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叱咤
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「ふはー、すげーなー!」
「んー?」
「おじさんなのに俺よりすげー動いてる!!」
「あはははは!!まー、皆好きだからなー必死になるよ」
「はー、俺ちょっと走っただけですげー疲れたのに!」
周りの大人達を見ながら、ベンチに座ってる大輝の隣に腰掛ける。食生活の乱れに運動不足、タバコで追い詰められてる肺の機能の低下、あとなんだ?もう思い出せねーけどエトセトラ。若者真っ只中のくせに、俺は多分このチームで一番だらしない。
さっきの一発で、心が軽くなったから気分もいい。晴天を眺める。あ、ショボめの飛行機雲、なんて思っているとぴとり。大輝が俺の頬にボトルをくっ付けてきた。さんきゅー、といって受け取って飲むと、それは俺の部屋の冷蔵庫に大量に入れてあるスポーツドリンクと同じ味で、安心して一息をつく。
「美優ちゃんもすごかったな。途中で投げるのやめちゃったけど、大輝と俺と、もう1人くらいに打たれただけであとは守ってたし」
ぼんやりとむこうのベンチに座って、ポニーテールの髪を結び直してる美優ちゃんを見つめる。と、大輝もそちらに視線を寄越した。
「でも初回で打ったのはすごかったな、恋」
「すごかったよな!?自分でもびっくりした!!」
「あははは!!いやほんとにすごかった。綺麗にボールが外野の間に抜けて行ったし」
「ほんとそれ!!天才かと想った!!」
「だから言っただろ〜恋は運動神経いいから、体が勝手についていくって」
そんな会話をしながら空気感を楽しんでいると、大輝のデカイ手が伸びてきて、俺の頭を帽子の上からグリグリと撫でてきた。…今、俺、ビク、と肩が跳ねた、かもしれない。
一瞬だけ口を一文字に結んで、少しうつむく。くすぐったい、帽子の上からでよかった。髪や頭を触られることに慣れてない、つーか、すきじゃない。なんせ、耳の近くだからってことが理由としては一番でかくて、背筋がかゆくなる感じがする。アホらしい理由だと思うだろ?それが俺にとっては一大事、くすぐったくてイヤホンだってロクにつけらんねぇんだから、マジで困ってんだよ。こんなの恥ずかしくて誰にもバレたくない。隠すことに必死なのもダセェけど、威嚇用に開けたトラガスのピアスだって、全然意味を成さないみたいだ。まあ、今時ピアスなんか珍しいもんじゃねーから当然か。
ちら、と大輝の顔を盗み見ると、俺の異変にはどうやら気づいてないらしい。ほ、と胸をなでおろす。…あ〜、でも前に庄司くんが頭を触ってきたときに大げさにビクついて、耳や髪に触られんのが極端に弱いこと、あっけなくバレたっけ。チョー笑われたし、それを知っても関係ない!って顔で、ぐりぐりしてくるし!
(…歳上って、頭触んのすきなのかな)
思い出し笑いをしそうになる。頭の上にのっかったままの手のひら、暫くしたら次第にくすぐったさにも慣れてきて、気にならなくなってきた。
この手の持ち主は、俺を元気付けようとしてこの場所に連れてきてくれたわけじゃない。分かっているけれど、結果的に俺はまた、大輝に救われた。タイミングがよすぎて、ほんとすげーよお前。
なー、大輝、俺、ぜーんぶ吹っ切ったよ。散々凹んでたくせに、自分の中の答えなんて、案外単純なもんでさ。やっぱごちゃごちゃ考えても、届かなきゃ意味がない。空が青くて、綺麗で、陽射しが眩しくて、綺麗で。それからこうやってバカやって笑えたら、それでいいじゃん。そう思えるようになったよ。
大輝のおかげ、だなぁ。
「野球って楽しいなー!!また呼べよ大輝!」
ニッと笑う。
大輝が「…ん、また来ような!!」といいながら、ぐりぐり、と俺の頭に乗せていた手に力をいれてきた。だーーかーーらーー!くすぐったいってば!!
