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恋をすること、落ちること
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***
待ちに待った…全然待ってないけど、な、
体育大会本番当日。
応援合戦に出て、その後の『起死回生デッドレース(二年競技)』(誰これ名前つけたの)の進行をするためにメガホン持って走り回って、
その次にある500メートルリレーに出なきゃとか、なんでかまだ出場者が決まってない組があってモメたりだとかでてんやわんや。
ようやく落ち着くことができたのは、昼近くになってからだった。
ていうかさ、俺…こんなに叫んだの初めてだ。みんな全然言うこときかないから声ガッラガラ。しんどい。
もー絶対委員とか引き受けない。
このまま本部のテントに戻ってもこき使われるのは目に見えてるし、かと言ってクラスの方に行っても休めそうにないからとりあえずグラウンドの周りをブラブラしてると、
応援席のわずかな隙間から、夏目先輩と美香先輩が手をつないで走っているのが目に入った。
チク、と何かが刺さったような痛みを体のどこかに感じる。
……いやいや、えーと、確か今の時間は…借り物競争だっけ。
ゴールを知らせるピストルの音が響いた後、すぐに放送席から声が飛んできた。
「一着は理数科二年、柚木くんです!
お題は…幼馴染み!だそうです。速かったですねー」
「なんだかお似合いなふたりでしたねー」なんてのん気な放送係のひと言で周りがどっと湧く。
ガキだ、とか柄にもなくイラついて、
本部テントの真横を素通りしそうになった時にやっと我に返った。
そういえば、先輩は…まだ、美香先輩のこと好きなのかな。
…何考えてんだ俺。
さっき先輩はあんなに楽しそうだったんだから、それが答えだ。
それが……つまり、好きって…ことで。
いやいやいやいや、だからおかしいって!
なんで俺こんなどん底な気分になるわけ?
ハア、ってため息ついたらありえないくらい心臓が痛くて吐くかと思った。
なんかここんとこ体調不良がハンパない。
考え事するとすぐ頭痛くなったり気持ち悪くなったり…俺こんなにか弱かったっけ。
「篠!」
「わっ!!?」
「お前探したんだぞどこ行ってたんだよバカ!」
えっ、えっ? 何、先輩!?
「仕方ないから美香借りることになってめんどくせえのなんのって…なんでお前携帯持ち歩いてねーの!? ホンット使えねーマジ何考えてんの!?」
「ぅわわわわわ」
背後から突然怒鳴られて肩揺さぶられたら三半規管おかしくなる、っていうかすでにおかしい、目ぇ回るって…先輩…!
なんかよくわかんないけど、借り物競争で俺を探してくれてたらしい。
「あそっか、俺も一応幼馴染みだからか」ってガッテンしたら持ってた(俺の)メガホンでしたたか頭を殴られた。
「イッ…!?
な、何も殴ることないでしょ!?」
「殴るね。むしろ末代まで呪うね」
「っていうか先輩のってただの八つ当たりだよねよくわかんないけどっ、イタッ!
ちょっ、言ってるそばから痛いって!」
「うるさいもっぱつ殴らせろ」
「もう軽く5回は殴ってるからね!?」
「あーあーあーあー」
「えっ何耳塞いでんの聞こえてるでしょ明らかに、あっ足で蹴るのもナシだって!
ごめんね、ごめんってば!」
「篠はあとなんのプログラムに出んの?」
一体全体どんな居た堪れない思いをしたのか知らないけど、
わりとボコボコにしちゃった俺を気づかってか、「湿布貼るから」って救護のテントに連行された。
ムダな湿布を使うくらいなら、殴るのやめればよかったのに…先輩は優しいんだか凶暴なんだかわかんないなあ。
手当てをしてくれる指先は優しいけど。
「篠?」
「えっ、あ、えーと…あとは対抗選抜リレーと騎馬戦です」
「メインだなどっちも」
「まあ…そうスね。先輩は?」
「俺はもう出ねえよ」
「ふうん…えっ」
あれ、今なんて言った!?
