを飲み込んだその体は熱く燃えて妖しく乱れ、あえぐ私を瞬く間に高みに乗り詰めさせた。ロジャーはその日最後まで”殺してくれ”と一度も言わなかった。ただただ、愛している。と、それだけを言い続けた。
クリスティとの間に生まれた次女の結婚式は、小雪の舞う12月の第2週の土曜日に行われた。夫となる相手はもう10年以上一緒に暮らして男の子と女の子も授かっている。
両親は離婚して、クリスティは私の後に再婚した男性とも離婚した。
そんな親を見て育った彼女にしてみれば、結婚に慎重になるのも無理はない。むしろ、その慎重さを推奨したいくらいだ。
二人の子供たちにフラワーガールとリングボーイをさせて、白いウエディングドレスに身を包んだ娘の姿を見て感慨も深い。途中で役目を投げ出して、今更父親面もできないが、子供が幸せになるのを見るのはやはりうれしい。
結婚式には2度目の妻のアリサもその息子のジミーも出席していた。
今朝、サリーのロジャーの屋敷を出る時も特に彼の容態に変わりはなかった。本当は今日も気が進まなかった。実の娘の結婚式なのに、彼の方が心配で、、。
でも、私にモーニングを用意してジェイムズにあれこれ指示を出して着付けに注文を付け、胸元のチーフの色や角度まで決められて
”さあ!行って来い。”とリムジンで送り出されては
”行きたくない。”と駄々を捏ねることもできなくて出かけて来た。
夜勤明けのハリソンもいつもと変わらぬ無愛想な無表情で私を送り出した。
ロジャーに花嫁姿の娘と一緒に写した画像を送ると
”君が花婿かと思ったよ”
茶化したメッセージが返ってきた。
式も終わってパーティーもすんだ後すぐにサリーに戻るつもりが飲みすぎてしまったのか酔ってしまい、少しアリサのタワーマンションで休ませてもらっていた。
「今日はもう泊まって行ったら。」
アリサとの間にできた孫が久しぶりの祖父の出現にはしゃいで離れない。
”今夜は雪になる。そのまま泊まって来い。”
ロジャーからもメッセージが入る。レッドスペシャルも倉庫から出して来ているし、なんとなく気持ちが落ち着かない。
本当は無理をしてでも帰りたいが、ジャパンで心臓発作を起こした時の胸騒ぎに似たものを感じて大事を取ることにした。しかし、
夜7時を過ぎてからロジャーがメッセージに返信をして来なくなった。
眠っているのかも知れないと、思って深読みをしなかったが9時過ぎても返信がない。ハリソンに連絡してみる。
”夕方から熱が上がって、少し心配です。”と、彼にしては不安を顕にした内容だ。
やはり胸騒ぎがする、ロジャーの直接の声が聞けない。ルーカスにメッセージをしたがやはり返信がない。
「悪いが帰る。車を呼んでくれ。」
顔色を変えた私にアリサも強く引き止めることはしない。
するとロンドンにいるフェリックスから連絡が来た。
「フェリックスどうした?」
「ちょっとパパの具合が心配らしい、
あなたを連れて帰ってくれ。ってルーカスが。」
彼は4WDに乗って来た。雪が積もるかもしれないと言う。
出て行こうとする私にアリサが一つの荷物を手渡した。
「これを取りに来たのでしょう?」
レッドスペシャルのギターケースを差し出した。
一瞬、受け取るのを躊躇った。
”これを持って行けば、いつ死んでもいい。と合図をしているようだ。”
誰が言ったのでもない、
私自身が心の中で思っただけだ。
礼を言って受け取ると、
別れの言葉も言わずに彼女たちのマンションを出た。
ロジャー、、昨夜はなかなか寝付かれずにいる彼に子守唄をせがまれた。
”ロッカマイベイビー”の歌詞が分からずに替え歌で歌って二人で大笑いした。
もう一度抱け!と、言われてさすがにもう駄目だ。と言うと
”ハリソン”に代わりをさせるぞ。と言うので
”彼は君の役には立たないぞ。”
”じゃあ試してみよう”とノリノリでハリソンを呼び出そうとする。
最後は腕の中で小さな声で
”Ave Maria”を歌いながら明け方やっと眠りについた。
ロジャーに何があったのだろう、、、。
やはり目を離すのではなかった。
後悔が波のように繰り返し押し寄せて来る。雪は激しくなり、車は思うように進まない。何度もルーカスに連絡するが
”詳しいことは着いてから、言うよ。”
”まだ、はっきり分からない。”と言うばかりで要を得ない。
携帯を叩き付けんばかりに苛つく私に、ついにフェリックスが口を割った。
「聞いたんだけど、、、。」
「何か聞いているのか!?」
問い詰める様な口調で聞き返す。
「怒らないで、、、
パパは散歩していた、、
リトル・レオと、、。」
「あの男の子か?」
ロジャー・ライオネル、、
ライオネルの愛称は”レオ”だ。
フェリックスは前方を気にしながらハンドルを切る。さっきから道に急激に積もった雪でスリップした車があちこちに止まっていたり、前方から来る車がいきなりスピンしたり、、運転するにも危険な状態だ。こんな時に、重要な話もできない。
やっとロジャーの屋敷に続く森の道に入った、フェリックスは私に心構えを迫るようにもう一度語り始めた。
「パパはベンチに座ってリトル・レオを見ていた。だけどレオが森に行きたいと走り出して、、ジェイムズが追って行ったんだ。」
よくある光景だ。そういう時は私が二階の部屋から見ていて、すぐにロジャーを部屋に入れた。今日は誰がロジャーを見ていたのか?
