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晩刻、燦然茶屋から出て少しした所で、佐之助と並んで歩く那由多は一人の男を見てはたと歩みを止めた。
...あぁ、この時期であったな、
人力車に乗り込んだ男は燕尾服を着ており、懐かしい姿を思い浮かべ那由多は切ない顔をした。
霜月の今日、近衛を亡くして二年が経ち、先月三回忌を行ったばかりだ。
六つで親を亡くし、遠縁の親戚の家に身を寄せた私は、十三の頃、その親戚に今は待合茶屋へと姿を変えた陰間茶屋、燦然楼に売られ陰間となった。
隣にいる佐之助は元は私の金鋼だ。
陰間の春は短い。故に十三という齢で陰間となった私には時間が無く、水揚げの日まではたったの一ヶ月しかなかった。
売られたばかりの頃の私は、男でありながら同じ男に身を開いて生きて行く事に絶望を覚え、生ける屍になろうと心に決めた。なれど佐之助の指南を受ける中、段々と心に違う感情が芽生える。
金持ちの慰みものになり媚びるくらいなら、辛い、痛い、それで構わない。畜生に成り下がるくらいなら、酷くされても人としての心を失わずにいたいとそう思い、一ヶ月の指南の間、佐之助から与えられる快楽に抗い続けた。
結果、水揚げの日にも佐之助の言う事を聞かず、客の意に背いた私はボロボロにされた。なれど佐之助はそんな私を見て、何故か良くやったと褒めてくれたのだ。
生きて欲しいという望みを親に託され、それを叶える為だけに誰にも心開かず、死ねる日を待ち侘びながら生きてきた中、誰かに優しくされたのも褒められたのもこれが初めての事であった。
そんな私に佐之助は生きる術を教えてくれた。
それが仮初めだ。
客の中には見世の者を真の情人の様に思い、一時の逢瀬を楽しみにしていらっしゃる方もいる。そういう方にはその場その場で仮初めでも恋をし、情人の様に気持ちに寄り添う。決して慰みものではないと教えてくれ、その後私は、蔑む客には抗い、想いを寄せてくれる客には寄り添うて生きていった。
そんな中、近衛と出逢うた。
華族会なる集まりの後、上客であった方に連れられ燦然楼に訪れた近衛に私は直ぐに惹かれ、仮初めの部屋で生まれて初めての恋をした。
近衛は華族の中でも名だたる名家の御子息で、なれど変わったお方であった。
陰間である私をきちんと人として扱うてくれ、居た堪れなさから褥に誘った私に、初見のどこぞの者とも分からぬ者に抱かれるのは嫌であろうと、初めて逢うた日には手を出さずに帰られた。
あの日から近衛の来訪を待ち侘びる様になり、心を通わせ愛し愛される喜びを知った。
なれど十八の頃、私は別の客に身請けされて燦然楼を出る事になり、様々な事を経て近衛と暮らせる様になったのは二十歳の頃であった。
陽の下を近衛の背を追って歩いてみたいという夢が叶えられ、日々が幸せすぎて怖いと思う事が屡々あったものだ。
ずっとお側に居たい。
それだけが私のただ一つの望みであったのに、それは突然終わりを告げた。近衛は私の親と同じ様に、自分亡き後も生きて欲しいと望まれ、私はその約束を果たす為に後を追うことも出来ず、辛く苦しい世に一人取り残された。
それでも近衛は私が生きていける様、笑んでいられる様にと佐之助に私を託してくれた。どんな思いでそう為さったのか、近衛の本音は今となっては分からない。
佐之助が居てくれても、心半分は何時でも近衛を求め、昔と同じ様に月が満ちるのを待つ。
私にとって、出逢うてから病に倒れられるまでの十四年余りの近衛との思い出は、全てが一生涯忘れる事のない愛の記憶だ。
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