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58.雨の日に来たもの2
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「どうしたの?その猫」
自分の手の中で震えている小さな生物を見て、蒼は目を真ん丸くした。
「拾った」
「拾ったって……」
いつの間にか雪は止み、雨だけになっている。
春が近い証拠だった。
びしょ濡れになっているその猫は瞳を閉じてぶるぶる震えていた。
「あったかくしないと。圭、こっちに連れてきて」
蒼は慌てて毛布を取り出すと、ベッドの上に小さくたたんで置いた。
どうしていいかわからずにおろおろしていた。
こういうときは蒼のほうがたくましい。
お母さんみたいだ。
突っ立っていると、バスタオルを抱えた蒼にどつかれた。
「さっさとこっちに貸して」
ふわふわの真っ白バスタオルで優しく猫の身体を拭く。
雨に濡れて薄汚れていた猫だったけど、こうして明るいところで見ると、毛並みはいい。
真っ黒でどこが目で鼻なのかよく分からない猫だった。
「可哀相に。こんなに震えて」
「雨に濡れて捨ててあった」
「そうなんだ。よく見つけたね」
「そうだよな。なんであそこを通ったんだろう?」
そうだ。
なんで今日に限ってあそこを通ったんだろう?
コンクールも終了してしばらく忙しい日が続いていたが、今日は月曜日だから休みだった。
いくら忙しくても蒼との時間だけは確保したくて、高塚には無理を言って休日を設けてもらっていたのだ。
毎日、あちこち移動して歩いて、演奏しまくって、少しへとへとだった。
せっかくの休みだからと気分転換にのんびり市内を歩いてみようなんて思ったのが始まりだった。
今週末にラジオの録音がある。
そこで弾く曲の構想にも行き詰っていたところだった。
音楽の構想に行き詰ったときはぶらぶら歩くのが一番手っ取り早い解決方法だから、こんな雨でも外に出たところだったのだ。
そしたら、いつも通らない道をうろうろしていてこの猫に出会った。
偶然だったのだろう。
だけど、この猫はここにやってきてしまったのだ。
一人で考え込んでいると、その間にさっさと蒼は手当てを済ませたらしい。
いつの間にか目の前から消えていた。
「あれ?蒼?」
視線をめぐらせると、台所から顔を出す。
「何?」
「いや。どこいったのかと思って」
「どこにも行かないって」
にっこり笑う蒼。
猫の目途が付いたのだろう。
さっきまでは険しい顔をしていたのに。
本当に単純なんだから。
苦笑してしまう。
それから猫を見る。
猫は相変わらずぶるぶるしていたが、毛布の上に引いてあるピンクのバスタオルにくるまれていた。
ヒーターの温度も上げられて、おれたちからしたら暑いくらいだけど、この猫にとったらいい環境なんだろう。
スースー寝息を立てている。
ほっとした。
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