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人生
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次の日、俺は屋上の階段を登っていた。
特に意味はない、優等生に疲れただけ。恋は今日、学校を休んでる。俺のせい、高ぶりすぎて、むちゃくちゃにしちゃった。腰が痛くて立てないって、怒ってる恋も可愛かった。タオルで顔を隠して、ガラガラの声で。なんだろう、俺はもしかしたら変かもしれない。愛しさで気が狂いそうになる。
これが恋だと思った瞬間からずっと。
もうすぐ、冬が終わるよ、もう陽も暖かくなってさ。目の前は春で、この春は桜を見に行こうね。夏には花火をしてさ、秋は多分、俺は受験をするし、無事合格できたら来年の冬は俺のために歌ってよ。そして、また春が来たら、新しい街で生きていこう?
だから、この街にいる間思い出を、思い出をたくさん作って、幸せを教えて。それができるのは恋だけだから。
ぎい、と重い扉を開くと、ふんわりタバコの香りがした。人影はないのに、タバコの香り。その香りの元へ向かうと、そこには栗色の髪をした細い人が一人、硬いコンクリートの上に座ってスマホを弄っている。
それが宮内だと気づくまでに時間はかかなかった。宮内もふ、と顔を上げたが、俺を見た途端ぱちくり。一度瞬きをした。
「珍しいね。授業なんてサボっていいの?王子様」
「よくないけど、たまにはね。」
「そう。…ほどほどにしなよ、西浦が今日学校に来てないのアンタのせいでしょ」
「だって恋が可愛くて。」
「…理解できないし、そんな話べつに聞きたくないよ。」
宮内は、恋の親友。俺の親友ではないけれど、俺たちの関係を知っていながら気持ち悪がったりはしない。…どちらかというと、俺は宮内より宮内の弟の優司くんと仲がいい。一緒にGactの練習中、放送室でトランプをして練習が終わるのを待っているから、話す機会が多いだけだけど。
だから優司くんの気持ちを知っている。「兄ちゃんがすき!」って、あまりにも真っ直ぐな目で言うもんだから、初めはそれが恋愛対象ということに気づかなかった。ましてや、兄弟。人の感情にするどい宮内のことだ。弟の気持ちだってわかっているはずだ。だから、かな、俺たちが付き合っていることを知っても、理解できないなんて言っておいて拒絶はしない。単純に恋の心配をしてるだけ。
俺は別に宮内と仲良しなわけではないけれど、宮内のことは好きだ。人として、すごく。
「でも、変な感じだな。こうやって宮内と話すこと、あんまりないよね」
「そりゃあね。あー、…ごめんね俺、西浦みたいに喋り上手くなくて」
「? 話しやすいけど。」
「…?…や、平気ならいいんだけど」
沈黙。もくもく、白い煙。宮内は突然ハッとしたように、まだ長いタバコをコンクリートに押し付けて火種を消した。気を、使ってくれてるのかな。恋から聞いた宮内という人間は、非常にヘビースモーカーだそうで。この歳でお煙草なんて、しかもヘビーだなんて。…恋にも出来ればやめてほしいし、覚えて欲しくなかったけど。
タバコはあんまり好きじゃない、煙たいし臭いが嫌。だから恋がタバコを吸い出したときは一瞬で分かったよ。そういえば、宮内のタバコの匂い、どっかで嗅いだことある匂いだと思った。…恋と気持ちが通じ合ったあの夜に、恋の服から香った匂いだ。
「いいよ、気にしなくて。」
それ、と言いながら、宮内の左隣に置かれているタバコを指差すと、宮内は表情の変わらない顔で「アンタにまでマネされたら困るよ」と言った。
恋は影響されやすい。けど、俺は恋とは違う。
恋と違う人間だから、恋と同じ人間になりたい。くるしい、見透かされたようで苦しい。
「宮内も、東京だよね。来年は」
話を逸らそうと振った話題を間違えた。さっきと同じ、パチクリ顔、そして沈黙、少しして薄い唇が開く。
