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悲鳴
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「…何で、お前がそれ持ってんだよ」
「何でだと想う」
「…お前、まさか、千田の居場所…知ってるの?」
「知らないよ」
「だったら何でテメエがそれ持ってんだよ、沢野」
「これは、俺が千田からもらった」
「は…?」
「自分がいなくなってきっと悲しんでくれるだろうお前を支えてやってほしいって」
「なに、言ってんの?」
「全部知ってたよ」
「何が、何を…何で…何で、それ…沢野、千田は?千田はどこにいんの?………何で沢野が、」
「始めから全部聞いてたよ」
「…え?」
「大ちゃんの言葉が千田に届いていないのは、千田の話をずっと聞いていたから知ってたよ」
「沢野…それ、返せ」
「返せない」
「返せよ。……何にも聞きたくない。お前と話す事もない。それ置いて、さっさと出てけ」
「嫌だ。今日は全部話し聞いてもらう。俺と話し合ってもらう。そんで、もう、何もかも終わらせろ」
「話す事なんかねえんだよ。何にも知らないくせに、そうやって、俺と千田の間に入って来るな」
「大ちゃん」
止まらない二人の言い争いを聞きながら、ゆっくり瞼を閉じる。
これだけじゃよく、わからない。
千田さんと大輝はどういう関係だったの?
とりあえず特別な関係だったことはわかるけど。
それを沢野さんは全部知ってたってことでオッケー?
パズルのピース、ひとつひとつ正解をみつけるように眺める。
「永遠愛してくれない相手のこと、いつまでそうやって想い続けるの」
ぴたり。ひとつハマった。
「…ッッ、お、まえ…」
「知ってるよ…………アイツがアセクシャルだってことは、知ってるよ」
「ッッ!!!」
アセクシャル。
ってなんだろう。よくわからんけど、またひとつ、パズルのピースをみつけた。これはどこに当てはまるんだろう。大輝と、千田さんの、核心かなぁ。
「何で知ってんだよ…何で知ってんだよ!!!千田に無理矢理言わせたのか!!」
「言わせるわけねえだろうが!!千田ちゃんは俺に色々相談してて、大ちゃんのこといっぱい悩んでたからそれをずっと聞いてたんだよ!!」
「でたらめ言ってんじゃねえよ!!!ふざけんな沢野!!!」
「ッ…いい加減にしろ大輝!!お前いつになったら千田ちゃんのこと終わらせられるんだよ!!いつだよ!!なあ!!何でそんなんなっちまったんだよ!!!!」
また、もみくちゃになる音。人と人の争いの音。
諭したい人間と、諭されたくない人間の音。
助けたい人と、助けを拒絶する人間の、音。
「俺の知ってる宮崎大輝は友達のことこんな扱いするやつじゃない!!誰か1人に固執して他のもんを捨てる様な奴じゃない!!」
うん。俺も。俺もそう思うよ沢野さん。大輝はそんな人じゃないって思うよ。でも、そんな人じゃないならこんなことにならないよな。
他のものをなげやりにできるほど、その人を想ってたんだよな。
だから、いま、苦しんでるんだろ。
「違う、嘘だ、違う………違うッ、入って来んな!!入って来んなッッ!!!俺と千田の間に、入ってくんじゃねえ!!!」
それ以上、責めないでやって。
「いなくなった奴のことをいつまで追っかけんだよ!!!なあ大輝!!!」
「お前がどうこう言う問題じゃねえだろ!!?これは俺と千田の問題で、部外者が入ってくんなって言ってんだよ!!」
「違う…違うよ大ちゃん!!俺が……俺が大ちゃんに助けてもらったから!!だから俺が言うんだよ!!」
「入って来んな!!!」
ほら、ほら、もう。
心の、壊れる音がこっちにまで響く。
俺が死にそうなとき、責める人は誰もいなかった。
宮内はなにも言わなかったし、庄司くんだって、古賀だって、俺たちの問題に踏み入ってはこなかった。
もちろん、大輝なんて、何も知らないのに側にいてくれた。
傷ついた心を癒すのは、責める言葉じゃない。だって、一番泣きたいのは自分なんだから。
やめてやってくれ、それ以上は。そう思う心が焦る。
「大ちゃん、俺が本原にフラれて馬鹿やりそうになったとき、言ってくれたよね?!!諦めるなって、言ってくれたよね!!?だから今、俺、ここでがんばれてんだよ!!」
ああほら、な?
