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デリカシー
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突然泣き出した俺に、困惑しているのか、かいせは何も言って来ない。
「片付け、しなきゃな」
切り替えようと、無理矢理立ち上がり、資料を戻す。
肩に触れてきた彼は驚いた顔をしていた。
ああ。記憶読まれたのか。別にこの業界では珍しいわけじゃないが、デリカシーは、ないらしい。
「……なに」
何も言われなかった。黙って抱き締めてくる。苦しい。
「今、お前は傷ついてるんだ」
別に教えなくたって、いいのに。
「俺は、傷ついたりしないよ。悲しいだけ」
「傷つくから、悲しいんだろ?」
しんでほしいと言われたら、検討してから、わかりましたと言うし、現れるなと言われたら、検討してから、わかりましたと言うだけだと思う。
「傷がどうなんて理解する余地は無いよ、悲しいかなんてどうでもいいことだ」
俺が傷ついたって関係のないと思っている人間に、傷ついていると、語ったところで、なんの意味も無い。
「いずれ死ぬし。この業界、あまり長生きしないだろ?」
能力科の連中の半数は短命だ。詳しくはわからない。30とか50とかで、引退し始めたりする。ある日、急激にガタが来るタイプが多いのだ。
「……そうだな、俺も、それは怖い。でも」
俺を抱き締めたままで、かいせは言う。
「お前まで早まって、俺を一人にする気か」
誰かを思いだして、彼は言った。誰かが亡くなったらしい。
たくさん亡くなった。
「それは、はしびきが居るじゃないか」
「あー、あいつも、体調不良が多いだろ? やっぱ、俺が一番健康? いや、マジ、洒落にならん」
「んじゃ、一緒に死んでくれる?」
「生きようぜ。二人」
俺は、答えない。
身体が震えている。
離してほしいとじたばた暴れてみる。効果はない。
「暑くるしい」
「……ん。涙目で、上目づかいで、じたばたしてるって、最高に萌えるな。しばらく見とこ」
「……」
足を力一杯踏んづけてやった。
目が覚める。
「……あれは、あいつの記憶か」
あれからは帰って、飯を食い、そのまま抱き締めて寝ようとして、断られ一人で布団に横たわってしばらく眠っていた。
あいつは、感情を処理しないというか、いくらか放棄している。
理不尽に対する憤慨を通り越してしまう人もいるものだからその点では平穏なのかもしれない。
他人の存在もまた、単なる豪雨や地震があるようなものであって、俺たちの存在が周りへの理不尽に関わらずあるように罰を受けているわけでも周りが優遇されるのでもない。
落雷しようがしょうがない。
それは他人と仲良くなる以前に起きるしかない現象なのだから。
だから肝心なときに限って、あいつは誰にも助けを求めない。
(あのときも……)
ふと頭によぎるのは桜だった。
一人で出掛けた桜の木の調査のときもそうだった。最初こそ、なぜ相談しないのかと憤っていたのだが、ようやくわかったことといえば、許容量を越えた痛みは感知できない。
人には、まれに、そういうことが起きるらしい。あいつは、すでに、そういうことばかり、起きるらしい。
もし、心のそこから、どうにもならなそうなことがあったとしたら、きっと、そのときはあいつは俺を頼りはしない。
一言も告げず、誰も頼らず、一人でそこに向かうだろう。
そんな、確信がある。
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