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ラムネ雪12
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「この度は、第●回新人演奏会にご来場いただきまして誠にありがとうございます」
綺麗な発音の女性のアナウンスが入る。
ステージには、フルオープンのグランドピアノと背もたれのある椅子が置いてある。
もちろんスポットライトが当たっていて、艶やかなグランドピアノは光を反射していた。学校でしか見たことのない大きさだが、ステージの上に置いてあるとやけに小さく見えるような錯覚に陥る。
アナウンサーは、雪が座っている席の目の前くらいの壇上に立っている。スポットライトが当たり表情がはっきりと見える。
緊張感をうまく飼い慣らして、マイクを持っている。
この新人演奏会の説明が始まるが、大体はパンフレットに書かれている説明を読んでいるのに過ぎない。
既に、パンフレットは隅から隅まで読んでしまっている。
雪の手元にあるヨレヨレのフライヤーに書いてある内容と同様、少しだけ肉付けされた内容を話しているが、大きな代わり映えはない。
会の紹介が終わった後、女性がはけて一拍置いてから、ドレスを着た若い女性が1人出てくる。彼女がピアノへ近づくまでに、名前と大学だけの簡単な説明がされる。
ピアノの近くまでに拍手があり、カツカツと靴の音とステージを蹴り上げる音が、かき消される。
演奏者がピアノの前で一礼すると拍手が止まる。
椅子の座り心地を調整して、座り直した後、鍵盤に指を置く前に一呼吸を置いてから力強く鍵盤を弾き始める。
ピアノの演奏会を聞いたことのない雪には演奏の良し悪しは正直よく分からない。
心地よい音と、薄暗い照明と、ちょうど良い温度に目蓋がだんだん重くなる。
先ほどまで、やけに緊張して頭を使ったせいか、妙に眠気が襲う。
目蓋が自然に閉じて、演奏が遠くで聞こえる。
演奏がやがて拍手に変わった時、目覚めた雪は何もなかったかのように拍手を合わせる。
せっかく、一所懸命演奏をしているのに、寝てどうすると雪は自分を律した。
次の演奏者は、スーツを着た男性だった。
背は小さい。雪がいうのもアレだが、あまり垢抜けない男だった。
先ほどの女性と同様演奏を始めた。
雪は、やはり眠くなった。日頃の疲れだろうか。
よく分からない強烈に眠気が襲う。
目を覚ましたのは、やはり観客が拍手をしている時だった。
雪が、それを何度か繰り返していると、いつの間にか会場内が明るくなり、前半の出場者の演奏が全て終わって、15分間の休憩になっていた。
日々の疲労が蓄積され、それが今出ているのかとも思った雪は逆に目を閉じてみる。15分の間で急速に寝てしまおうと思った。
だが、反発する磁石でもついているのかと思うほど、目蓋は軽快で、ちっとも眠くならない。1分ほど目を閉じても、なんだか長く感じるほど頭は冴えている。
前半で休息を取ってしまったからだろうか。
確かに、本命は後半に演奏するが、だからといって前半の出演者たちを蔑ろにしていいわけじゃない。
新人演奏家といっても、将来の音楽界を担うような巨匠なる前衛的な人たちが集められた演奏会だ。子守唄と勘違いしているのか。そんな心持ちではいけない。
雪にも重なる部分が多い。
住職の説教は聞くが、小僧の説法は居眠りをするのと同じだ。雪は、自分を戒める。後半の出演者たちはしっかり聞こうと心決めて、15分の休憩を終える。満を辞して次の演奏を聞こうと目を凝らす。
そういえば、最初に演奏していた人と椅子が変わっていることに気づく。
ピアノの前に置いてあった椅子は、背もたれのある椅子だったが、今の演奏者の椅子は背もたれのない椅子になっている。いつの間に変更されたのか。
なんだか今日は、心が浮ついていけない。
緊張しているのかと思えば、それが急速に解けて意識を手放すし。
演奏者は1人1人違うが、ピアノという楽器を使って様々な曲を演奏する。確かに、雪には馴染みのない曲が多すぎて曲名を聞いてもちっともピンとこない。聞き馴染んだメロディをかすめることもない。
イ長調とイ短調の違いも分からないし、説明されたもころで理解することもできないだろう。日本語なのに日本語じゃないみたいな長い題名も頭に残らない。
だが、理解できないからといって全てを否定してしまうことはしたくない。
確かに、そういう場面はたくさん経験したきた。
雪の場合、例えば経の意味を勉強する時や、説法を説かれる時など…
説教を受ける時などもそうだが、雪はちっとも眠くならない。むしろ頭が冴えていて授業の成績はいつも良い方だった。
知らない曲の演奏を聞くというのはそういうことに類似しているはず。それなのに、ピアノの演奏を聞いているとひどい眠気に襲われる。きっと、普通の人が授業を聞いたり、説教を受けたりするときはこんな心境なのだろうとも思った。
だから布教するのに、人はああだこうだと試行錯誤を繰り返すのだ。
ゆったりした曲でもなかったのに、演奏が終わる。
普段ならこんなことはないのに、今日は何かある日なのだろうかと勘ぐってしまうほど、自分の集中力が飽和している。
次こそはと、演奏者が出てくる。
今度は艶やかなドレスを着た女性が出てきた。ライトにキラキラとラメが反射していてとても綺麗だった。
女性の柔らかそうな肩と背中を露出し、肩につくくらいの短めの髪型が彼女に似合っていた。
定型化している場所で、お辞儀をして、グランドピアノに座る。
椅子の高さを調整してから、また座って高さを確認する。
椅子に座って少しステージの上を見上げて呼吸を整える。それから、一呼吸をしてふわりと鍵盤に指を置くと、滑らかに演奏を始めた。
耳にすっと入ってくるような音が会場内に流れる。
決して小さい音ではないはずなのに、はっきりと音が聞こえる。それが不思議だった。指が鍵盤を弾くのと同時に音が軽快に途切れる。
ピアノから会場へ音が響いているという感覚がよくわかる。
先ほどまでの出演者とは明らかに違う。ピアノの距離は変わっていないのに、なんだか近くで音が鳴っているような気になって、雪は目を凝らしてしまう。
先ほどの出演者との違いがなんなのか分からずに、演奏を聞いているとあっという間に演奏は終わってしまう。
女性は立ち上がって、微笑みを浮かべるとお辞儀をしてからそでにはけて行く。
雪も先ほどよりも大きめの拍手を送ってしまう。
一体、何が違うのかさっぱり分からなかったが、彼女の演奏は先ほどのまでの演奏と何かが違っていた。
それが比べられないのも、浅知恵故に分からないのもなんだか歯痒かった。しかも、うまく口にできる自信もなく、なんていったらいいのか分からない。名前だけは覚えておこうとパンフレットの名前を確認する。
すると、雪は次の演奏が最後の演奏だということに気づく。
彼女の名前が書いてあるのは最後から2番目。
そして、今から演奏が始めるのは最後の演奏者だ。
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