あなたがどんな思いでどんな悲しいことがあったかなんて知らないけど、その時の大輝だってあなたを責めたりしなかっただろ。
だからあなたは救われたんだろ。
「…………だから、今度は俺が言うよ。もう、諦めていいよ」
諦めるって、なんだろう。
俺と愛の関係、みたいなものだろうか。
「大ちゃんの前から、何回アイツはいなくなった?その度に死にそうになって、その度に大ちゃんが助けたよね。なあ、あと何回これを続けて、あと何回、大ちゃんは嫌な想いをするの?もうやめようよ」
「……好きだから…いいんだよ、好きなんだよ……死ぬ程好きなんだよ!!!だったらいいじゃねえか!!!何回傷付けられても俺は死なないんだから!!何回置いて行かれても、俺はアイツを好きでいるんだから!!!」
うそつくなよ、大輝。
お前置いていかないでって言ってたじゃん。
「…それが怖いんじゃねえの、大ちゃんは。大ちゃんはちゃんと解ってるんだよな。千田ちゃんには大ちゃんしかいないって。だから、優しすぎて離れられないんだろ」
「…違う」
「自分が離れたら、」
「違う!!」
「また千田ちゃんが自殺しようとするんじゃないかって想って、心配なんだろ」
自殺?え、重。
千田さんという人物を俺は知らない。知らないから、人の言葉を拾って千田さんの形をつくる。
大輝を置いていったひと。
大輝の特別だったひと。
大輝の一緒にいたいって思ってたひと。
そして、自殺しようとしたひと?
えーーー……やべーなぁ。
自殺はやべぇなぁ…。
他人事だから他人事のようにやばいっていえるけど、もし愛が、そんな人間だったら、俺だったら意地でも諦めようとは思わない。
ぴたり、またパズルのピースがはまる音。
だから、…だからか。
だから、 諦めてはいけないんだ、大輝は。
その思いで、好きでいなきゃと焦ってるんだ。
「大ちゃん、俺はアイツが嫌いになったよ」
「え…?」
「何度も大ちゃんを置いていく。何度も大ちゃんに救われてるくせに、アイツは大ちゃんに何をした?」
「……」
「そうだよ。アイツは大ちゃんに何にもしてない。傷付けてばっかりだ。その上俺にだけいなくなることを教えて、大ちゃんには黙っててって言ってきた。鍵渡して、傷付けた大ちゃんのフォローは俺にしろって言って来た」
「いいんだよ、それで…アイツは色々大変なんだから、いいんだよ。俺はアイツの傍にいさせてもらってたんだから」
「普通に考えなよ。おかしいだろ」
「おかしくねえよ…大変なんだよ。俺が、いっぱい好きって言うから…困らせて…俺が、アイツの望んでる俺じゃないから…それで、」
「大ちゃん」
「だから…それで、いなくなったんだ…好きになったから、一生片想いでいいって言ったのに、それ以上求めようとしてたから……!!」
「大ちゃん。俺の知ってる大ちゃんはそんな奴じゃねーよ。そんな情けない事言わない。人に聞かせない。大ちゃんは今、必死に自分に嘘をついてるよな。千田ちゃんのために」
「だから、違うんだよ!!」
「違わねえよ。大ちゃん、アセクシャルってそんなに特別じゃない。確かに人を愛せないのは大変かもしれない。でもそれ以外は何も変わらない。それって、俺が本原を好きだけど、それが本原に伝わらなかったそれと同じなんじゃないのかな。俺がピアノを弾けないことや、勉強が苦手っていうのと、同じなんじゃないのかな………」
アセクシャルがなんなのかわからない。わからないけど、俺が出した答えがなにより正しい自信がある。だって、大輝は、世界一優しい。
「同じ人間なんだよ。だから大ちゃんがそこまで傷付けられても、大事にしなきゃとか、アイツが死なないようにしなきゃいけないとか、考えなくていいよ。…アイツは俺達と同じ1人の人間だ。自分の足でここを出て行ったなら、自分の足でここに帰って来るべきだ。追いかけなくていい。アイツを待たなくていい。大ちゃんに何も言わずにここからいなくなったのなら、もうアイツは大ちゃんに甘えちゃいけない。もしもアイツが大ちゃんを求めるなら、今度はアイツが探すべきだ」
うん、うん…?よくわかんねーけどそうなんだろうな。沢野さんのいってる言葉が正しいことも、なんとなくわかる。なんとなくわかるけど、それが大輝の心にグサグサ突き刺さって瀕死の大事故になってることも、わかる。
「大ちゃん。本当はもう、アイツのこと嫌いなんだよね」
え、そうなの?