「ジェイムズがレオを連れて帰って来たら、、
パパはベンチで座ったまま、、意識が無くなっていた。」
「誰もロジャーを見ていなかったのか?当直医は、、!?」
「、、、、、、。」
フェリックスを問い詰めても仕方ない。やはり出かけるべきではなかった。
あれほど、みんなに言い聞かせて出かけたのに、、!ロジャーを一人にしてはいけない。と。
「でも、一度は気がついて、、、
大丈夫そうだった。らしい、、。
そうしたら夜になって急に熱が高くなって、、、肺炎を発症したって、、。」
私は背中から血の気が引いていくのを感じた。
肺炎!!?あれほど恐れて、注意していたのに、、。
やはり悪魔はいるのか?
私がほんの少し目を離した隙に忍び寄って、、ロジャーに襲い掛かった。
「ブライアン、、、ジェイムズを責めないでやってほしい。」
おそらくジェイムズは今の私よりも何百倍も後悔して自分を責めているのだろう。
「分かっている、、、。」
車はエントランスから右に逸れてロジャーの私室につながる庭のある手前で止まった。私は、車が止まるのももどかしくドアを開けて走り出た。
あの8月の夜、私を出迎えたロジャーのシルエットはない。
庭に面した窓を開ける、、たちまち漂う消毒薬と血の匂い。
「ロジャー!」
その場にいた全員が私を見た。
以前もこんなことがあった。でも、その時はロジャーは怒鳴っていた。
今は、、、、、。恐る恐るベッドに近づいた。
ロジャーは点滴のチューブに繋がれ、心電計の電極が貼り付けられて、、
酸素マスクで顔が隠されているが
「ブライアン、、、、ごめん、、、。」
ベッドの傍らにいたルーカスが私を見返った。
彼は今まで見たことのない表情をしていた。
「パパを助けて、、、パパ、、目が覚めないんだ、、。」
「ルーカス、、なぜ?なんでこうなった、、、?今朝は元気だった、、。」
ロジャーは荒い息で苦しそうに、、なんとか呼吸している
「ハリソン、酸素濃度は、、?ロジャーはどうなっているんだ、、?」
「、、、良くありません、、。このままでは危険です。」
無表情ながら、けっして楽観はしていないと分かる声で答える。
ロジャーの枕元には子供たちが居て彼に呼びかけ続けている。
意識を取り戻すために絶えず呼び掛けるのだろう、
ロジャーには聞こえているだろうか?
「パパ!ブライアンが帰って来たよ。目を覚まして!パパ。」
ルーカスが再び父親に向かって声をかける。
ギターケースとコートをジェイムズが受け取る、、、
「申し訳ございません、、、Drレイ、、
私が、、目を離したばかりに、、。」
「ジェイムズ、、、仕方がない、、、、、。
今は、、祈ってくれ。」
祈る、、?何に祈る?神に?運命に?
私のために子供たちは場所を空けた、
フェリックスが合図をしたのかみんな名残惜しげに部屋を出て行く。
部屋には私とハリソンと看護士、、、遅れてさっき到着したキャンベル。
「ロジャー、、、私だ。帰って来た。
さあ、目を覚ましてキスをしてくれ。」
彼の手を握り締める。冷たい手だ。
温めたくて私の口元に運び息を吹きかける。
胸は苦しげにかすかに上下する、
ぜいぜいと雑音交じりの呼吸音がか細くて、、、
「ロジャー、、、!目を覚まして。私を見てくれ。」
酸素マスクで口づけができないので、握った手の甲に口づけた。
苦しそうに眉間にしわを寄せて目を閉じてはいるが、睫が動いている。
「ロジャー、、、、眠っているのかい?
