アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
❖
-
時間つぶしに街を歩いていれば、あっという間に日が暮れていた。
もちろん電波塔ほどの高さはないが、15階建てのビルに設営されているレストランへ足を運んだ。
エレベーターに乗り込むと、亮雅さんの指示を受けてコートを脱ぐ。
「そんな緊張しなくていいって」
「緊張は……べつに、」
「嘘つけ。手が震えてんぞ」
「…………こんな高貴な場所、俺には場違いっていうか」
「充分だから安心しろ。これも経験だ」
「は、い」
高級フレンチのマナーをそれなりにスマホで検索してきたものの、緊張で半分以上飛んでしまった。
エレベーター内も金の光沢で飾られていて恐ろしい。
今から死ぬんじゃないかと心配になってくる。
俺の心配は露知らず12階でエレベーターが止まり、アナウンスとともにドアが開いた。
「ようこそお待ちしておりました」
「予約の松本です」
「松本様ですね。こちらへどうぞ」
全面ガラス張りの窓から夜景がよく見える。
来店客は皆ドレスアップしていて、それも写真映えしそうなほど似合っている。
自分なんて、ミジンコと変わらないくらい存在感がないのに……
って、ミジンコに失礼か。
「こちらへお掛けください」
タキシードの男性がイスを引いてくれたが、緊張感から何をするべきなのか一瞬迷ってしまった。
亮雅さんに肩を叩かれてハッとしたところで席につき、向かい合わせとなる。
「…………」
「あんまりソワソワするなよ。不審者だと思われるぞ」
「だ、だってこんな場所……」
「言っとくが、俺も初めてだからな? ここまで高級なフレンチレストランは特別なことがない限り来る予定もねえし」
ソムリエと呼ばれる男性に聞こえないように小声で言う亮雅さんは、初めてと思えないほど堂々としている。
あり得ない。
やっぱり軍人か何かだったんじゃないのか、この男は。
「アペリティフはいかがでしょうか」
「お願いします」
「?」
あ、あぺり……?
訓練された上品な対応を見せた男性がスタッフ専用の扉へ消えていく。
ダメだ……何度も復習したのに全然覚えてない。
「食前酒のことな。さっきのは」
「っ、そ……そうなんですね。あは、は」
「……大丈夫か? 本当に」
「怖いです。幽霊屋敷なんかより100倍怖いです」
「経験ないならしゃあねえ。これ、膝にかけるんだよ」
なんだか俺の反応を楽しんでいる気がする。
亮雅さんはそういう人だ。前から知っていたけど。
「綺麗だよな、夜景って。昔はこれ見るたびにもう死んでいいやと思ってたよ」
「自信満々に見えるのに……」
「それはお前がいるからだよ」
「……」
テーブルに頭を打ち付けてしまいそうになった。
ああ、アイドルの熱狂的ファンがよく叫んでいる理由がようやく分かった。
こういう気持ちだったのか……
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
190 / 231