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自分が自分を信じていなかったんだ。
亮雅さんは俺を嫌っていると勝手な妄想で傷ついて、大切なのに避けていた。
恐怖を感じたくなくて、リスクを背負わないようにいつも逃げてきた。
家に着いてすぐ絹井さんにもらった診断用紙を開く。
向き合おう。ちゃんと自分の意思で。
「ゆしゃあ〜、おべんきょ?」
「うん、大事な勉強だよ」
「ひざのりたい。いい子するからぁ」
「ふ……いいよ」
陸をひざに乗せて項目を見下ろす。
恐怖心や不安感の度合いを数字でチェックしていく簡単な表だ。
『人前で電話をかける』
『権威ある立場の人と会話をする』
『人に見られながら字を書く』
『輪に入る』
ありきたりな項目だが、当てはまるものは多かった。
「おとなのべんきょう、むずかしい」
「だろ? 陸には絶対分からないよ」
「これはねえ、みそしるのつくりかた」
「ぶふっ、そうなのか?」
「うん。これ、さんすう?」
数字がたくさん並べられているせいだろう。
そんなものかな、と呟いて頭をなでる。
そのとき亮雅さんが風呂から出てきて、思わず紙を隠しそうになった。
悪いくせだ。
大丈夫、と言い聞かせてペンをにぎる。
「陸ー、冷凍庫のアイス食べていいぞ」
「え! やたぁ!」
駆け足で冷蔵庫の元へ行った陸に唖然としていれば、肩に手が回ってドキッとする。
風呂上がりの香りは心臓に悪い。
「……亮雅、さん」
「話してくれてありがとな、優斗」
「ッ」
「焦らなくていい」
「……はい」
せっかく立ち直れていたのに。
また涙がじわりときて首をふる。
「っ……」
もっと、自分を知りたい。
自分を知って優しくなりたい。
亮雅さんのように。
「あぁ〜! りょしゃん、アイスたべたっ」
「あーうまいうまい」
「陸のなのぉ!」
「はは、そんなパンチ痛くもかゆくもないぞ」
「ゆしゃぁぁん、かいじゅーがおそってきたぁ!」
キャッキャと楽しそうな陸が抱きついてきて、やれやれと苦笑する。
「こーら陸、ゆうしゃんは大事な勉強中だ。こっち来い」
「じゃあパパがだっこして!」
「おまえ、結局それが目的か……」
「うへへえ、たかいたかい」
「重くなったな。デブになったんじゃないか?」
「デブちがうもん!」
なにを怯えていたんだろう。
亮雅さんは誰よりも俺を見てくれているのに。
大きな期待はせず、待ってくれている。
自分が恥ずかしくなるほど自然体で。
ようやく固くなっていた心が軽くなり、俺は翌日絹井さんに用紙を提出した。
2日ほど時間がほしいと言われて結果を待つその数日が随分と長く感じた。
そして5月中旬、絹井さんから話があると連絡がきて喫茶店へやってきた。
長くなるかもしれないからと選んでくれたのは、オシャレな雰囲気のところだ。
「おつかれさま」
「……おつかれ、さまです」
挙動不審にあいさつをした俺とは正反対に、絹井さんは笑顔を崩さない。
「まずこれ、一応答案のコピーを刷っておいたから返すよ」
「は、い」
「……緊張してる?」
「!」
「ふふ、そうだよね。ちなみに診療費とか全然いらないから安心して。同僚からお金取っても意味ないしね」
「あ、ありがとう……ございます」
やばい……緊張、しすぎてる。
まさか俺死ぬのか? いや、そんなはずないだろ。
ただ結果を知るだけなのになんでこんな手がふるえて。
あ、そうか……これはフラグが。
「椎名くん?」
「は、はい!」
「カスタードケーキとビスケットのハチミツがけだったらどっちがいい?」
「へ? じゃあ……ビスケットで」
「了解」
絹井さんが言ったと同時にエプロンをつけた女性店員がこちらへ来た。
伝票に記入していくその姿を凝視してしまうほど俺の脳内では結果を知りたくて仕方ない。
「で、本題だけど」
「……」
「椎名くん、結果を知ったら失踪しようとか考えてる?」
「! ななな、なんでですか」
「さっきから落ち着きがないよ。少し深呼吸して、前にも言ったけどこの診断は自分を知るための第一歩だ。決して責めちゃいけない」
「…………それって、やっぱり俺は普通じゃない、ってことですよね」
その一言で、絹井さんは諦めたように目を細めた。
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