嫌いなの?ちがうだろ。
好きって感情が薄くなってるんじゃないの?
あれ、さっきはめたパズルのピース、もしかしてまちがってた?
「違う……」
「もう好きでいられないから、だからそんなに必死になってるんだろ」
あー!それ!それですよ!俺がいいたかったのは!それです!
壁にびっ、と指をさした。いや、俺なにしてんだよ、ほんと。
「大ちゃん」
「違う、俺はアイツが好きだ。ずっと好きだ。好きでいるって決めたんだから」
「もうやめようよ、自分を苦しめるのは。アイツを綺麗だって想うのは……悪者でいいじゃん。なあ、事実そうなんだよ。大ちゃん」
「大丈夫だから、千田、大丈夫だから。好きでいるよ…好きでいる、大丈夫」
「大ちゃん!!!」
いつかの、自分を、みているようだった。
関係をつなぎとめたい理由はちがっても。好きでいなきゃ、という思いだけで付き合って、そして潰れた。
すきとか、あいしてるとか、口先でいくらでもいえるもんなんだ。
だけど、感情は嘘をつけない。
「大丈夫、だからッ…大丈夫、大丈夫」
「………大ちゃん」
「………」
「助けてって言ってほしい。大ちゃんをそこから助けたい。だから、助けてって言って」
沢野さんは、きっと大輝がとても、とても、大切なんだろう。
だから大輝を救いたくて、ここまで来たんだろう。
だから、こんなに、必死なんだろう。
「千田を捨てて、俺達の大ちゃんに戻って。だから、ちゃんと、千田ちゃんを諦めるって言って。助けてって言って。…大輝」
「…」
だけど、大輝の返事はない。
大切な人に自分の思いが届かないのは、死ぬほどもどかしいよな。
わかるんだ、わかる。
俺の思いが、愛に伝わらなかったのと、一緒だ。
だけど俺は、大輝の気持ちもわかる。気がする。
「…わかったよ。もういい」
だから、あとは俺に任せてもらえませんか。必ずあなたの大切な大輝くん、救ってみせるから。
ぱた、ぱた、と足音がするのと同時に、俺もベッドから降りた。そして適当にクロックスをひっかけて、部屋をでる。
ちょうど、沢野さんが大輝の部屋から出てきた時だった。
「………あ、どうも。」
軽く会釈をすると、すげぇ苛立った顔をした沢野さんがこちらを向く。おー怖い、すげえ怖い顔してる、できることならこんな時に対面したくなかった。もしかしたらあなたとはいい友達になれたかもしれないのに。へら、ととりあえず笑ってみせると「煩くしてすみません」と言われた。いや、大丈夫っす、と返すまえに、背を向けて階段を下っていく。
………あんな必死な、沢野さんの声が。ちっとも響かなかった。
俺にできるか?
