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三章五話 好きな事
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「春哉の気持ちも分かるよ? 俺が君くらいの歳の時、周りは漫画やアニメ、あとはドラマ、音楽、アイドル等の話でもちきりだったし、娯楽を楽しんでいて休日が潰れたなんて話も聞いた。
けど、君はやる事があるだろう?
ずっと真面目にやる事をやれとは言わないよ、でもメリハリをつけないといけない」
影井は立っていて、春哉は正座をした状態での説教が始まって十分経つ。
放任主義の親にすら、ここまで説教された事はなく、春哉は小学校の時の担任の先生を思い出していた。
(そういえば、あの先生も説教長かったなー。宿題忘れた子だけ集められて二十分くらい怒ってたっけ。
「もうお前達に宿題は出さん!」とか言いだして、皆で謝ったっけ)
「聞いてるのか?」
「き、聞いてるよ。本当だって」
「じゃあこれから春哉がするべき事を答えなさい」
「部屋の片付け?」
「それだけか?」
「ないよ。片してる間、影井さんが夜ご飯作るでしょ?」
「夜ご飯は春哉が作りなさい。そもそも今日は君が作ると言っていただろう」
「分かったよ。じゃあ後片付けは明日やる」
「後回しにしちゃいけない。やるべき事から一つずつやりなさい。俺も手伝うから」
「はぁーい」
春哉は口を尖らせて、渋々立ち上がった。
まずは部屋の掃除だ。お菓子や飲み物のゴミは捨てて、服は洗面所へ持っていく。
二十巻もある漫画だが、影井が自室へと持って行ってしまった。
「影井さん、持って行っちゃうの?」
「読む時は俺がいる時にしなさい。何巻も読み進めようとする時は止めるから」
「……はぁい」
春哉はしょんぼりした顔で頷いた。
基本的に影井に言われた事を否定したり、嫌がるような言葉を言う事はない。
所有物である春哉が、所有者の希望に応えないわけがないのだ。
「春哉はどんな漫画が好きなんだ?」
「分からないけど、昔読んでて続きが気になるやつは好きだよ」
「気になっている漫画の題名は?」
その翌日、影井は漫画を買って帰ってきた。春哉を甘やかしているは詩鶴だけではない。
一番の元凶は影井だとも言える。
「影井さん! いいの?」
渡された本は三十巻を越えており、まだ完結していないものだ。
大きな紙袋に入れられた本が二袋分である。
「一日二冊まで。約束出来るか?」
「うん!」
春哉は子供らしい笑顔で頷いた。好意を受けたら返すべきだ。何も返せない春哉にとっての好意の返しは約束を守る事である。
春哉は夕食を食べ終わった後に、漫画を読む時間を作った。影井はテレビを見ながら春哉の様子を見て微笑んでいた。
春哉が二冊を読み終わると残念そうに本を片付けた。
「あーいい所で終わっちゃったな」
「春哉は読むのが速いんだな。もう一冊だけ読むか?」
「んーん! 約束したでしょ? 決め事決めた影井さんがルール破っちゃダメだよ!
ルールを作ってそれを他人に課すって事は、それ相応の責任を負うって事だからね」
「あ……あぁ……はは、そうだな」
影井は困ったように笑いながら頷いた。春哉にはそれがどういう感情から来るものか分からなかった。
それからは娯楽の時間も確立させたお陰か、春哉の学力は一気に上がった。
「これが理解出来たらおやつタイムね」
「うんっ! 楽勝だよっ」
影井と教育方針を決めた詩鶴も、授業と授業の合間に春哉が喜ぶ事を取り入れる事を決めた。
「最近凄いね。中学一年生終わりそうじゃない?」
詩鶴が春哉の頭をよしよし撫でる。撫でられるのは好きだ。気持ちが良い。
ずっと道具として生きてきた春哉だ。褒められる事に慣れていなかった為、最初はむず痒くもあったが、今では褒めてもらう事は嬉しい事だと感じている。
詩鶴も褒め過ぎないよう気を付けてはいるようで、ここぞという時に大きく褒めてくれるのだ。
「うーん。だけど、本当に中学一年生レベルの学力身についてるのかな?」
「数学、国語、英語、理科、社会は大丈夫だよ。一般的な中学の期末テストと同じような問題、解けてるもんね。
春哉君は社会科が得意みたいね」
「興味あるからかな」
「社会科?」
「経済学」
「へぇ。そうやって大人になっていくんだねぇ」
「うん! 早く大人になりたいなぁ」
将来を思うと、やりたい事がたくさん出てくる。夢と希望に溢れているのだ。
未来に思いを馳せ、春哉はノートにペンを走らせた。
帰ってきた影井が詩鶴から進捗を聞くと、春哉の頭を撫でた。
まるで詩鶴が母親で影井が父親のようである。
「もうそこまで進んだか。偉いぞ。何か褒美でもあげよう」
「えっ。大した事してないよ。それに漫画も買ってもらっちゃったし」
「それはそれだ。欲しい物はあるか?」
「……あの、サッカーボールが欲しい」
「サッカー?」
「うん。僕、売られる前までずっとサッカーやってたんだよ。いつかはサッカー選手になって、世界で一番強くなるって思ってた」
子供の頃の淡い夢だ。
今は、売られずにサッカーを続けていたとして、世界で一番という夢か現実的ではないものだと分かっているが、子供の頃は本気だった。
「分かった、明日買いに行こうな」
春哉はうん! と大きく頷いた。甘える事は絶対してはならなかった過去だったが、今なら影井には甘えられる。
心の傷は残ったままだが、確かに今幸せであると感じ、それを認めたのだった。
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