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15.生きたい
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「病気の内容は聞いているのだろう?そう長くはないらしい」
「保住さん、聞いたんですか?」
彼は苦笑する。
「こういう場合、告知するかしないかは家族が決めるそうだが。加奈子がおれの人生なのに、おれが知らないなんておかしいって、まくしたてたみたいで。おれの意向なんか関係なしに告げられた」
「そんな……」
加奈子らしいが。
保住は受け止められたのだろうか。
「保住さん」
吉岡の気持ちを察したのか。
保住は庭に視線を移して瞳を細める。
「自分の死期が迫っているというのは実感がわかないな……。ただ、こうも痩せてしまうとそうなのだなって思っているところだ」
自分の腕を眺めて見せる。
吉岡はその露わになった腕に視線がいく。
痩せた。
本当に痩せた。
「すまない。愚痴を聞いてもらいに来たわけではないのに。話を聞いてもらえるだけで嬉しいよ」
彼は、そう言うとソファから立ち上がる。
「お茶でも……」
「保住さん……ッ!」
体力の低下と極度の痩せで筋力も落ちているらしい。
姿勢を保つのも大変そうだ。
ふらついた保住を、吉岡は手を差し伸べて抱き留める。
「危ないですよ。お茶なんていいですから。座っていてください……」
そこまで言って、はっとする。
保住に触れるなんてことはほとんどない。
こうして体重をすべて預けられても軽い。
男性だから骨の重さがある。
女性よりは重いのかもしれないけど。
なんだか軽くて。
ドキドキした。
「吉岡、すまない。まったく頼りにならない身体だ」
保住はそのまま顔を上げてソファに戻る。
吉岡はそう思ったが、その逆だった。
彼の腕につかまったその手に力がこもる。
「保住さん?」
「吉岡に言っても仕方がないのに……。わかっているのに……」
保住は泣いていた。
「まだやりたいことがたくさんある。子供たちや加奈子のことも心配だ。おれは、一体何をしているのだ……情けない……」
「保住さん……」
見ていられない。
だから足が遠のいた。
だけど。
彼を支えてあげられるのは家族だけなのだろうか。
自分も支えてあげたい。
吉岡は保住を引き寄せて抱きしめる。
「吉岡……っ」
嗚咽を漏らす彼を、ただ抱きしめるしかない。
慰めや取り繕った言葉なんかいらない。
ただ、彼の気持ちや辛さを受け止めるしかない。
そう思ったのだ。
ひとしきり泣いた後、保住は俯いたまま吉岡の手から離れた。
「すまない。お前にこんな見苦しいところを見せることになるとは」
「そんなことはありません」
「情けない先輩だ。お前のことは引っ張り回して、仕事も増やして苦労させてしまったな」
「そんなお別れみたいなことを言わないでください」
「お別れだろう」
「保住さん」
吉岡は彼の両腕をつかみ、そして自分と向き合わせる。
俯いていた保住は驚いたように顔を上げた。
大きく見開かれた瞳は赤くなっている。
まだ涙が零れ落ちそうなほどだ。
「そんなことを言わないで。あなたほどではありませんが、おれはおれなりにかなり辛い。あなたがいなくなるなんて信じられません。夢であれと何度も思いました。すぐに会いたい気持ちはあったんです。でも、あなたになんと声を掛けたらいいのか。いや、おれが辛いから足が向かなかったんだ」
「吉岡……」
「あなたは自分の運命ときちんと向き合っている。だからこそ苦しむんだ。それなのに。おれは辛いからって逃げていました。情けないのはおれです」
真剣に保住を見つめる。
彼は驚いた顔をしていたが、すぐに瞳を細める。
「すまない。どうしてなのだろうな。おれの問題なのに。お前まで思い悩ませてしまっていたなんて」
「悩んでいるのはおれの勝手です」
「吉岡」
「保住さん。なりふり構わずでもいい。お願いです。一日でも生きてください。それだけがおれの望みだ。あなたを失うなんて考えられないんですから」
「どうして、お前はそうまでしておれを慕ってくれる」
「どうしてって……」
吉岡は彼を捕まえていた腕をほどき、そして再び彼を引き寄せる。
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