---
九回表、最後の打席が回って来た。ずっと俺の隣に座って試合をみていた大輝が立ち上がり、素振りを始める。日が、少し傾きはじめていて、試合開始時より気温もさがっていた。…つってもちょっとの差だけど。俺もベンチから立ち上がり、大輝の後ろをついていく。
「大輝〜!次最後なんだからぜってー打てよ!」
「まかしとけ〜!お前こそ俺の次の次なんだから、ちゃんと準備しとけよ〜」
ふざけながら鼓舞すると、ごもっともな言葉が帰ってきた。「いわれなくてもー!」と言いながら大輝の肩を叩いてやろうとおもったら、なぜか大輝はグランドの方を向いた。
「…ああ、」
「…?」
なんだ?
ひゅ、と、大輝の周りの空気が冷えていくように見えた。ちょうど、陽射しが雲に隠れているせい?
顔に緊張が見える。体が固まってる。なに?俺の「ぜってー打てよ!」がそんなにプレッシャーだった!?………って、そんなわけないよな。
大輝がこういう顔をするときの俺は、部外者だ。
一瞬にして大輝の見ている世界から、消される。
そう、突然、唐突に。
ふぅ、と小さく息を吐いて「おい、大輝。」と声をかけても反応はない。完全に、自分の世界にいる。
「大輝!!!」
「えっ?」
さっきより大きい声で大輝を呼んだ。ハッとした顔をして、整った顔がこちらを向く。…おい、顔色悪いよお前、なんか、トラウマでも思い出したみたいな顔してる。
俺たちはあんまり互いに干渉しないようにしている。話したいときに話してくれるだろうと思っているから、自分から根掘り葉掘り聞いたりしない。だから、理由も原因もわからない。
俺ができることは、せいぜい名前呼んで、意識をコッチに向かせることぐらいで。
「ボーッとすんじゃなくて頑張って来いよ!!焼き肉かかってんだぞ!!」
顔色悪いぞ、休むか?なんて、そんな言葉がほしいわけじゃないだろ。緊張した表情、薄く開いた唇から「あ…」と思い出したような声が漏れた。
「あー!そっか焼き肉!!よっしゃおっけい!!ぜってー打つから特上カルビ待っとけ!」
少し、緊張が解けた顔。
だけど顔色は戻らない。
「そのイキだ!!待ってるからな!!」
ニッと笑ってそう言うと、大輝も口角を少し上にあげる。それを見て、少しの安堵。大輝に背を向けてベンチの方に歩き出した。その時、
「ッ、恋!!!」
「ぇ?うわッ」
ゴト、とバットの倒れる音、それと同時に腕に痛みが走る。大輝に強い力で掴まれている、と気づくまで、少し時間がかかった。
「い、た…大輝………?」
すげー力だ。普段、ふざけて叩き合ったりしている時の力とは比べものにならない。手加減をしてくれていたんだと思い知る。ぎり、ぎり、腕を掴む手の力が緩まることはなく、大輝は目を見開いて俺をみている。痛すぎ、ほんと腕折れそう。平然な顔ができなくて、表情を歪めて大輝を見つめ返すと、大輝は息が詰まったような顔をして、さらにきつく、手に力を込める。
「ッ…大輝、痛いって、どうした?」
「あっ…悪い」
…………、予兆。
前にも感じた違和感。
時折、俺とは特に関係のないものに苦しんで、俺にはどうしてやることもできないことで嘆いている。
大輝の手が、力なく離れていった。
「…………。」
項垂れる顔、ムカつくことに俺の方が背が低いから、どんな表情をしているのか安易にわかってしまう。
何に怯えてる?
何と俺を重ねた?
何がお前をそんな顔させる?
わかっては、やれないんだけど。
心配するのは当然だ。なんせ、ここ最近一番仲良い人間だといっても過言じゃないから。俯いて、なにも言わない大輝。なにも、いえない?なにも、いいたくない?
