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パーティーの後はばぶ。
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――――――やっとのこと、パーティーが終わったようだ。招待客が続々と馬車に乗り込む様子がちらほらと見える。
多分……そうなったんだろうなと言うパーティーの結末を思い浮かべながら溜め息を吐く。
奪われるのは、いつものことだ。
幼い頃から優遇されてきたのは聖者と呼ばれる特別な存在、双子の弟のラウリ。
双子でありながらも似てないと言われる俺とラウリ。ラウリは美しいプラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ美少年で、いつも大勢の美男子からアプローチを受ける特別な存在だ。
対する俺はダークブロンドに、エメラルドグリーンにしては薄すぎる淡い瞳。顔立ちだって平凡で、ラウリとはえらい違いだと散々言われ続けてきた。
そんな俺が最初に奪われたのは何だったか……そう、名前だ。
12歳、ラウリが聖者に選ばれた日。ラウリはねだった。
自分の名前が嫌だから、俺の名前が欲しいと。
両親も使用人も、俺を可愛がったことはない。最初からラウリひとりのものだから、奪われたと言うようには思っていない。最初からないものだ。それでも名前だけは自分のものだったはずなのに、それを奪われた。
しかし、簡単には名前など付け替えられない。だがラウリは家のコネとラウリを聖者だともてはやす大神殿の力を使い……1年後、ラウリと言う名を手に入れた。
戸籍登録時に、ラウリの名を誤って手続きされた形跡が見付かり、元に戻したのだと。
出任せだと、今なら分かる。当時戸籍処理を担当した文官は、聖者の名を間違って登録した罪で島流しにされたと言う。
ラウリのわがままで、冤罪で。
そして、さらに。俺に残った名前はない。ラウリはもとの自分の名を俺に与えることはなかった。俺はその日、名前すら失い、誰にも呼ばれることはなくなったのだ。
それでも残ってしまったものはある。ラウリが聖者だと分かる前に俺が結ばされた婚約だ。
俺の婚約者はこの国の第2王子レェーヴィ。将来婿養子に入る予定だった彼は、その嫡男であった俺と婚約させられたのだ。
ラウリや両親たちは、ラウリの名前が渡ったと同時に、第2王子との婚約も自動的にラウリに移るものだと思い込んでいた。だってラウリは……婚約を結んだラウリ・フォン・グローリア公爵令息になったのだから。
しかし、そうはいかなかった。さすがにありもしない罪をでっち上げ、文官をひとり島流しにさせた上に、婚約まですげ替えることは陛下が却下した。さすがにやりすぎであると。
ラウリと両親は聖者であるラウリと結婚した方がレェーヴィのためだと主張したが、ラウリと婚姻を結んだとしても、ラウリは次男であることに代わりはない。ラウリと結婚したところで、公爵家を継げないので意味はないからと。
ラウリと両親は聖者の特権で引っくり返そうとしたものの、聖者にそのような特権などなく、貴族社会はそれを許さず、そして陛下もそれを許さなかった。
ラウリはずっとそれが面白くなかったのだろう。レェーヴィが公爵家の俺に会いに来る度に、俺を隣に部屋に閉じ込めた。両親が俺は病弱だとレェーヴィに告げて会わせず、そしてラウリがレェーヴィに言い寄った。そしてレェーヴィと親密になっていくさまを聞かせるのだ。
そしてラウリ18歳。ラウリが成人を迎える日。それはレェーヴィとラウリ・フォン・グローリアと結婚し、グローリア公爵家に入ることを祝福する日。
……でも。心の端で信じていたのかもしれない。いつかは俺のことを救ってくれるのかなって。王命に沿って、俺と結婚してくれるのかなって。
でもそんなうまい話はない。現に屋敷では日々、イチャイチャするふたりのやり取りを聞かされていたのだから。
その日、王城のパーティー会場では、第2王子と結婚し、第2王子の婿入りを祝うパーティーが開かれていた。その場で、レェーヴィはラウリとの結婚を宣言したのだ。そう、名無しの俺じゃない。――――――双子の弟との、結婚を。
レェーヴィの隣に立ち、得意気な顔をしていたラウリを、忘れることはないだろう。
いつもはパーティーになんて呼ばれないのに、わざわざ連れて来られた意味が分かった。俺はそのために……。
ほんと、最悪だ。
パーティーはつつがなく行われたのだろう。ラウリと、レェーヴィの結婚を祝福する豪華絢爛なパーティー。
俺にとっては苦痛でしかない、笑われ、蔑まれ、絶望しかない。
