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諦めきれない想い③
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翌日、朝起きると喉が痛くなっていた。
昨日、あんな寝方をしたからだ…と思いながら、重い身体をベッドから起こす。
今日は水曜日で、田中さんと会える日だ。
たった昨日一日会えなかっただけなのに、会いたい気持ちでいっぱいになっている。
「ゴホ」
軽い咳が出始める。
あぁ…まずいな~って思いながら、母さんに念の為、保険証と診察券を受け取る。
「お兄ちゃん、体調悪いなら休めば?」
朝食もやっぱり食欲が無くて、今日はお味噌汁も流し込めなさそうだ。
「今日は勉強会があるから…休みたくないんだ」
呟いた僕に、母さんが驚いた顔をして
「お兄ちゃんは…本当に勉強が好きよね。誰に似たのかしら?」
って首を傾げている。
僕は苦笑いを返しながら、リビングにあるマスクを取り出して着ける。
「今日、体育があったわよね?それは休みなさいよ」
母さんの言葉を背中に聞きながら、丁度鳴ったインターフォンに
「じゃあ、行ってきます」
と家を飛び出した。
安井さんが
「赤地様、大丈夫ですか?お顔色が悪いようですが…」
そう言われて
「はい。大丈夫です。念の為にマスクしているだけですし…」
微笑んで答えると
「無理はなさらないで下さいね」
と心配そうに言われてしまう。
後部座席に乗り込むと、翔が眉間に皺を寄せて
「お前、体調悪いのか?」
って顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。ちょっと咳が出るから、用心してるだけだから…」
翔の顔を手で退かすと、僕は窓の外を見た。
まだ入学して2か月と少し…。
毎日が目まぐるしく変化している。
この気持ちも、月日と共に変化していくのかな…。
そんな事を考えながら、流れて行く車窓を見つめて居た。
学校に到着して、授業を順調に受けているが…咳が酷くなってくる。
バレないようにと、極力咳が出ないように奥歯を噛み締めていると
「お前、やっぱり体調悪いだろう?」
2時限目が終わった時に、翔に腕を掴まれた。
「ちょっと咳が出るだけだよ」
必死に言い訳すると、翔がおもむろに額に手を当てた。
「お前、熱があるじゃね~か!」
翔はそう叫ぶと、僕の手を掴んで歩き出す。
「何処に行くんだよ」
「はぁ?医務室に決まってるだろうが!お前、何を考えてるんだよ!こんな熱で…馬鹿じゃないのか!」
翔に怒鳴られて思わず縮こまる。
そして翔がピタっと止まると
「まさか…お前、今日は田中と会う日だからか?」
と、驚いた顔で僕を見つめた。
僕がその視線にいたたまれなくなって視線を反らすと
「分かったから。取り敢えず、今は大人しく医務室へ行け」
そう言われて医務室へと連行されてしまった。
『PiPiPi』
耳に突っ込まれた体温計が音を鳴らした。
「うわ~、39.2℃だよ。良く平気で歩いてたね」
校医の井澤先生がびっくりして叫んだ。
「はい、肺の音聞くから上着脱いで」
そう言われて、制服の上着を脱ぐ。
シャツの上から聴診器を当てられ
「ダメだこりゃ。気管支炎起こしてるじゃないか…。なんでこんなんで学校来るかな?」
井澤先生の言葉に小さくなる。
「取り敢えず、今から附属の大学病院の呼吸器科で診察受けたら、しばらく安静にしてなさい」
紹介状を書かれて、僕は溜息を吐いた。
「親御さんは来られる?」
紹介状を書きながら言われて
「あ、大丈夫です。少し休んだら一人で行きます」
そう答えると、井澤先生が
「それで?困ったな…。俺もこれから用事があるんだよね…」
時計を見て呟いた井澤先生に