まだ曲は全部完成していないよ。
ほら”Nightingale”のヴォーカルが全部採りきれていない。
ジョンと作った
”タンゴ・レジーナ”も
”パッシオナル・デ・ムジカ”もまだミックスが未完成だ。」
音楽を再生しながら話しかける、握り締めていたロジャーの手がピクリと動いた。私は続けた、キャンベルが聴診器をロジャーの胸に当てているがかまわずに語り続けた。
「ディディーが”Ave Maria”を発表しろってうるさいよ。
クリスマスの時期だから受けるぜ。”って、まあ、彼も関わっているから口を出すのも仕方ないけど、、。
クリスマスは来週だよ。もっと練習しないと、、やっと、、。」
ロジャーの手が、弱弱しいけれども私の手を握り返した。
「ロジャー!気がついたか?」
私はいつの間にか涙を流していた。
まだだ、まだ彼は死なない。死なせはしない。
「ロジャー、目を開けて、、、私を見てくれ。」
するとまぶたが少しだけ瞬いて、、、
すべてを露にする事を惜しむように薄く睫毛が動いて青い瞳が覗いた。
「、、、、、。」
唇がかすかに動くのがマスク越しに感じられる。なんと言ったのか?
”hold me、、、。”
口元に耳を近づけてやっと聞こえた、、。
「いいとも。」
私はベッドに覆いかぶさるように彼を抱いた。
枕と頭の間に腕を滑り込ませ胸の上からもう片手を回して。
「愛しているよ。大丈夫、君の心臓の声が聞こえる。」
頭を抱いてお互いの顔を近づけて耳元でささやいた。
ロジャーはうっすらと微笑んだ。
呼吸は変わらずに苦しげで、
いつ止まってもおかしくないほどの細々しさだ。
「ロジャー、、、モントルーに出発しよう。朝が来たらすぐに、、。」
かすかにうなずいて、私の指を握る、、。
また瞳が閉じられて意識が遠のいて行く、だめだ、まだだ、まだ12月なのに。キャンベルを見返った。
「なぜだ?なぜこんなことに、、、まだ12月だ。」
「、、、体力の消耗が激しくて、、、おそらく風邪を引いたのではないかと、、思います。それであっと言う間に肺炎を発症したのだと思われます。
申し訳ありませんが、、、」
彼は、言っていいものか一瞬、言葉を止めて、、、。
「もう手の施しようがありません。」
「なぜだ!君たちが付いていながら!なぜ肺炎にさせた!?」
私はハリソンの襟首を掴まんばかりに怒鳴りかかった。
彼に責任がないことは分かっているだけど、誰かに言いがかりでもつけないと気が狂いそうだ。
「すみません、、、。」
ハリソンは私を宥める為に謝ってみせた、、思わず力が抜けてその場にがっくり膝を突く。
「Drレイ、、、少し休まれた方がよろしいです。あなたもひどい顔色です。」
キャンベルが差し伸べた手を振り払ってよろよろと立ち上がる。
もう一度ロジャーの枕元に座って彼の手を握った、、、今は、ただ彼に訴えかけるしかない。もう一度、もう一度、息を吹き返してくれ。
その時に心電図の心拍を計る機械音が聞こえた
”俺の心臓の音が君を愛していると言っていると思ってほしい”
彼がそう言った、あの時
”いずれ意識がなくなって眠ったままになる”と、、、。
それでも心臓の鼓動の一つ一つが私への愛の言葉なのだ。と。
ロジャーの心臓が動いている限り、、、
「聞こえるよ、、ロジャー君の愛の言葉が、、、。」
だけど、、もう一度、、、目を開けておくれ。
「Drレイ、どうか休んでください。せめてお食事だけでも、、。」
ジェイムズがミルクを持って来た。
食事などとても喉を通りそうにない、しかし確かに私がここで倒れてはいけない。持って来てくれた温かいミルクを受け取って一口飲んだ。
砂糖がたっぷり入っていて体に染み渡るようだ。
低血糖だったロジャーにミルクを飲ませた。
嫌がってスコッチばかりを飲みたがったが、なだめすかして口にさせた。
ふと思い立ってロジャーを抱いてミルクを口に含む。
酸素マスクを少しだけずらして彼に口移しでほんの少し、ミルクを流し込んだ。そのままあふれ出るかと思ったが、しばらくして喉が動いた。
「だんな様!」