「もう出ないの!?」
思わずガタッと音を立てて椅子から立ち上がると、「座れって」とたしなめられた。
渋々座ると腕を引かれて、何事もなかったかのように手当てが続行される。
「俺先輩が走るとこ見たかったのになあ…」
「何、そーいうのも『憧れ』なワケ?」
「えっ?」
「なんでもねえよ。ハイ終わり」
最後にぺしっと腕を叩いて先輩は立ち上がった。
つられて俺も立ち上がってみるけど、ちょっと前の先輩の顔があんまり淋しそうだったから、
なんて言葉をかけたらいいのかわからない。
そうこうしてるウチに「じゃなー」ってどっか行っちゃうし。
ポツンとひとり取り残された俺の心境はといえばまさに見捨てられた子犬みたいな感じで(子犬見捨てたことないけど)、
なぜだか途方に暮れてしまった。
そーいう情けないような、転じて自暴自棄のような気分でリレーに出たら(バトン渡した後だけど)盛大にすっ転び、
騎馬戦に臨んだら勢い余って落馬しちゃうしで踏んだり蹴ったり、
気づけばあっちもこっちも(周りからドン引きされるくらい)血だらけだった。
不本意ながら松田に肩を借りて救護テントに出向くと、さっきとは打って変わって混雑してて…とてもじゃないけど今はみてもらえる状況じゃない。
…仕方ないな。
「俺その辺に転がってるから、松田先にクラスに戻んなよ」
「はあ? 何言ってんの。
お前結構ケガやばいって。柚木先輩に言ってきてやるからココで待ってて」
らしくなく気を配ったつもりだったのに、裏目に出ちゃったらしい。
一種の使命をその瞳に宿した松田は、ずんずん歩いて行ってしまった。
松田って…見かけによらずお節介だよなあ。
まあ、目の端とかも切ってるみたいで治療してもらいたいのはヤマヤマだから、ありがたいのはありがたいんだけど。
松田の後を視線で追うと、夏目先輩に辿り着いた。
俺と同じように騎馬戦で落馬した生徒の治療に当たってて、やっぱりというかなんというか忙しそう。
騎馬戦は上を脱いで半裸でやる競技だから、落ちたら背中とか腰とかも擦りむいて痛いんだよな、なんて、
治療を受けてる生徒の気持ちになってたら???絆創膏を貼る先輩の指に目が行った。
名前も知らない男子生徒の背中に手をあてて、「染みますよー」とか言って消毒して、
仕上げにそれを貼る先輩の指。
アレはさっき…二時間くらい前までは俺に湿布を貼るための指だったのに、
時間が経って見ず知らずの奴のために使われている。
なんでだろ。
なんでそれだけの事が、こんなに、
イライラするんだろ。
…いやいや、えっ?
俺おかしい。
先輩は救護係なんだから保健の先生の補佐っていうか、そりゃ人手が足りなかったら誰かに絆創膏くらい貼るっていうか。
頭の中ではちゃんと理解してるはずなのに、なかなか治療が終わんないのに腹を立てたり、松田が空気読んでタイミング見計らって俺のこと言い出せずにいるのを睨んだりとか、
俺に気づかない先輩に業腹って、ちょっとホントのほんとにおかしい。
汗か血かわかんないものが顔の横を伝ってくのを感じてたら、頭が沸騰するのがわかった。
あーやばい、絶対頭イってる。
あれだよ、日光に当たりすぎたんだと思うんだ。日射病、じゃなくて熱中症。多分。
水を飲めば冷静になれると思うんだ。
先輩の指がいつ誰のために使われるとか、気になんなくなると…思う、多分……。
『本当に?』
いつかみたいに聞き返した声は、聞き覚えのない自分の声のような気がした。
「は!? 落馬!? で今どこに居んの!?」「一応ここまでは連れて来たんですけど、混んでるからって…」「だからどこ!」「えっ、あ、あそこです。あの木の影の」「うわ血ィやべーな、センセー俺後輩看てくるからー!」
10メートルも離れてないのに、そのやりとりはずっと遠くに聞こえた。
こっちです、と案内する松田とそれに従う先輩が俺の方に走って来るのが見える。
松田は一刻も早く俺のケガを治さなきゃって先輩を連れてきてくれてるのに、
わかってるのに、
先輩の視界に入ってるのが許せないなんて…俺って底辺の人間かも。
この星から先輩と俺以外居なくなればいいなんて、人間失格かもしれない。
「篠っ」
慌てた様子でやって来た先輩は色々持ってて、テキパキ松田に指示したあと(「どっかから水汲んできて!」「えっ水!?」)、
慣れた手つきでガーゼを俺の額に当てた。
ああやっぱ、さっき垂れたのって血だったんだ?