「あ、大丈夫ですよ。もう少ししたら、来ますから」
翔が時計を見て呟いた。
「?」
僕と井澤先生が顔を見合わせた時、医務室のドアが荒々しく開いた。
「すみません!翔さんが熱で倒れたって…」
慌てた様子の田中さんが現れた。
「よう、お疲れさん!」
笑顔で手を挙げる翔に、田中さんが呆れた顔をした。
「翔さん…仮病ですか?何を考えているんですか!」
怒り出した田中さんに
「待てよ、仮病じゃね~よ。だって、本当に熱があるんだから。蒼介が…」
そう言って僕を指した。
田中さんは僕の顔を見て驚いた顔をする。
「あ、大丈夫です!自分で何とかしますから!」
僕が慌てて言うと、田中さんは額を押えて溜息を吐いた。
「俺とは言ってね~し」
翔が口笛吹いて呟くと、田中さんは
「社長に、翔さんが熱だと言ってしまいましたよ…。知りませんからね」
そう呟くと、田中さんが井澤先生に近付き
「それで…、赤地さんの容態は?」
って尋ねてくれた。
それだけで嬉しくて泣きそうになる。
たった一日だけなのに、田中さんのコロンの香りが懐かしく感じるのが不思議だ。
井澤先生は
「う~ん。熱は39.2℃だし、気管支炎起こしてるから、もしかしたら肺炎を引き起こしてるかもしれないですね」
そう答えた。
田中さんは真剣な表情でその話を聞くと、ゆっくりしゃがんで僕の目線に合わせると
「赤地さん、スマホをお借り出来ますか?」
と呟いた。
僕が鞄に忘れたままなのを思い出すと、翔が
「俺が鞄取って来る」
と、医務室を後にした。
翔が鞄を持って来るまで、僕は医務室に寝かされる事になる。
なんだか…つい最近も、同じ光景を見たような…。
落ち込んで寝ていると、翔が鞄を持って戻って来た。田中さんは僕のスマホを持って来て
「お母様の職場へ電話します。番号を出していただけますか?」
そう言われて、僕は縋るよな目をしてしまう。
母さんに迷惑を掛けたくないと思ったけど
「赤地さん、お母様にご心配を掛けたくない気持ちはわかります。ですが、きちんと状況をお伝えしなければダメです。分かりますよね?」
静かだけど、厳しい口調で言われて母さんの職場の番号を出す。
田中さんは頷くと、僕からスマホを受け取って電話を始めた。
「お仕事中、すみません。私、そちらに勤務されております赤地さんの息子さんの知り合いで、田中と申します。はい。赤地さんはご在席でしょうか?」
そう話して、母さんと少し会話をした後、井澤先生と代わって状況説明をしていた。
「はい、大丈夫です。はい、私が責任持ってご自宅へお連れしますので…。」
田中さんは母さんと話した後、電話を切った。
そして怒った顔をして僕の視線までしゃがむと
「蒼介さん。お食事、ここ数日食べていなかったと聞きましたが…本当ですか?」
夢では呼ばれていたけど、実際に『蒼介さん』と初めて呼ばれて、心臓がドキリと高鳴る。
でも、今はそれより田中さんの怒っている視線が痛い。僕が視線を落として頷くと、田中さんは深い溜息をこぼした。
「それじゃ、倒れて当然です。良いですか!細井先生も言ってましたよね!食べるという行為は、生命力と直結しているんです。分かっているんですか?」
怒っている田中さんと目を合わせられなくて、俯いていた顔を田中さんの両手が無理矢理上を向かせて向き合わせる。
怒った顔の田中さんと視線が合い
「ごめんなさい…」
って、思わず涙をこぼす。
すると田中さんは困ったように再び溜息を吐くと
「あなたはどうして…」
と呟き
「良いですか。今から、私に『ごめんなさい』は禁止です!そんなに毎回泣かれたら、意地悪しているみたいじゃないですか…」
と言って僕の頭をポンポンっと優しく撫でた。
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