覗き込んでいたジェイムズが思わず声を上げた。
もう一口、急がずにゆっくりとミルクを流し込む。
今度もしばらく時間がかかったがゆっくりと喉が動いて飲み込んだようだ。
「、、、甘いだろう。」
「、、、、、、、、まずい、、、、、。」
「だんな様、、、、!」
ジェイムズは涙ぐみながらロジャーを覗き込んだ。
「、、スコッチを、、、くれ、、、、。」
まだ目は開かないが、かすかな声で酒をねだる。
「ロジャー、、、、!スコッチはまだ駄目だ、、、水を、、飲めるか?」
ジェイムズが吸い口を持って来たのでロジャーの口に差し込んだが、自分で吸い込むことができない。やはり私がまず口に含んで口移しで流し込んだ。
今度はほぼ同時に喉が動いて飲み込んだようだ。
喜んでさらに、、と思うがロジャーは首を振って拒否した。焦ってはいけない。
酸素マスクを付け直してしばらく様子を診た。
幸い吐き戻す様子もなくて少し安心した。
ロジャーとひどい喧嘩をした、私に向かって怒鳴り続ける彼を置いて部屋を出た。むかむかしながら廊下を歩き始めると背後のドアが開く音がして
「レッドスペシャルによろしく!クソ野郎!」
とロジャーの怒鳴り声が聞こえた。振り返るとバタンとドアが閉まった。
私はツカツカとその部屋に向かって戻るとドアを開けた。
「ラディックに伝えてくれ。」
精一杯、不機嫌な声で言葉を投げつけた。
しばらくして、非常階段の踊り場で一人で待っていると
足音を響かせながら降りて来た。
サングラスをかけて、、無愛想な風情で、、だけど私はたまらなかった。
彼が目の前に来るのが待ちきれなくて、捕まえて噛み付くように激しく口づける。
「愛している!」
「俺もだ、、、!」
言葉はそれだけ、、、。後はただ黙って抱き合って、、10分ほどで別れた。
それでよかった。私たち二人の愛の姿だった。
だけど、あの時もう少し私に勇気があれば、、。
いつの間にか眠っていたらしい、、夢を見ていた。。
目が覚めても現実は変わらない。
頭を上げると目の前には酸素マスクを装着されて
絶え絶えに呼吸をしているロジャーがいた。
どのくらい時間が経ったのだろう?
見渡すと部屋にはハリソンに変わってコナーが居た。
「Drレイ、、、今Mrセイラーは落ち着いています。
どうかお部屋で仮眠をとってください。」
「キャンベルは帰ったのか?」
「Drキャンベルはメディックで休憩をとっています。
ハリソンは交代しましたが、仮眠を終えたら降りてくるそうです。」
看護士は例の屈強の初老の婦人だ、
本来は日曜日は非番のはずだが、、、
ロジャーは彼女と”サマータイムブルース”を歌ったのだろうか?
私はベッドに向き直った、ロジャーは相変わらず
点滴のチューブにつながれて心電計が心拍をカウントしている。
ソファにはフェリックスとルーカスが肩を寄せ合うように眠っている。
窓からは白い光が差し込んでいた、
朝が来たらしいが冬の日差しは弱く薄暗い。
しかも昨夜激しく降った雪で庭は真っ白に覆い尽くされていた。
美しいのだが、天使が彼を迎えに来る準備をしたようで
白銀の世界さえ忌まわしい。
ジェイムズがブラックコーヒーを淹れてくれた。
見るといつも身だしなみのいい彼さえうっすらと無精ひげが出ている。
「君も少し休みたまえ、、、。」
眠っていないのだろう、目の下にはクマができていた。
やっと人の様子を気遣う余裕ができたのか?と自分を顧みる。
覚悟はできていたし、幾度となくロジャーを死なせてやろうと思ったか数知れない。死ぬことが彼にとって救いなのだと思ったこともあった。
しかし、自分がうっかり目を離した隙に足元を掬われるように絡めとられた、、愛する人の運命を受け入れることができない。
どうかもう一度、、、もう一度だけでいい。持ち直してくれ、、。
もう彼の枕元を一歩も離れることはできない、彼の手を握り締めてひたすら祈る。
休む様に言ったのにジェイムズもベッドの足元に立ち尽くして意識のない主人を食い入る様に見つめていた。
「ジェイムズ、今日は日曜日だろう?
