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Zeigarnik syndrome
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Zeigarnik syndrome
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「君、夢が現実になることはなかったか?」
自分がただの無垢な子どもと信じていた幼い頃。
まだ『あの家』で、親の庇護下で暮らしていて、右も左もわからない俺のところに、知らない男がたずねて来て、そう言った。
(今日は保育園もないし、外に出て、みんなと遊ぼうと思っていたのに)
ちょうどこれから出かけるところだった俺は、その日ドアを開けたことを、後悔した。外に出た瞬間、まるで待ち伏せるかのように、その男は現れたのだ。
「ゆめ? 現実?」
「私はね、保育園にいる娘の迎えをよく頼まれるんだけど、君の書いているゆめ作文を読んで興味を持ったんだ」
俺は幼くて、まだ何も知らなくて──ただ、自分が自分の思う以上の評価である「大人から認められる」というのを全く身構えなしに食らった。
幼い頃っていうのは、大抵の周りの子はバカなこととかやって、怒られて泣いて、ただ遊ぶのが仕事みたいな感じで、社会のことなど知らず、なんら雑じり気のない意思で、あんパンになりたいとか書いたり、お絵描きにしろ作文にしろ、幼さというものから滲む、拙い世界観が当然のものであり──
「君が見ているのは、未来だ」
こんなことを大真面目に言い出す大人を見たら、泣きたくもなった。
「なに言ってんだよ、オジサン」
ふざけるなよと怒鳴り付けてやりたかったからそう言った。
だけど、そのときの俺の倍の身長……今、思えば180以上はあったんじゃないか、とにかく、その体格とかいきなり未来だなんだ言い出す姿が怖くて、思わず声が裏返った。
「何しに来たんだよ! 帰れ!」
俺は幼くて、右も左もわからなくて、病院にもそんな診療科はなくて、幽霊が見えると自称するやつなら保育園にも居たけど、俺みたいなのは、そのときの周りには居なくて、
ただ、怖くて──
玄関に立ち尽くしたまま近くにあった傘を振り回した。
「なに気持ち悪いこと、言ってるんだよ! お前のもうそうに、なんで俺があいてしなくちゃならないんだよ! 変質者!」
その頃の俺は今よりずっと活発で、今よりずっと短気だっ気がする。
「俺は未来なんか知らない!」
男は、体格もあってか牙を剥く俺に特に怯えたりすることはなく、やけにニコニコしながら「本当にそうかな?」と言った。
「世の中にはね、君みたいに未来を視る人間っていうのが居るんだよ」
今から思えば、こういう業界の素人っていうのは、いきなりやってきていきなり気持ちの悪い探りを入れて、その失礼さのままで、勝手に個人の人格を破壊し、自分に利用出来ると思い込んでいる。つまりは、バカだ。
「じゃあ、俺が、なんの未来を見たんだよ」
そのとき、書いた作文のこと、彼が放った一言。全てが鎖のように今も絡み付く。
俺はあの日、心が壊れる音というのを聞いた。
心が、あると思っていた心が。
何処にあるのかわからなくなってしまった。
今でもときどき思う。
彼が、思ったらなんでも口にする人間ではなく、良識のある大人であったなら──
あるいは俺や周りに理解のある者が居たのなら、違う人生を歩めていたのでは無いだろうか。
「インドア派に山登りはきつい……」
ぼやいていると、菊さんが横から「ふぁいとっ! ふぁいとっ!」とふざけてくる。
……。俺よりアウトドア派だからなのか、俺の体力が極端に少ないのかはともかく、彼の方が元気そうである。
「暑い……」
そう、ただいま山登り中。
ざく、ざく、葉っぱを踏みしめながら、スーツで来るところじゃないなと今さらのように感じる。山っていうのはさほど高いところで無くとも、大概石碑やらお墓やらがあって、何かしら居るので、日が暮れきる前に探索は終了したい。