腕がまだ、痛い。
馬鹿力!なんのつもりだよ!って責めるのも簡単だけど、今はどうやらできそうにない。
大輝に聞こえないぐらい、小さなため息をついた。
「…あー、わかったわかった。そうだよな、忘れてたよな」
「え?なにが?」
「大丈夫だ!俺に任せろ!!」
「は?」
トン、と自分の胸に拳をぶつけて胸を張る。
さっきは、どうもありがとう。
お前からもらった一発で、俺はすげぇ心が軽くなったんだ。ほんとに、全部、吹っ切ってさ。やっと一歩進めたんだ。あとは、この感覚忘れねぇように、走るだけ。
俺はもう走れる。立ち止まった期間を取り戻すように、走れる。
だけど同じとこで蹲ってるお前を置いて、行けそうにないや。
(置いていかない、って言ったもんな。あの日)
デカイ背中を撫でながら、ここにいるからと声をかけた。あの日の俺に恥じないように、今度は俺が背中を叩く番だろ。
大輝の背後に回り込む。「恋?」と呼ばれたのも無視して、ぽんぽん、と一度肩を叩いた。
次、俺が気合入れるときは、痛くするからって言ったから、グーパンで行くか手のひらで行くかまような……いや、グーパンは流石に怒られそうだから、手のひらでいこう。はてなマークを飛ばしてる大輝にいちど、ニコリと笑いかけた。
すぅ………、っと大きく息を吸い込む。
「勝って焼き肉!!!俺に焼き肉を食わせろ大輝ーーー!!!!」
バチンッッッッッ!!!!!!
「いっっっっっ!!!!ゲホッゲホッ」
「いってーーー!!お前、背中まで鉄かッッ…!!」
「背中までって、どういう意味ッ…くっそ痛い…!!」
「腹筋もやべーのに、背筋まで鍛え上げてんのかよ…手が痛い…叩いた俺の手が痛いッ…!」
意味がわからない!!!!!
なんで!?右手が死ぬほどいたい!!まるでコンクリ…鉄をビンタしたみたいな痛さなんだけど!?
なんだこいつほんとに人間かよ!?
じわ、と涙がにじむ、痛すぎ。なんで俺までダメージくらってんの!?やばい…!
二人で前屈みになって痛がっていると、互いに睨むようにして目があった。俺の右手はトマト顔負けに赤くなっていて熱い。
「は、はははっ…痛そ!」
「痛そうじゃなくて痛いんだよバーカ!!へへへっ、でも気合い入っただろ!」
「入った!!ぜってー打つからちゃんと見とけよ!!」
「おー!!右手の慰謝料として焼肉食わせて〜!」
「ははっ、それ慰謝料にならねーだろー!」
よかった、いつもの大輝の、いつもの、晴れた顔だ。グッと背筋を伸ばした大輝が、倒れたバットを拾い直す。すると丁度、大輝の番が回って来ていた。俺はベンチに戻って、大輝はグラウンドのほうに歩いていく。気合入れた顔した大輝は、かっこいい。いーとこみせてね。おにーさん。
バッターボックスに立つ大輝を見つめる。美優ちゃんとなにか話してるけどぜーんぜん聞こえないし!
しばらく二人は睨み合って、大輝がバットを構える。
なんだこれ、草野球なのに超どきどきするじゃん。
(打て、)
打って。
願うように指を組む。そしたら美優ちゃんがボールを投げるモーションにはいった。
(打て…!)
カッ キーーーン !
ぎゅ、と目を閉じた瞬間、気持ちいいほどの金属音が鳴り響く。ばっ!と立ち上がって思わず叫んだ。
「よっしゃああああ!!!大輝打ったーー!!!」
一塁、二塁とかけていく大輝、おーおー、脚はえーなー。大輝の打ったボールが、どこに行ったかわからない。なにこれホームランなの?ホームランってやつなの?超すごい!!
「すげーー!!!」ってバカみたいに騒いでたら、ホームベースを踏んだ大輝が袖で汗をぬぐいながら片手を上げた。ピースサインと笑顔が、チョー眩しいです!
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