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「椎ちゃんは数年前のマッツンにそっくりだ」
ふと、そんなことを言われて目を丸くする。
「亮雅さん、にですか」
「ああ、陸がまだ1、2歳の頃は大変だったぞ。年中病み期かってくらい覇気がなくてな。オレが無理やりメシや旅行につれて行って、余計なことを考えないようにさせてたよ」
「想像ができない……」
「だろうな。マッツンもクソがつくほどの真面目野郎だ、光樹さんのことも……本来あいつが責任感じる必要ねえんだけどな」
それは俺も思っていた。
亮雅さんはなにも悪くない。
病気の辛さから自殺した清水さんが、亮雅さんに向けて宛てた手紙。
不謹慎だが、その手紙がなければ亮雅さんはあんなにも苦しめられることはなかったんじゃないかと思ってしまう。
なんでもこなせる器用な人なのに、どこか不器用で。
「なんつーか、椎ちゃんと会って変わったよ。あんな楽しそうに仕事をしてるあいつを見たことがなかったからな」
「……こんな俺でも、役に立ってるんですね」
「おーい、なんだそりゃ。そこは愛されてるっていえよ。椎ちゃんも人間だろ」
「俺はAIみたいなものなので、誰かの役に立てれば嬉しいです」
「ははっ、マッツンに言われたんだろ。椎ちゃんはあいつの言葉をすぐ根に持つなぁ」
愉快そうな谷口さんに困惑するも、図星をつかれて顔を隠した。
亮雅さんが好きすぎて気が狂うのではないかと、我ながら心配になる。
「今日の飲み会、谷口さんは来られるんですか……?」
「ああ、もちろん行くぞ。椎ちゃん、酒は飲むのか」
「……そこは、ノリで」
「おいおい、椎ちゃんに"ノリ"なんてあったのか。タバコは駄目なんだろ」
「タバコはちょっと……」
亮雅さんはタバコを吸いたいと思うんだろうか。
俺を気遣ってやめることまでは強制したくない。
だが、あのニオイには嫌な思い出しかない。
できれば喫煙者と席を離れたいというのが俺の願望だ。
「ま、マッツンの隣にでもいればなにも問題ないだろ。桜田とは話してやればいい」
桜田? あ、そうだ名前……たしか桜田か。
失礼な先輩だ。
最近になってようやく覚え始めた他人の名前。
以前のままだったら、たぶん後輩にも敬遠されていたかもしれない。
「____それでこれがシステムのパスワードな。デスクにでも挟んでおいて」
「はいっ」
昼からの出勤で、桜田にあらかたの説明をした。
経理課といってもヘルプで宴会や宿泊スタッフになることもある。
さまざまな方面に関われる総合職といえば、経験値としてかなり有利だ。
「先輩、字が綺麗ですね。教科書のお手本みたいです」
「大げさだよ。あんまり褒めないでくれ」
相手が誰だろうと褒め言葉には弱い。
どう返すのがベストなのか、そんなことを考えて日が暮れる。
「今日の入社歓迎会……先輩の隣に座ってもいいですか? 人数が多いって聞いたので」
「ああ、いいよ」
「やった。ありがとうございます」
なにがそんなに嬉しいのか、機嫌のよさそうな桜田を怪訝に見た。
後輩といっても身長は俺より少し高いし、あどけない表情には浅木とまた違う魅力がある。
不器用な自分が先輩なんて……実感がなさすぎる。
「椎名」
「! は、はい」
唐突の呼び声に驚きを隠せなかった。
宴会の片づけが終わったらしい亮雅さんが小包をくれた。
「いつも世話になってる客からだ。桜田はクッキー食えるか?」
「はい! 大好きです」
透明のラミネート袋に包まれた3枚のクッキー。
ふと違和感を覚えて裏返すと、マジックで『おつかれさん』と書いてあってドキッと心臓が跳ね上がる。
「先輩っ、このクッキーかなりうまいですよ」
「っ! え? ああ、ほんと?」
「はい、紅茶味ですって」
「……そうなんだ、はは。俺も後で食べるよ」
ここは生粋のホワイト企業といわれているだけあって、従業員のデスクには各々の好きなお菓子が置かれている。
食べるなといわれているわけでもないが、亮雅さんのさりげない遊び心に調子が狂う。
こっそり盗み見た桜田の袋にはなにも書かれていないのだから、罪な男だ。
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