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クローバーと花
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学校に着いたら、いつもは私より先に来ているはずの帆奏がいなかった。
時刻は8:45。
ほとんどの生徒が登校していた。あと5分でホームルームが始まるというのに、みんな悠長におしゃべりを楽しんでいる。
珍しいな…
委員会の仕事でも入ったのかな?
帆奏はクラスの副委員長だ。
普段は"ああ"だけど、することはちゃんとするし飄々としているようで意外としっかり者でもある。抜け目ないし、かなりの情報通なんだ。
一年生の時から帆奏の周りには色んな人が集まってた。多分、帆奏は空気を読むのが上手いから、そういう人が側にいると気が楽なんだろう。実際、私がそうだし…。
それだけじゃないと思うけど、とにかくクラスのみんなからの信頼は厚い。
だから副委員長に抜擢されたんだと思う。親友として、帆奏のそういう面が他人にちゃんと伝わってるっていうのは素直に嬉しい。
──まぁ、あの腐った脳内を除けばなにも文句はないんだけど。
さすがに、人前でアノ話をする時はもうちょっと自重して欲しいと思う。羞恥心の欠片もないんだから。
ため息をつき、席について机の中を整理していると後ろの席でガタン、と音がした。
「あ……おはよう。汐音くん」
「……はよ」
いつもの素っ気ないあいさつにふぅ、と息を吐く。
もう慣れたけど、最初のうちは嫌われてるのかと思って話しかけるのが怖かった。
でも、そうじゃなかった。席が前後になってあいさつや普段の様子を見てるうちに、汐音くんは他人に対する興味が薄いだけなんだってわかった。特に、汐音くん目当てで言い寄ってくる女の子たちには顕著で、むしろ毛嫌いしてるみたいだった。
それもまあ"あの人"を除けば、だけど。
「そういえば、昨日はあの怖い人とは会えた?」
「…え、なんて? 怖い人?」
そう言って俯いた頭を気だるそうに持ち上げた。
怪訝そうな目で見られる。
……まぁ、当たり前ですよね
こういう反応は、少し苦手だ。
「あ、えぇと…隣のクラスの!ほら、汐音くんがよく会いに行ってる…そう!菅野くんて人──」
ガァンッ──!
突如教室中に響き渡った音に先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。クラスにいる全員がその根元に視線を向けたまま…。
「……菅野と話したの…?」
「…え……う、うんっ…………」
こ、怖いっ…!昨日のあの人より全然怖い……!!
腰が抜けて座ったまま立つこともできず、ゆらりと立ち上がった汐音くんを見上げながらこくこくと首を縦に振る。
髪に隠れて表情は窺えないが、機嫌が悪いのは誰が見ても一目瞭然だった。
汐音くんに蹴られた机が床に転がり中から手紙らしきものが流れ出る。
「……さつきさん、だっけ………?」
「そ、そうです、ね…」
『ね』ってなに、『ね』って。そこは「はい、そうです」でしょ。
って、なんで私敬語なの。
「そいつ、僕のことなんか言ってた…?」
「い、いや、特には……。
汐音くんを捜してたみたいだったから、思い当たる場所を教えたんだけど…め、迷惑……だったかな…?」
「……………」
「……………」
訪れた静寂に私はさらに椅子の上で縮こまった。
これ…これ…私が原因、ってことだよね…?
なんで? 私、あの人に居場所教えちゃいけなかった?
それとも私、無意識のうちに汐音くんの機嫌を損ねるようなこと言ったの!?
いっそのこと倒れてしまいたいと願うのに現実はそう甘くはない。
体は凍りついたように動かなくて、頭上から突き刺さるような視線を浴びながらせめて泣かないように耐えるしかなかった。
お互いに一言も言葉を交わさないまま汐音くんの盛大な舌打ちが上から降ってくる。それだけでも体は大袈裟なほど飛び上がった。
「え、ぁ……汐音くん…?」
「……なに」
「えと…どこ行くの…? 授業は…?」
「……サボる。ついて来ないで」
「え、ぅ、」
サボる、と言われてそう簡単に「わかった」と頷いていいものなのか。
もたもたしてる間に汐音くんは教室を出ていった。途中、床に散らばった手紙を無遠慮に踏みつけて。
よく見たらそれは汐音くん宛てのラブレターだった。
急いでかき集め腕いっぱいに抱えると、私は汐音くんの後を追って廊下に飛び出していた。
「…っ、待って!!」
「……今度はなに?」
「これっ、全部汐音くん宛てだよ…?
さっき踏んでっちゃったから……」
そう言っておずおずと手紙の束を差し出す。
「…いらない。どうせ内容なんてどれも変わらないんだから」
「で、でも…っ、これにはそれぞれの気持ちが詰まってるんじゃ……」
「しつこいな、いらないって言ってるだろ!望んだ相手一人振り向いてもらえないのに、意味がないんだよ!!」
「…え…………」
──初めて見た
汐音くんが誰かに声を荒らげるところ…
息を切らし我に返ったようにもう一度チッ、と舌打ちする。
「…ごめん。だけどそれ、ほんと迷惑だから。
…もう、棄てといて」
それだけ言い残すと汐音くんはそのまま見えなくなってしまった。
「なぁ、今の見たか? 汐音の奴」
「おう。なんつーか、あいつでもあんな怒ることあるんだな。ちょっとビビった。
つか、汐音って好きな奴とかいたんだな」
「やだ〜汐音くん怒ってたぁ」
「怖かったけど…なんか新鮮だし、逆にかっこよかったよね!」
「わかるわかる!
あーあ、わたしも汐音くんと前後の席が良かったなぁ〜。そしたらもっと汐音くんとお話できたのに。五月さんが羨ましい」
「それより、今の発言の方が問題でしょ!ね、ね、汐音くんの好きな人って誰なのかな?」
おぼつかない足取りで教室に戻ると聞こえてきたのはそんな声ばかり。
こっちは死ぬほど怖い思いしたっていうのに、それを"羨ましい"だなんて…どうかしてる。
「こんな時、帆奏がいてくれたらよかったのに……」
一度すん、と鼻を鳴らし「棄てといて」と言われた手紙たちの処理に取り掛かった。
だけどその子達なりの想いがこもった手紙をどうしても棄てられなくて、怒られるのを覚悟で元の位置に戻した汐音くんの机の中に詰め込んでおいた。
昼休みに帰ってきた汐音くんから痛いくらいの視線と禍々しいオーラを背中に受け、その日は胃が痛くなるような一日を過ごした。
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