君も無理に仕事をすることはない、、、。」
「Drレイ、どうか、、。」
「そうではない、ロジャーが心配なら家の仕事は誰かに任せてここに居ればいい。」
「Drレイ。」
「疲れているのならば、私の部屋のベッドで仮眠すればいい。
何かあったら起こしてやろう。」
ジェイムズは感極まって目頭を抑えた。
「あ、ありがとうございます。
過分のお言葉です。」
遠慮するジェイムズにコナーも優しく声をかけた。ジェイムズはベッドの足元の目立たない場所に移動して主人を見守る。
しばらくしてキャンベルが休憩から戻って来てロジャーの様子をコナーに確認すると私に向き合った。
「ブライアン、、、
と、呼んでいいですか?」
「ダニエル、私は最初からそう言っていたな、、。」
彼はいよいよ覚悟を決めた体で私に向き合った。
「Mrセイラーはかなり危険な状態です。
覚悟してください。」
ストレートに何の修飾も挟まずに言って来た。
「あなたが心配です。」
「私のことはどうでもいい!!」
「どうか冷静になってください。
Mrセイラーの看病をしていてあなたが体調を崩しては、Mrセイラーが誰より悲しむでしょう。」
「決まりきったような常套句を並べる必要はない、私にどうしろと言うのだ?」
医師として今まで何百例もの患者の死に立ち会って来た彼にはロジャーの死さえ、ただの一人の病人の結末でしかないのだろう。
「私に休息も助言は必要ない!
ほしいのはロジャーを回復させる治療であり奇跡だ!」
キャンベルは頑なな私に向き合うことを諦めて黙り込んだが。私たちのやり取りが騒がしかったのか、目が覚めたソファの兄弟に向き直ると
「少しいいですか?」
と改まった口調で彼らの向かいに立った。
進められて腰掛けると彼らの父親の終末治療について語り始めた。
フェリックスは落ち着いていたが、ルーカスはそうではなかった。
「つまりもうパパは終わりってこと?
だからもう何もしないってこと?」
青褪めて身体が震えだした。
「何もしないわけではありません、できる限りの手段は尽くしますが、、。
ただ、心停止した時は蘇生処置は取らないように固く指示されています。
その方針のままでよろしいでしょうか?」
「フェリックス!」
ルーカスは呆然とした声で異母兄を見た。
「それを、、父が望んだのなら、、
それでいいです、、、。」
フェリックスはどこまでも受身だ。
そうやってロジャーの長男として受け入れて来たのだろう。
自分に起こる人生を出来事を、、。
だがルーカスは違った。
「それでいいの!?
パパは死んじゃうんだぜ。
何もしないでパパが死んでいくのを見ているだけしかできないのか?」
おっとりとしたのほほんおぼっちゃまだと思っていたルーカスが見せた意外な抵抗だ。
「ルーカス、、気持ちはわかる、、、
僕も本当は、、苦しい。
だけどパパは今まで十分苦しんで来たんだ。最期の時くらいは静かに逝かせてやりたい。」
フェリックスの言い分はもっともだ、、、
私は8月にロジャーに告白されるまで何も知らなかった。
だけど、フェリックスやルーカスはロジャーが癌になったその時からその場に立ち会って来たのだ。私の知らないロジャーの苦痛や絶望を見て来たのだ。
「くそ!そんなの嫌だ!パパを、、
黙って死神に引き渡すなんて、、、
ブライアン!」
とうとう矛先が私に回って来た。
「あなたなら!手を拱いてパパを死なせたりしないよね。
いつでも、あなたがパパを救ってくれた、血を吐いた時も!ジャパンで手術した時も!」
私は今更に自分がいつの間にかロジャーの命を諦めていた事に気がついた。
最後まで抵抗する。と言いながら、、、モントルーで息を引き取ったロジャーを抱いて湖に入る自分の姿をうっとりと思い描いてばかりいた。いつの間にかゴールがロジャーの死になっていたのだ。
「ルーカス!そうだな。
最後まで足掻こう。」
「ブライアン!お願いだ。
パパを助けて、あなたなら、、、
あなたならパパを助けられるよね!?」
そればかりは答えようがない。
しかし、、、。
「、、うるさい、、、、、。」
小さな声が聞こえた、、、。
皆、一瞬静まり返った、、、。
ロジャーの腕がかすかに動いて、、、
酸素マスクに手をかける。
「ロジャー!気がついたのか?」
キャンベルも急いで計器の数値を確認しながら枕元に走りよった。
「ロジャー!私だよ、、、。わかるか?」
ロジャーは酸素マスクを外そうとしている、しかし腕に力が入らない。
「、、、取ってくれ、、、。」
弱弱しく、だけど、、、彼の言葉、、。
「外してはいけない、、、。呼吸が、、、。」
できる限り、近寄って耳元にささやく、、、。
「、、ブライアン、、、
こんな、、、ものより、、、。」
ロジャーのまぶたが動いて、、、
私を見た、、、青い瞳!