だからそのラウリの笑みを見て、そっと会場から抜け出した。恋人たちの秘密の逢瀬にも使われることがあるのだもの。隠れて抜け出すことなどわけないし、それを咎めるものはない。みんな分かっているから。
見かけても、止めない。俺の後ろ姿を笑った声は聞けども、追いかけてはこなかった。暗に『出ていけ』と言われているように。
パーティー会場を抜け出して長い時間をひとりで月夜の下で過ごした。
月の光は安心する。月光だけは、聖者に加護を授ける光の神の祝福が届かない咎人も等しく照らすと言われているから。
暫くすればざわめきがこちらにじわじわと響いてきて、パーティーが終わったのであろうその残り香を嗅ぎとろうとも、俺にはこの後なすすべはない。
帰りたくても、馬車がないから。
いや、そもそも帰る場所など俺にはあるのだろうか。
あの公爵家が俺の帰る場所とは……違う気がする。
俺が戻され閉じ込められる、檻のような。
一方で馬車が来ないのなら今夜ラウリどうするのかと言えば、王城に泊まるらしい。つまりはめでたく結ばれたレェーヴィと。だから公爵家からの迎えの馬車は来ない。来たとしても俺は荷台で、中に座らせてはもらえない。
名前すらない、レェーヴィにすら捨てられた俺に王城に泊めてもらえるツテも宛てもない。
歩いて帰ろうか。それとも、何もかも捨てて自由になるべきか。
もしかしたら、野垂れ死ぬかもしれない。賊に襲われて無惨にも殺されるかもしれない。魔物に襲われて食われるだけかもしれない。
でももう俺には何もないのだから。
死ぬのも……同じだよな。むしろ、名前を奪われたその日から俺は……ずっとずっと……存在しない俺だった。
さて、これからどうしようか。せめて、城から出なければ。その時だった。
「ばぶ」
あり得ない声を聞いたんだけど……?赤ちゃんの甲高い声じゃない。成人した男の、声……?
今の……何……?恐る恐る振り替えれば、そこには……。
俺のダークブロンドよりもさらに深い闇の色。漆黒の髪に王族特有の金色の瞳を持った、美しい顔立ちの青年がいたのだ。
そのひとの名を……知ってる。でも、俺にはその名を呼ぶ権利なんて……っ。
「ばぶ……!」
「……」
や……やっぱり、何で『ばぶ』なんだ。
「ばぶ……っ!マミー!ばぶ!!」
ま、マミー……?
俺が呆然とつったっていれば、ダダダダダッと近付いてくる……!近付いてくるの何でえぇぇっ!?後ずさろうとすれば。
がちっ。
つ、捕まってしまった。正面からがっちり腰をホールドされておる……っ。
「あ……あの……なん、」
「ばぶばーぶっ」
何か満足そうなんだけども。
「あの、ラウリと一緒なんじゃ」
「ばぶ!マミー、ばぶばーぶっ!」
いや、分からん、分からん。まったく分からんっ!!!それともこのば……ばぶちゃん。取り敢えずばぶちゃんだ。何故かばぶばぶ言っているし。
もしかしたら赤の他人……いや……そっくりな双子……なのかな?俺とラウリとは違って……そっくりな……。
「ばぶ、マミー、ばぶ!」
え、行こうって言ってるの?ばぶちゃんに手首をがっちり掴まれ、こっちだよと連れられていく。何か……何だかそのばぶばぶには抗えないと言うか、聞いてあげたくなっちゃうような不思議な感覚がする。
何でかは……よく分からないけど。
「ばぶー♪」
そして連れてこられた場所は、何だか豪華な……。
「ばぶちゃん、ここどこ……あ、ごめん。ばぶちゃんだなんて失礼……っ」
こんな豪華な部屋を使うのだ。わけあってその存在を知らされていない王族……なんだよね?
「ばぶばーぶ」
しかし首を横にふるばぶちゃん。
「ばぶちゃん……で、いいの?」
「ばぶっ!」
ばぶちゃんが元気よく頷いてくれる。
「そ、それなら」
俺が頷けば、ばぶちゃんが早速侍従たちを呼ぶように『ばぶー』と叫んだ。すると俺はささっと現れた侍従たちに連れられ……。
「あ、ばぶちゃ……っ」
「もしかして、ご一緒がいいのでは?」
「かわいすぎます、脳内保存ものですよ……!」
「まさに相思相愛!よかったですね、レェーヴィさま!」
ひえぇっ!?侍従たちにあらぬ誤解を……っ。――――――――いや、待ってそれよりも。
「れ……レェーヴィ、殿下?」
と、さっき侍従のひとりがばぶちゃんを呼ばなかっただろうか。
「ばぶーっ!」
え、頬を膨らませて……その、違うとか?
「どうか、先程のように『ばぶちゃん』と呼んであげてくださいませ」
どこかままん味溢れる侍従に告げられ……。
「ば、ばぶちゃん」
そう呼べば。
「ばーぶぅっ!」
ばぶちゃん……レェーヴィ殿下……?が、とっても嬉しそうに微笑んだ。何そのダイヤモンド級スマイル。
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