俺今すっごい極悪人みたいな顔なんだろーな。
「も、なんなのお前、なんでこんな…っ」
消えて無くなりそうな声に、悪趣味だけど胸が高鳴る。
だからつい「先輩、俺のために指…使ってくれるんですね」なんて言ったら、「バカか」って一蹴されてしまった。
一蹴されて当然だ。
「俺気をつけろってあれほど言ったよな!?」
「え…そうでしたっけ? 覚えてないけど」
「言った! 言ってなくても…念じてた!」
「無茶苦茶だなあ…」
傷口全部にガーゼをあてる先輩の目にうっすら涙が溜まって見えたのは…光の加減かな。
ゼエゼエ走って戻ってきた(のろい)松田が汲んだ水で切ったり擦りむいたりした箇所をキレイにして、
やっと消毒、一通りベタベタ傷パッドを貼られて治療はひと段落した。
と、思ったら。
「えッ何せんぱ、いっ…いったあああ!?」
背中に容赦無く消毒液をぶっかけられて悲鳴に似た声が出た。
それのおかげか、頭の中にかかってたモヤが晴れてスッキリする。
なんだか夢でも見てた気分だ。
背中とか横腹は相変わらず超ジンジンするけど。
「お前背中から転けただろ、騎馬戦。
前より後ろのがひでえよ…どうやったらこんなことになんの?」
「ちょっ…痛っマジ痛い、なんか全然優しくない!」
「残念だったなこれが俺の最高のもてなしで」
「嘘でしょそれ、絶対なんか怒ってるでしょ!?」
だってなんか傷口叩いてるよねコットンみたいなので!?
堪えきれずに後ろを振り向くと、見間違いじゃない???涙目の先輩と目が合った。
うつむく瞬間、こぼれた雫も見てしまった。
「なんだよ急にこっち向くなよバカ。
あんまり痛そうだから、その、もらい泣きしたっていうか、心配したんだよ俺だってっ」
わざとじゃないかってほど聞き取りにくい声は、それでもちゃんと拾うことができた。
心、臓が、うるさい。
先輩って、こんなに…いつから目を奪うような、奪われちゃうようなひとになったんだっけ。
涙を手の甲で拭う仕草のひとつひとつが胸を締めつけるようで、視線を逸らすことができない。
同時に、俺の周りから一切の音が無くなって、6日前のことが走馬灯みたく頭を巡った。
あの時俺はなんて言おうと思った?
そうだ、確かあの時こう言おうと思ったんだ???
『好きだ』って。
なんで今そんなことを思い出したのかはわかんないけど、とりあえずそんなことはどーでもいい。
言おうと思ってた言葉を頭でリフレインする度警報みたいに鳴り響いた。
それと一緒に『ぼんっ』て音がするくらい、一気に体温が上がった気がする。
俺、あれっ、顔熱い…!
なになになにコレ、なんか変、
顔っていうか体熱いし泣きたいっていうか、
な、なん…なんだよこれ!?
めそめそする先輩がぶつぶつ「お前は危なっかしいんだから」とかって大きな絆創膏を引き続き貼る指が、
指が、肌に触って、
なんかすっげ…恥ずかしい…!!
恥ずかしすぎて俺まで泣きそう!!
どうすることもできなくて、治療の間中口元を手で覆って耐えた。
何にも知らない先輩は不審な俺を心配そうに「まだ痛む?」とか労わるし、
ごめん全っ然違うんだけどこうでもしないと俺なんか、ちょっと、先輩のことマトモに見られないっていうか…!
超今さらだけど俺このひとにキスとか、ハグとか、何やってんだろ!?
バカか!?
いやもう絶対バカなんだけど!!
「し、篠? お前顔真っ赤…熱でもあるんじゃ、」
ワアアアア!?
うるうるしたままこっちに手を伸ばさないでよ!?
「だ、だいじょぶ」って息絶え絶え辛うじて呟いて、脱兎のごとく、俺はその場を逃げ出した。
「篠!?」
先輩の声は嫌でも耳に残る。
ガーゼとか予備の包帯とか取りに行かされてた松田に呼び止められたり、クラスメイトに驚かれたりもしたけどそれどころじゃない。
俺先輩のこと、す…っ、うわあああもう考えるのでさえ無理だやばいどうしよう!
なんで俺普通に告白とかできたんだろ、
っていうか二人っきりとかもう無理だ、
二度と無理だ、日本語おかしいけど???
多分俺の息の根止まる!
何もかも忘れてひたすら走りまくったらいつの間にか家に着いてて、
だから考えるのを諦めてとりあえず玄関で意識を手放した。
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