「鶴は、なんか特定の場所とか心当たりないのか?」
「俺だって、万能じゃないです……、結婚式場っていう言葉から見えるのは結婚式場ですよ。呪いじゃない」
「ふーん、まあ、人生そう都合よく行かんか。あー、山らしくエロ本とか落ちてないかな」
「どんな山期待してるんですか」
風が吹く。地面の葉っぱが舞う。
「おー、すずしーい!」
洗濯物のCMみたいに両手を広げる菊さんを横目に俺はふと、かいせに場所くらい探して貰うんだったと思った。
今からでも電話出来るのだろうか……忙しいか。葉っぱが、視界の隅に揺れる。
「……………………」
俺は何も見てない。何も、思ってない、何も。ビニールで撒かれた死体────数人が運ぶ場面がフラッシュバックする。
「──う」
頭を振る俺の肩を、菊さんがトントンと叩く。
「み、見つかりました?」
冷や汗を悟られないように聞くと、彼はやけに良い笑顔で、女性の裸が表紙の雑誌を見せてきた。
「俺達何しに来たんだっけ……」
かいせといい、彼といい、どこかしら変わっている。と今更考えて見る間に彼はその雑誌を表紙のまま眺めていた。
「おい、川に落ちて劣化してページ張り付いちゃってるけど、まだ最初の方は視られるぞ!」
「────ああ、はい」
ハイテンションで『表紙のまま』雑誌を眺めて居る彼の横で俺は何か手がかりがないかと辺りを見渡した。
「ちょっとなー、年代が古いわ……」
「はあ」
菊さんは、ちょっと俺やかいせに似ている。
こういうものは基本に分類などあってないに等しいのだけど──箱の中からでも札を当てたり、身体を視ただけで具合がわかったり。
見えないはずのものを視る。
「なあ──なんか、血のにおいがしない?」
雑誌を視たままで彼はふと呟いた。
てっきりあのノリがしばらく続くと思って居たが、仕事を忘れていなかったのだろうか。
「……血の?」
血のにおいなどしない。少なくとも、俺はわからない。
「あぁ──こっちだ、この奥……」
彼は茂みに近付いて行くと、枯葉にまみれた地面を指差した。
「っ────」
頭痛が、する。なんだか、見てはいけないもののような、気がする。
「葉っぱ……だよな」
彼はなぜか葉っぱを拾って、首を傾げている。目眩がした俺は思わず座り込んだ。
あの桜のことは、思い出すな。
だって、あの桜────
「──大丈夫か?」
「はい……葉っぱが、どうかしたのですか」
「いやなんか、変な桜だと思って」
俺は何も答えずに立ち上がると、茂みに近づく。
「ちょっと、分析をかけてみましょう」
適当になにかないか探して見ると、近くにちょうど乾いたビンが捨ててあったのを手に取り土を採取。
「おそらく、今回の依頼ではないですが──何年か前にも、山に捨てられているみたいだ」
もしかしたら、という思いがちらつく。
あの桜がこんなところにまであるなんて……
やがてしばらく進んでいくと、木に打ち付けられた長い釘を見つけた。
「釘……」
菊さんが呟く。釘だ。釘が木に刺さっていて、縄が幹に一周して巻いてある。
「これは……なにか意味あるのかな」
「これはたぶんあれですよ」
「あれって」
「昔なんかで読んだんですけど
生命力の強い、成長した木にそのまま呑み込ませて……内側に、髪の毛とかを……こう、入れて……」
「どうなる?」
「手順は忘れたけど、いわゆる巨大わら人形みたいなやつです」
「……マジだ」
菊さんはじっと木を見つめたまま呟く。
何かが内部に見えたのだろうか。
「わりと新しいな。それにそんなマイナーな知識で動くやつなんて限られてる」
「俺らに恨みを持つ相手かもしれませんね。下手に引き抜くわけにも行かないし……ここは、連絡だけして下がりましょう」
ちょっと困ったな、と思う。
あんな大掛かりなもの、今日中に解呪出来ないかもしれない。ということは今日はしばらくこの嫌な感覚と付き合うのか。
あとでお祓いしてもらおう……
ポケットから端末を出すと、とりあえず事務所に電話をかけた。
2021/7/2221:17
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