「え、王子様もくんの?」
…引いてる?もしかして。
力の無い目が俺を凝視してくる。俺は宮内のその言葉より、彼の左目の下にあるほくろを押してみたくて堪らなくなっていた。
恋、の、口元のホクロをぽち、と押すと、恋は笑ってくれるけど、きっとこの常識人宮内は冷静にツッコミを入れてくるに違いない。…とか、だから、そうじゃなくて宮内の言葉に返事を用意しないと。ごくり。一度唾を飲み込んだ。
「恋が行くなら俺も行かないとおかしいだろ?」
ぐいーっと腕を空に伸ばして伸びをしながら答えると、少しの間を置いて、宮内はライターをカチカチと鳴らしながら「…ふぅん。そうなの?西浦も大変だね」と言う。その言葉の意味がイマイチよくわからない。大変なのは恋だけじゃないでしょ?貴方たちみんな、バンドでご飯たべようとしたらほんとに大変だと思うけど。
疑問は答えがでるまで追求しなさい、と、そう言う環境で育ったために、宮内の言葉はとても引っかかる。
「?どうして?」
答えの催促。
「俺、弟に言ってないよ。東京行くってこと」
「!?どうして!?」
優司くんが君のこと、好きだって知ってるでしょ!?
頭のキれる君が、知らないわけないだろ?それなのに、身内なのに、兄弟なのに…愛されて、いるのに、そんな大事なことを伝えていないなんて。
返事の催促をしたはずが、返ってきた答えに驚いて思わず大きな声がでた。けれど宮内は特別声のトーンを変えず、落ち着いた様子で返事をしてくる。
「だって絶対いうもん、『一緒に行く』って。」
「それの何がだめなの?」
「……じゃあ、それの何がイイコトなの?俺について回るだけがあいつの人生じゃ、あまりにも味気ないね」
ずくん。
ずくん。
ずくん。
心臓が痛いほどにハネる。
「俺が弟の人生の見本になっていいはずがないんだ。人生に見本なんてないんだから、いつまでも俺の背中ばかり正しいと思って貰っちゃ困る。…これもね、愛だよ。俺は弟のことが、大事だから。」
どうして。俺の姿と優司くんの姿が被る。俺の全ては恋で、俺が行く世界にはいつも恋の背中があって。そう、だ、それはもう道標のようなもので、恋の背中はいつも正しい。
なにを基準に、正しい…?
俺、恋が好きだ。
恋についていくことは、当然だと思っていた。
あ、でも、あ。
……あ。
気づいてしまった。
俺は特にやりたいこともなくて、趣味も特技もなくて、このまま恋とふたり幸せに暮らせたら、それでいいと思っていたけれど。恋は、そうじゃないね。
道が、別れる。目の前に突然、二つの道。片方は恋がいる、恋の背中が見える、でも恋は一度も、「おいで」とは言わなかった。
もう片方の道を選ぶことを、俺はしてこなかった。そもそもそんな、もう片方なんて考えもしなかった。
俺は、もしかして。
もしか、して。
コイは、盲目だ。
その字の通り、俺はレンに盲目になる。いつだってこの目に映るのは、お前の振り返った笑顔だけ。
その笑顔の裏で
泣いていたこと
怒っていたこと
苦しんでいたこと
心配してくれていたこと
どうして、俺は気づかなかったんだろう。気付こうともしなかったんだろう。
春、夏、秋、冬、無事に季節がめぐっても、ちいさな蟠りは消えることなく恋の胸に根強く。
春、夏、秋、冬、無事に季節がめぐったら、夢見ていた俺はそれだけで満足してしまう。
この差がいつも、恋の心を蝕んでいた。
恋愛をするには、大事なものが欠けていた。俺にとって、お前にとって、これがなければ恋愛ではなく依存でしかないと、負担でしかないと、どうして気づくことができようか。
いつもお前が我慢してくれたら、分からないだろ。
…俺には。お前のそばで生きていくための口実がない。
愛ばかりが膨れて、見逃した。
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