アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
◆5
-
◆5
エレベーターでシーラに会って別れてから、シャーロットの機嫌が悪い。なんでだよ。女が自分に注目しなかったから? それとも、おれだけが楽しい思いをしたから? こいつはおれのこと困らせたいんだもんな。わかるよ。子供の頃にいた、近所のいじめっこと同じだ。
不機嫌のまま送り出したら、現場で何するかわからないのでおれは奴の心情を探る。でも、ちっともわからない。もしかしてシーラみたいなのが好み? それで機嫌が悪いのか? べつにあいつは、誰とでも寝るってほどじゃないが、それなりに賢くてあと腐れない相手ならわりと寛容だぜ。
「じゃあ俺にもキスして」
なんでそうなる。………………なんでそうなる。困ったな。ちゃちゃっとしてしまえばいいんだろうけど、今後繰り返されても嫌だし。だいたい、したくない。どう逃げようか考えていると、インカムで催促入っておれは焦る。時間に遅れるとか仕事のミスとか、本当に大嫌いだ。こちとら日本人なんだよ。几帳面と精密さが売りなのにダラけてどうする。
どうしよう。
してしまおうか?
奴の顔をいつも通り見上げて、気付いた。あ、しようと思っても出来なくね? やっぱり嫌だ。しない方向で。だってキスするからかがんでとか言う? 絶対にごめんこうむる。またドワーフちゃんとか笑われる。死んでもやだ。べつに軽いキスぐらい構わない。これは仕事だから。こいつにまつわることは全般、仕事だからおれは打算的で独善的だ。向こうから近づいてきてくれたら、さっさとやるのに。おい、なんで直立不動なんだよ。察しろ。脚立とか持ってこようか?
「なあ、頼むよ。仕事してくれ」
駄目元で言ってみたら、わかったと渋々の返事があった。あ、マジで? ラッキー。よかったよかった。
経年劣化で配線が歪んでますねえ。ええ、ええ。渡された資料に書いてあった台詞を、カジノの従業員に伝える。端子とか分電盤とか、本当は知らねえよ。こっちは元保育士だぞ。地下三階に案内されて、巨大な装置をいじくる。ここでは人身売買もやってるとの噂。シャーロットには知らされていないけど、別部隊も今夜同時潜入している。なんでもありだな。まったく。
言われた通りの仕事を言われた通りこなしてたら、リーダーのイライラした声が脳に直接響いた。シャーロットがなんかやらかしてるらしい。なんだかなあ。漏電させたら、産業用のバカデカい装置は、一回飛び上がって轟音と共に床へ落ちた。真っ暗になったので、一応見張りでついてた男を殺して服を奪って地下からあがる。シャーロットは地上フロアではなく地下一階にいた。美人に取り囲まれて楽しそうにくっついていた。なんでもないのかよ。腹立つなあ。ムカついたんで酒を運んでみたが向こうは気付くどころか女とキスしまくってて、ちっともこちらを見ようともしなかった。
……………誰とでもすんじゃん。
いや、そりゃ、そうだろ。シャーロットだって仕事でここにいるんだし。おれは何をイラついてるんだ?
停電したおかげで、売られる寸前だった人達が閉じ込められていた部屋の電子ロックが外れ、解放出来たと通達があり、おれはやらかしたことを上に報告して最後の仕上げにかかる。メンテナンスを怠ったせいで、古い機械が壊れて火災になる筋書きを忠実になぞる。さっさと脱出して、廃ビルでまたもとの作業着に着替えながらシャーロットを待つ。
しばらくすると、向こうの建物と建物の隙間にシャーロットが現れた。あんな暗がりでもよく目立つ。お祭り騒ぎの人混みに紛れて、おれはそちらへ向かう。あいつは知ってるんだろうか。あいつの見ていないところでも、おれが人をたくさん殺していること。
「シャーロット」
さも心配そうに駆け寄る。色恋管理で簡単にこいつを制御出来るなら、利用してやる。そんな一筋縄じゃいかないんだろ。せっかく俺から触れてやったのに、シャーロットは嫌がって俺の手を振り払う。こいつ、どんだけ酒を飲んだんだ? 薬には耐性があるから続けて構わないと、長官は本人には聞こえない回線で一部の人にのみ伝えた。耐性って、どういうことだ?
「人生で一番ときめいたキスって何?」
「はあ?」
なんだ、こいつは。本当になんなんだ。もしかして今回飲まされたものは耐性があるのとまた別物なのでは? 本気で心配しかける。死んでもいいとは聞いていたが、今じゃないだろ。
今日の自慢話ですか。美女ばかりでしたもんね。こいつの意識が飛ぶのを恐れて、おれはお喋りに付き合う。ときめくってなんだっけ。性的興奮とは違った気がする。男として生まれたからには常につきまとう、どうしようもないアホな衝動を、とりあえず発散できりゃいいで発散してたからなかなか思い出せない。なんだっけ、それは。友人の結婚式は感動した。泣きはしなかったけど、同じくらい心のなかが一つの感情でいっぱいになった。あの二人も結局、アレで死んだけれど。
愛しいとか、優しさとか、安心とか穏やかとか。
そんなものは、国と共に滅びた。だから聞かれても答えられない。なんですか、それは。忘れられない大切な思い出なんて、ないほうがいいに決まってる。
シャーロットがキスしてきたから、おれはまるで自分が女になったような気がした。そんな顔すんなよ。向こうで花火があがって、音楽も流れて、なんだか出来すぎてて恥ずかしい。ああ、そうか。変な話してきたのはラリッてるだけかと思ってたけど、そういうことか。まさかシーラに嫉妬した? 馬鹿かよ、こいつは。おれのこと虐めたくて、気味悪いことしてきてんじゃねえのか。
したいと、してあげたいの差は、どこにあるんだろう。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
14 / 58