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人形は楽しんだ。――自分だけの神様と暮らす日々を
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「おはよー海里!」
翌日。
俺は窓から照りつけて来る朝日が眩しくて、目を覚ました。
台所にいる零次が声をかけてくる。
「おはよう、零次」
心の中で深呼吸をしてから、俺は挨拶を返した。
昨日よりは自然に返せた気がする。
「おう。海里、今日ホームセンターとかいって家具揃えてからお前の鞄買いに行きたいなーと思うんだけど、それ以外に行きたいとこある?」
朝ご飯をテーブルに置きながら零次は言う。
「ないけど……俺、退学にさせられそうだし、鞄はいい」
身体を起こしながら言う。
「それは俺がなんとかするから、鞄買い行こうぜ」
零次がベッドの上にいる俺のそばに来て、屈託のない笑顔で言う。
「え、お前、本当に学費払うの?」
「おう。払ってやるよ。わかったら行こうぜ?」
俺の火傷してない方の肩に腕をのっけて、零次は笑う。
「うん!」
零次の言葉に感激して、思わず笑みが溢れる。
俺が元気よく頷くと、零次は歯を出して、嬉しそうに笑った。
電車で一時間ほどで、ホームセンターに着いた。
ホームセンターの入り口の前には、ガーデニング用品やお花が置いてあった。
母さんが好きそうだな。
慌てて首を横に振る。
母さんのことは考えたくない。
「海里、どうした? 早く中入ろうぜ?」
そう言って、零次が俺の左腕を掴む。
「うっ、うん」
俺は零次に手を引かれて、ホームセンターの中に入った。
店内に入ると、零次はぱっと手を離した。
店内には工具やDIY用の壁に貼るシールや家具など、実に様々なものが販売していた。
「凄い色々あるな。零次のカメラもここで買ったのか?」
店内を見回しながら、俺は言う。
「ちげぇわ。アレは親父の忘れもんだよ。俺の家に親父が忘れてったんだよ! それであの日の放課後返しに行こうと思ってたら昼休みにお前に出くわして、自殺したら嫌だと思ったからぬいぐるみにつけたんだよ。それで、親父になくしたからカメラに映っているのを手掛かりにしてどこにあるか調べたいって嘘ついて、映像見る機械貸して貰ったんだよ!」
「ふーん?」
確かにそれなら、つじつまは合うな。
「なんで零次の親監視カメラ持ってたんだ?」
「多分母親の浮気を疑ってたから、その証拠を集めるのに使うつもりだったんだと思う。ま、それ使う前に母親死んじまったけど」
作り笑いをして、零次は言う。
「……そっか」
俺はつい顔を伏せた。
「……海里さ、掛け布団は買うの決定として、敷布団とソファはどっちがいい? 両方置いたらだいぶ狭くなるし、金もかかるからどっちかに絞りたいんだけど」
気まずいのが嫌だったのか、零次は急に話題を変えた。
「あ、ソファだったら俺がソファで寝るから、そこらへんは気にしないでどっちがいいか考えていいぞ」
俺が答えを言う前に、零次は笑ってそう言った。
「え、なんで」
「だってお前、夜は毎日うなされてんじゃん。それなのにソファなんかで寝かせられっかよ」
俺の顔を見ながら零次は言う。
それを言われると、返す言葉もない。
「でも、毎日ソファだと零次が大変だろ?」
「俺は平気だよ。海里よりはよっぽど寝つきいいから。それで? どっちがいいんだ?」
「んと、ソファ」
「へぇ? なんで?」
零次は俺の発言を聞いて、にやにやと笑う。意地の悪い笑みだ。
「……零次とソファでテレビ見たりしたいから」
風が吹いたらすぐに消えてしまいそうなほど小さな声で、俺は言った。
零次は目を丸くして驚いた後、俺の火傷してない方の肩に腕をのっけて、とても嬉しそうに笑った。
「やめろ」
零次の手を振りほどいて、顔を顰める。
「えーいいじゃん!」
「うざい」
「ククク。やっぱり海里はツンデレだな」
零次が歯を出して、楽しそうに笑う。
「ツンデレじゃない。早くソファ見に行こ」
「はいはい」
眉間に皺を寄せて家具売り場に向かう俺の後を、零次が笑いながらついてくる。
親しい人が後ろにいるのって、こんなにも心地いんだな。変だな。虐待されるようになってから、誰かが後ろにいて心地いいなんて思ったこと一度も無かったのに。
出会いはあまりに不可解で、意図がありまくりだとしか思えない。
監視カメラをつけたことや死を怖がってることいい、可笑しな点は数え切れないほどある。それでも俺はそんな奴といるのを心地いいと、楽しいと心の底から思った。
家具コーナーには、白やベージュなどの横道な色のから緑や紺など、実に様々な色のソファがあった。
「海里は何色のソファがいい?」
ソファが置かれたところを一通り見回した後、零次は俺を見て首を傾げた。
「紫」
俺はそっけなく答えた。
「へえ? 紫好きなのか?」
「好きなの零次だろ。テーブルも、カーテンも整理タンスも全部紫じゃん」
呆れながら、俺は呟く。
「あーうん」
紫色のソファを触りながら、零次は呟く。
「零次?」
どうして。
零次の瞳から、涙が溢れていた。
この前紫色が好きなのか聞いた時は、泣いてなかったのに。
「……本当は紫好きなの俺じゃなくて母さんなんだよ。母さん紫すげえ好きで、家具だけじゃなくて、部屋の香りや身につける香水も紫の植物のラベンダーにするくらい本当に好きでさ。それで、紫色のついつい買っちゃうんだよな。紫色の買ったら、家に母さんがいるような気がするから。ごめんな、あん時本当のこと言わなくて。あん時はほら海里も自殺やめたばっかだったから、暗い話はしない方がいいと思ってさ」
「いや、それは気にしなくていい。俺も零次の立ち場だったらそうしてたと思うし」
「ありがと」
涙を拭いながら零次は言う。
「うん。その……お母さんは幸せだな、零次にそんなに思ってもらえて」
「そうだといいんだけど」
「そうだよ……多分」
顔を伏せて言う。
絶対とは言えなかった。俺は零次みたいに誰かを大切に思えたことも、零次以外の奴に大切にされたこともなかったから。
「ハッ。海里まで落ち込んでどうすんだよ」
零次が笑って言う。
「だって……」
「ありがと。でも、俺は大丈夫だから。もう吹っ切れてるし」
「吹っ切れてたら家具買わないだろ」
「ハハ。確かにそれはそうなのかも。でも少なくとも、しょうがないとは思えてるから」
「そうなのか?」
「ああ。俺の父さん仕事人間で顔合わせるたびに俺と母さんに仕事の話ばっかしてたからさ。そのせいで団らんの時間なんて本当に一切なかったし、息苦しかったんだと思う」
作り笑いをして、零次は言う。
「でもそれだけで、子供をおいて自殺するか?」
毎日愚痴言われるのは確かに嫌だし大変だと思うが、いくら何でも子供をおいて自殺するほどだろうか?
「すんじゃねぇの? 子供に虐待するくらいひでぇ親もいれば、子供おいて自殺するくらいひでぇ親もいるだろ」
自殺したのには他にも深いわけがありそうな気がしなくもなかったが、俺は零次のその言葉を聞いて深く詮索するのはよそうと思い、ただ頷いた。
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