「、、、君の、、唇が、ほしい、、、。」
たまらずにマスクを外して口づけをした。
誰が見ていようともうかまわない。
苦しげな呼吸はそのままだ。
意識が戻ってかえって苦しんでいるのが如実にわかる。
しかも、彼は真っ黒な血を吐いた、、、!
真っ黒な、、もう抵抗する力もなく看護士に吸引される、さすがに最後に残る血を私が吸い出した。
「パパ!大丈夫、、、?」
ルーカスは気が動転している。
「もう、、いいから、、行け、、、。」
「パパ、、、。」
「さよならだ、、ルー、フェル。
頼む、、、二人だけに、、、してくれ、、、。」
呆然と父を見詰めるルーカス、、、
だが、フェリックスに肩を叩かれて部屋を出て行った。
「さようなら、、、パパ、、。」
別れの言葉を口にした。
「ロジャー、、苦しいか?マスクをもう一度、、。」
「もういい、、、。」
弱弱しいながらもしっかり意思を持った言葉だ。
「外してくれ、、これも、、、チューブも、、。約束だ、、。」
点滴のチューブを指して訴える。
「最後まで、、痛い目にあわせる、、な。」
ロジャーは酸素マスクも点滴も外させた、、
点滴の針を刺した青黒い痕のある腕が痛々しい。確かに最後まで機械に繋がれているのはあまりにも哀れだ、、、しかしこれがロジャーの言う週末治療の拒否か!
「すまない、、一緒に、、、行けない、、。」
青い瞳が私を見る、、もう一度、、まぶたを開いて私を見てくれた、、。
私は涙があふれて来る、泣いている場合ではない。
「気の弱いことを言うな。
大丈夫だ、、、明日、、モントルーに発とう。」
「抱いてくれ、、、。」
頭の下に腕を滑り込ませて、その体を抱き上げる。しっかりと抱きしめた。
「まだまだ完成させてない曲があるだろう。君がいないとだめだ。」
ロジャーは、なんとか腕を上げて私の顔に右手を添えようとする。
その手を取って私の頬に当てた。
「君の、、PCに、、、。」
「PCに、、?」
「、、、一緒に行きたかった、、君と。」
彼の指に口づける。
「一緒に行こう、大丈夫だ、、、明日、、飛行機をチャーターする。」
ロジャーは苦しげに顔をしかめた。手が震える、、。
「ブライアン、、、君は、生きてくれ、、、。」
「何を言うんだ、、、!君を失って私が生きて生ける訳がない。」
今までとは明らかに違う、、、今まで何度もロジャーは危なくなった。
でも、こんな言葉は発しなかった。
「困ったな、、、君と、、別れるのが、、、辛い、、。」
青い瞳から涙が流れる。
「ロジャー、、!だめだ。
私たちは最後まで一緒だ。決して離さない。」
「ブライアン、、、俺は、、俺は、、
君に愛されて、、、君に、、この、、数ヶ月、、、幸せで、、。」
彼は苦しげで息をするのも辛そうだった。
しゃべるのも苦しそうで、、でも、、。
「ロジャー、、、辛いなら無理に話さなくていい。
愛している、、もっと早く気がつかなくて、、、すまなかった。」
「君に、、愛されて、、、幸せだった、、、
だから、、君にも幸せに、、生きてほしい。」
「もういい、、ロジャー!もういいんだ、、。死なせない、、けして君を一人で死なせない。」
彼の体を強く抱きしめる、、もう、、どうなってもいい。
「ブライアン、、痕を、、付けてくれ、、俺の、、体に。」
彼の体に。もうけして消えない痕を、、、
私は彼の首筋に唇を寄せて強く吸った。
そこには赤い鬱血の後がついた。
「付けたよ、私の印だ!君は私の物だと言う!」
「ブライアン、、、もっと、、近くに、、、、
もう、、君の、、顔が見えない、、、。」
彼の手を私の頬に押し当てながら
その体を抱き上げて、私自身も彼の顔の間近でささやく。
「ここだ、ここにいる!離れないから、決して離さないから!」
「愛してる、、、えいえんに、、、きみを、、、。」
どんどんロジャーの意識が遠のいて行く。
「だめだ!ロジャー!まだ駄目だ!」
「、、、おれの、、、心臓の音、、を、、、。」
瞳が、、閉じられて行く、、、これが最後だ、、。
もうロジャーは、、逝ってしまうのだ、、。
「だめだ!ロジャー、、だめだ、、、!」
とめどなく涙が流れる、どうしようのないのか?