いや、できなきゃ西浦恋じゃねぇ。
救うとか助けるとかそんなの、どうだっていいから。
大輝を、抱きしめてやりたい。
今。
すごく。
すう、はぁ。一度、大きく深呼吸して、大輝の部屋の扉をあけた。
靴をぬぐ、あ、俺はだしのまま来ちゃった。まあいっか。ゆっくり、廊下を歩いて、廊下を隔てる扉をあけた。
「………大輝。」
思っていたより、ひどい。
部屋の状態も、大輝の状態も。
なんて声をかけたらいいか、よくわからなくなった。項垂れるような大輝に、大輝、と呼んだ俺の声は、思っていたのとちがう。不安げで、心配そう。ちがう、こんなんじゃもっと悲しませる、心配させる。大輝の目の前まで歩いた。ぴたり、と止まっても、大輝からはなんの反応もない。いま、ここに、俺がいること、分かってるはずなのに。
「…部屋、どうしたんだよ。すげー汚れてるじゃん」
なんでこんなどうでもいいような言葉を投げかけたんだろう。
抱きしめてやりたいと思ったはずなのに、どうして触れられなかったんだろう。よくわかんないけど、ボーッと下を向いたままでいる大輝に、払いのけられる気がしたからだ。
求められたら、返す準備はできてる。
大輝が俺に、甘えてくれたら。
荒れ狂った部屋の中に踏み入る。本棚の下には、さっき投げつけたであろうグラスが割れていた。ガラスの破片を踏まないように、そっと破片を拾う。
「今日はさー、ずっとバンドの練習でさー。庄司くんたちとずっとスタジオに籠ってたんだ」
できるだけ、どうでもいい話をする。そう、できるだけ。
元気になれ、
元気になれ、
「それからさー、よっと。飯の前に解散したから、夕飯は大輝と食おうかなーって」
元気になってよ。
落ちている本を拾い上げる。
あ、これあれだ、父さんの書いた小説だ。作家名に西浦康介とかかれた本、大輝が父親の書いた小説を持ってることに少し驚いた。
これも、千田さん のためなのだろうか。余計なことはなにもいわず、その本を本棚に戻す。濡れている本はティッシュで拭いて、また戻す。
「どこ行きたい?何かパーッと飲みに行くのもいいなー!どこがいいか!」
グラスの破片をテーブルの上に置いて、散らかしたシーツを拾い上げててベッドに放りなげる。
「大輝、どうする?どこ行く?」
もう、話題ないよ、ばか。
ス、としゃがみ込んで、大輝の前に膝をついた。
「…」
「……それとも何か買って来るか!牛丼?もう少しいいもん食いたいよな〜!俺もスタジオ練で超疲れてさー!すげー腹へってんの!」
「………」
「何がいいかなー!」
「………」
「なー!大輝ー!きーてんのかよー!」
トン、と、軽く、大輝の肩をたたく。びく、とその肩がはねた。そして、沈黙。
………だめか。
俺の声も、聞こえないのかな。
その肩を揺さぶろうとした、その時だった。
「え、うわっ」
ぐいっ、!と、体が引き寄せられる。体制をくずして倒れこむとでかい腕がつよく、つよく、
つよく
俺を抱きしめた。
「助けて」
掠れた声は震えている。
思いっきり抱きしめられる体は、骨が軋むぐらい痛い。
水滴が、俺の首に落ちてくる。
あ、よかった。
そう思った。
俺は、ただの隣人じゃない。
なあ、この涙はさ。俺に甘えてくれてるって思ってオッケー?
なあ、…俺さ。ヒーローやめたんだ。幼馴染のヒーローで、いつも助けてきた。
だからもう、誰のヒーローにもなれないと思ってたんたけど、俺、お前のこと助けられると思うんだよ。
大輝のひろい、ひろい背中に腕を回す。俺はさっきから、お前を抱きしめてやりたくてしかたなかった。
甘えてくれ、もっとすがっていいよ、俺は絶対逃げない。お前が、元気になるまで絶対に。そう思いながら、抱きしめ殺すぐらいの勢いで抱きしめ返した。ここにいる、から。俺はいるから。助けるから。もっと力をこめてもいいんだよ、と言うように。
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