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人形はただの我儘な子供と一緒に生きることにした。
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「それがわかってたなら、どうして言わなかった!」
本当に何で、どうして、自らその可能性を潰すようなことをしたんだよ。
「俺の行動が親父に把握されてたからだよ。スマフォのクラッキングだけじゃない、俺は盗聴されてた。俺がそれを知ったのは、海里を虐待から救った日。海里と分かれて家に帰ったら、家の中に親父がいて、俺が海里を庇った時の音声を聞かされた。俺はそれを聞くまで、スマフォがクラッキングされてるだけだと思ってた。でも違ってた、あいつは俺の行動を把握してた。そんな状況で話せるわけないだろ」
「盗聴器を壊そうとはしなかったのか?」
「だって壊したら、これからよくないことをしますって言ってるようなもんだろ」
俺はその言葉を、否定することもできなかった。
零次は俺の涙を、天使のように優しい手つきで拭った。
「……お前のいう通りだよ。俺はずっと人形だった。俺が人形じゃなくなれたのは、自分の意思で動けたのは、セフレと一緒に遊んでた時と、海里や奈緒ちゃん達と一緒にいた時だけ。それ以外の時は、親父の言いなりも当然だった。俺はお前が羨ましかったずっと」
そう自嘲して、零次は悲しそうに目尻を下げた。
「え、俺が羨ましかった? 俺はあんなに酷い虐待を受けてたのに?」
「……でも海里は俺のおかげで自由を手に入れた後は、父親に監視されてただけだっただろ。俺はクラッキングと盗聴、自由になった後も、二つの嫌がらせをされてた。海里は違う、監視だけだった。俺はそれが、すごく羨ましかった」
「羨ましがるなら、俺じゃなくて、美和と奈緒を羨ましがれよ! アイツらは虐待を受けたこともないんだから!」
「……俺はアイツらにはなれない。あのクソ親が俺に急に虐待をしなくなったら、それはもう明日世界が終わるんじゃないかってくらいの奇跡だから」
自分が自由になったら、それは世界が終わるくらいの奇跡だって?
どんだけ自分を卑下してんだよ。
「なんでそんなに悲観的なんだよ! 盗聴器があったなら、紙でやりとりすればよかっただろ」
「あの家に監視カメラがある可能性もあったから」
「だからなんだよ! お前のは全部憶測なんだよ! 何もかもやる前に諦めてんじゃねえよ! お前は俺の人生を絶望的な状況から、一気に最高のものにしてくれた! それなのに自分の人生は少しも良くしようとしなかったのか?」
零次の胸ぐらを掴んで、俺は叫んだ。
「ああ、そうだよ。虐待の動画を渡しさえすれば、全て解決すると思ってたから、それまではどんなことをされても我慢しようと思ってた。でもお前と仲良くなって、動画を親父に渡すことができなくなって、自由を手に入れなくなったから身投げをした」
そうだよなんて、我慢してたなんて言わないで欲しかった。
だって俺は零次から我慢しないことを教わったも当然だから。それなのに当の零次が我慢ばかりしてたなんて、考えたくもなかった。
「なんで。俺には散々反抗しろって言っといて、お前はっ!!」
「だからこそだよ」
「は?」
零次の胸ぐらを掴んでいる手から力が抜ける。
「俺は地獄を知ってた。反抗しなかったら、どうなるのかを。お前にだけは、どうしてもそれを味わって欲しくなかった。俺はお前を通して、昔の自分を救おうとしてたから。……俺は父親に反抗しないで人形に成り果ててた自分に、心苛立ちを感じていた。弱虫で、父親の言いなりになってばっかの自分が、心の底では、憎たらしくて仕方がなかった。その気持ちを捨てられたら、お前を通して自分を赦せたら、やっと自分を大切にすることができるんじゃないかって、そう思ってた」
「過去の自分を、赦す?」
「ああ。過去の自分を赦さないと、親父に反抗できないたびにだから自分はダメなんだって思っちまうから。そう思うのをやめない限りは、自分を大切にできないだろ?」
確かに、それはそうなのかもしれない。自分はダメだと思ったら、自分には価値がないと結論づけてしまったら、その途端に人は自分を大切にできなくなってしまう。
俺もそうだった。
雷の日に親父に手足を縛りつけられて、それを母親に助けてもらえなくて、自分はそういう人間なんだと、誰にも大切にされてないんだと、自分は価値のない人間だと思ってしまったから、自分を大切にできなかった。
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