もう、、どうしようもないのか?
誰か、、、誰か助けてくれないのか、、、。、もう、、、。
彼の力が無くなった体を抱きしめて私は泣いた。
まだ呼吸は止まっていない、、
私はロジャーを抱いたままひたすらに彼の名を呼んだ。
彼の心臓の音が”愛している”と鳴っている。
でも、弱弱しく絶え絶えだ。
「ロジャー、、、。だめなのか、、、?もう、、だめなのか、、?」
抱きしめたまま、一寸たりとも動かなかった。
動けなかった。どのくらい、そうしていただろう。
「ハリソン、、、、。」
ハリソンは無精ひげがこれまでで最高に伸びている、
髪の毛ももはや鳥の巣の様だ。
しかしそんな彼の様子が今の私には心を和らがせてくれる。
「ロジャーは、、、、いつまで、、持つ、、今夜か、、、?」
「、、、、、、確かな事は言えません、、。
Mrセイラーの体力しだいで、、。」
ハリソンもはっきりした事は言えないのだろう。
私はロジャーの体を抱いて手を握り締めるしかできない。
ただロジャーの心臓が弱いながらも鳴り続けるのを聞いていた。
ロジャーの頬に自分の頬を押し当てて、、
しだいに冷たくなっていくその肌を温めようと体を寄せる。
集中する。昏睡する彼の意識を追う様にひたすら彼を思う。
やがてまぶしい光が見えてくる。
白く輝いてまぶしくて目が開けられない。
”ブライアン!”
声が聞こえる、、あれは、、ロジャーの声!
”どこだ?ブライアン!”
私はここだ、ロジャー!私はここに居る!
叫ぶが、、ロジャーには聞こえていない。
あたりがあまりにも眩し過ぎて、よく見えない。
ロジャーはどこにいるのだ?
”ブライアン!”
ロジャーが私を呼んでいる。
”私はここだ!”
手を伸ばす、、その手をロジャーがつかみかけた、、
”ロジャー!”
やっと見つけた!
「Drレイ!」
はっとして目を覚ます、
私の肩をゆする手を振り返ると顔色を変えたハリソンがいた。
「なぜ、私を呼んだ!」
剣呑な声でハリソンを睨みつける、、、!
「、、、、、、、、。」
すぐに振り返る、、ロジャーの手を、、手をとらなければ、、、
「Drレイ!ダメです!」
ハリソンはなおも私の肩をつかんでゆすぶる。
「放せ!」
私は彼を突き飛ばした。
「ロジャー、、、、!」
でも、もうだめだった。。もう彼の意識の中には入れない、、。
絶望的な疎外感に打ちのめされる、、、
怒りを感じてハリソンを振り返ると彼に向かって立ち上がり殴りかかった、、、。だが私の膝はがくりと崩れハリソンの胸倉をつかむ距離まで詰め寄ることもできなかった。
「大丈夫ですか?」
コナーとハリソンが同時に近寄って来る。
そんなそぶりさえ腹立たしい、二人の手を払いのけて怒りの表情を浮かべてうなった。
「なぜ邪魔をした!私を、、なぜ、ロジャーから引き離した、、!」
ハリソンは当惑の表情を浮かべていた、、、。
「すみません、、、ただ、、、。」
「もういい、出て行け!」
私はふらふらと立ち上がるとロジャーの枕元に戻った。
「ロジャー、、、すまない、、。」
もう二度と開かない、、青い瞳、、、。
どのくらい時間が過ぎたのか?深く強く集中する。
ふいにまた白い眩い光が見えた。
「ロジャー!私はここだ。」
ついに!ロジャーは私を見つけた。
突然、ロジャーの瞼が大きく開いて私を見た。
”なんだ、そこに居たのかブライアン。”
彼の声が私の頭に響く。
「ああ、私はここに居るよ。けして君から離れないよ。」
とめどなく涙があふれて来る。
血圧が低下している、うるさい程にアラートが鳴っている。
ハリソンは、しないはずのカンフルを注射した。
しっかりと彼を抱いて、
「愛しているよ。永遠に。」
すると彼は笑った。
まるで花が咲いたように、光が一気に輝きを放った様に。
美しい笑顔、、、。
「me too 、、 I 、、love you、、、 too」
小さく、、、切れ切れに言葉を、、発して。
そして深く、
深く、、長く、、息を吸い込むと、、、、
今度は、、、ゆっくりと、、、、、息を吐き出し始めた。
長く長く、、、長く、、、私は私は、、、
彼の息を、、、彼の命の息吹を、、
私の物にするために彼の唇に自分の唇を重ねた、、。
あの日サヴォイ・ホテルで彼の唇に私の唇を重ねたように、、、。
やがて長い息を吐き終わった、ロジャーは、、、、
そのまま静かになった、、、、。
荒く、苦しげな呼吸、、、もうそれも無い。
私はもう一度ロジャーが呼吸をするのを待っていた、、、。しかし、、、
ピーっと言う機械音が流れ始めた。
さっきまで心拍をカウントしていた心電計が、、、
元となる心臓の鼓動を無くした音だ、、。
これは嘘だろう、、、?
