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6.気付いてお終い
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「春は歌はそこそこ上手いんだがー。これといって秀でたものも、華もないんだよなー」
偶然、室内喫煙所の前を通ったレッスン帰りの春は、重役達の会話から自分の名前が聞こえてしまい、思わず立ち聞きするように足を止めてしまった。
「せめて、同期の綾人となら仲もいいみたいだし、ユニット組ませてやれば売れるかもって思うんですがねー」
「綾人を春と組ませるなんて、そんな博打みたいなこと出来るはずがないだろ。だいたい、いつまで綾人の我儘に社長も付き合うつもりなのか…。まあ、綾人の奴、役者になりたいって近々辞めるつもりらしいが…」
(綾人が役者になりたい…?辞めるつもり…?)
綾人本人からはもちろん、そんな話は噂でも聞いたことがなく、春はこのまま立ち聞きしていてはいけないと頭で分かっていながらも、足が動かなくなってしまう。
「そうなんですねー。それじゃあ、春はこのままバックダンサー要員ですかねー。はぁー…。プライド高そうな顔しているわりには、辞めないんですよねー。僕だったら耐えられないけどなー」
「言えてるなー」
重役達の笑い声が喫煙所から漏れ出し廊下に響き渡るが、春は笑われる悔しさよりも、綾人の話にショックを受け、思わず手が震えた。
最初は何人もいた同期が、年度が変わるごとに自主退所していき、今では春と綾人だけになり、研修所で最年長となっていた。
後輩は慕っているように見せて『出来損ないの先輩』と陰口を叩いていることも、才能だけでもやっていけないこの世界に、才能も秀でたものもない自分がデビュー出来るはずもないことも、春自身が一番分かっていた。
だが、誰に何を言われても、ここまで必死に続けてきた本当の理由に気付いた春は、口元に手の甲を当てた。
(オレは、綾人のそばにいたい一心で、ここまで来てたんだ…。嘘だろ…。こんなことで気付くなんて…)
自覚した瞬間、この気持ちは綾人の将来の邪魔になると春は気付き、涙が溢れそうになる。
(バカだな…。オレなんて、綾人には必要ないのに…)
春はこの場から逃げ出すように、駆け出そうと振り向くと、すぐ目の前に人が立っていた。
「綾人…。えっ、いつから…」
綾人の顔を見た瞬間、春は我慢していた涙が思わず溢れてしまった。
「あっ…。オレ…」
春は慌てて涙を拭おうと、目元に腕を持っていこうとするが、その腕は綾人に掴まれて止められてしまった。
「えっ…?」
腕を何故掴まれたのか分からず、春は涙を流した顔のまま、驚いた顔で綾人の顔を見つめると、綾人の手が顔に伸びてきて、指先でそっと涙を拭われた。
(綾人…)
優しく目元に触れてきた指先の感触に、春の胸は温かいものが次第に広がっていくような感覚を覚えた。
その感覚に身体を預けてしまいたくなり、春は無意識に目を深く瞑った。
すると、綾人は掴んでいた春の腕を引っ張って、足早に歩き出した。
「ちょ、ちょっと待てって!!」
春の制止する声を無視するように、綾人は喫煙所の扉を開けた。
「俺、春と二人だけで組めるなら、アイドルとしてデビューします」
(えっ…?)
綾人に強く掴まれた腕は、まるで、逃がさないと言ってくれているようで、春にとって本当は嬉しいものに感じるはずだった。
だが、その時の春には、罪悪感で作られた重たい手枷が嵌められたように感じられた。
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