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頂きに立つもの2
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胸中でそう呟いたそのとき、クラリオは不意に見知った気配が部屋に近づいてくるのを感じた。ピクリと指を震わせた王が、歯を食いしばって身を起こす。なんとか上体を起こした彼はのろのろと体勢を整え、積み重なったクッションに背を投げだすようにして座った。口元にこびりついた吐しゃ物を袖口で拭ってから、焦点の合わない目を、それでも扉の方へと向ける。
今のクラリオは国内全土の情報を処理するのに手一杯で、目で見える視覚的な情報はほとんど認識していなかったが、王の顔がそこに向いているということが重要なのだ。
クラリオが最低限の体裁を整え終えるのと同時に、それを待っていたかのように部屋の扉が押し開けられる。ノックはなかった。
そうして入ってきたその人物に、クラリオは一度だけ静かに目を伏せたあと、ゆるりと微笑みを浮かべた。
「……どしたの、アメリアちゃん」
普段と変わらない、最愛である妻の一人に向ける音で、王が言う。その声を渡された王妃アメリアは、僅か一瞬だけ息を詰まらせたあと、真っ直ぐにクラリオを見つめた。
「……ああ。怖くて、俺の傍に来たく、なっちゃった? はは、参ったなぁ。情けないとこ、見られちゃったや」
「…………クラリオ様」
アメリアが、喉に引っ掛かっている何を吐き出そうとするように王の名を呼ぶ。だがクラリオは、それが耳に届いていない風に言葉を続けた。
「こんな姿じゃ、安心できないかな? でも、大丈夫だよ。全部、俺が守るから」
「……クラリオ様」
「俺が強いの、知ってるでしょ? そりゃ、今はちょっと無理、してるけどさ。でも、絶対、守ってみせるから。国も、民も、アメリアちゃんのことも。だから、心配することなんて、何もないんだよ」
包み込むような優しい声が、アメリアの耳を撫でる。王妃の不安を溶かすようにと、思いが込められた言葉たちだ。けれどアメリアは、僅かも揺らがない瞳で王を見つめた。そしてその唇が、一際強く王の名を紡ぐ。
「クラリオ様」
その声に、クラリオの表情が一瞬、ほんの僅か、歪んだように見えた。
「もう、判っているのでしょう?」
そう言ったアメリアの細い指先が、すっと王を指す。すると彼女の足元に陣が浮かび上がり、その中から半透明の結晶のような肌をした魔物が姿を現した。
二足歩行型のその魔物は、クラリオよりも少しだけ背が高いくらいの、比較的小型な魔物だった。だが、肥大化した拳は人間の頭よりも大きく、見るからに硬質そうな皮膚は、恐らく生半可な武器では傷一つつけられないだろうことを窺わせた。
魔物を従えた王妃が、王の元へと歩を進める。だが、王は動かない。とうとう目の前に来た王妃が魔物と共に自分を見下ろしても、王は黙して王妃を見るだけで、指先のひとつすら動かす様子がなかった。
まるで、彼女の隣に控える魔物など目に入っていないかのようだ。クラリオはただ、いつもと変わらない優しい顔をして、アメリアを見ている。今にも、陽が昇ったら一緒に散歩にでも行こうか、と言い出しそうな、そんな表情だ。
アメリアが、小さく拳を握った。
「グリシュタ、この男を殺しなさい」
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