うそだ、きっと、、だってロジャーは笑っている。
まだまつげの間から青い瞳が覗いている。
「ロジャー!!!!!」
彼の手を握り締めたまま、名前を呼んだ。、。。。。
「ロジャー!!息を、、息を、、、息をするんだ、、!」
ロジャーは微笑を浮かべたまま、、、
二度と呼吸を再開することはなかった。
「ロジャーーー!!!!」
私は獣の様に吠えた!
「ロジャー!!!嘘だ!もう一度、もう一度!
息を吸って、、もう一度目を開けて!」
彼の顔を上げて唇を合わせ、私の息を吹きかけるが、、、反応はない。
体を掻き抱いて泣き叫ぶ、
力の入らない体、揺さぶられたら人形のように揺れるだけ。
ハリソンがロジャーの腕を取って脈の確認をしている。
「ハリソン!カンフルを!!」
ハリソンは首をゆっくりと振った。
「午前0時59分です。」
呆然とハリソンを見上げる、、、言葉の意味が分からない。
「、、、、だんな様、、、!」
ベッドの足元でジェイムズが泣き伏した。
嘘だ、、、これで終わりだなんて、、、信じない。
「ロジャー!ロジャー!起きて、目を覚まして、、、
ステージが始まる!遅れるぞ!
ロジャー!そんなバカなそんな、そんなロジャー!」
狂ったように名前を叫ぶ、でも、、。
私がどんなに叫んでも、魂の抜け出た体はもう二度と呼吸をしない。
あんなに苦しそうに息をしていたのに、今は静かに笑っている。。。
ハリソンはロジャーの胸に貼りつけていた心電計の電極を外した。
彼が医療機器を取り外して片付けて行くのを呆然と見守っていると、
荒々しくドアが開く音がして誰かの騒がしい声がしている。
しかし、私はもう反応する事ができない。
ルーカスが私とロジャーの前に仁王立ちしていた。
「パパ、、、。」
後ろからゆっくりとフェリックスもやって来た。
「ブライアン、、、パパは、、。」
ルーカスは近づいて来てロジャーの顔を覗き込んだ。
じわりと涙が滲んで来て、やがて涙を流した。
二三歩後ずさってフェリックスにぶつかった。
「パパ、、、笑ってるよ。すごく、、、幸せそうだ、、。」
「ルーカス、、、君が呼んでみてくれ。
君が呼んだら、、目覚めるかも知れない。」
「ブライアン、、、。」
「ロジャーは眠っているんだ、、、もう起きてもいい頃だ。
ルーカス、、、君が呼びかけてくれ、、、。」
私は愛しげにロジャーの髪をなでた。
「ロジャーほら、みんな起きてるよ。君も目を覚まして、、。」
今度はフェリックスが近づいて来た。
私の前に膝をついて下から覗き込んでくる。
「ブライアン、、ありがとう。
パパは幸せそうだ、、あなたに抱いてもらって満足して逝けた。」
二人が何を言っているのか分からない。
「うるさい!何を言っている!?私とロジャーは明日モントルーへ行く!
飛行機をチャーターしてくれ!」
二人の息子を怒鳴りつけた!
ロジャーは生きている!生きている!
モントルーへ出発するのだ!
ロジャー、目を覚まして二人の息子を叱ってくれ。
まだまだ、この二人は頼りない。君がいなければ、、、。
眩暈がする、、ぐるぐると世界が回る、、ロジャーの手をけして離してはいけない。
一緒に行こう、モントルーへ出発しなければ。頭が痛い、、、。
真っ暗な闇の中でロジャーを探した、、、、
”なんだ、ここにいたのか?”あの時、ロジャーは私を見つけた。
私も彼を見失ってはいけない。
愛している、、、ロジャーどこまでも一緒だ。
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