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そもそもが、『男臭い』とでもいうべきところは全くない御方だった、と、ミズハは思う。
だからといって、女々しいとか女に見えるとか、そういうところもありはしなかった、とも思う。中性的、というのが一番近いだろうか。無性、ではなく中性。それが、三日月を言い表すのに一番近い言葉ではないか――いや。
一番近い言葉ではなかったか、と、ミズハは思う。
少なくともミズハは今まで三日月のことを一度も『雌』などと思ったことはなかったし、それは村の者達も全く同じ事であっただろうことは想像に難くない。
だが、今の三日月は――。
『雌』とは思わない。そんなふうにはさすがに見えない。――だが。
だが――あれは『孕む』ものだ、ということが、三日月を見ているとひしひしと感じられるようになった。ミズハは、そう思う自分をどこかひどく遠くで見つめる自分がいるということを感じながら、それでもやはり、そう思う。
三日月はきっと孕むだろう。そう、ひどく自然に感じている自分に、ミズハは恐怖に近い驚愕と戸惑いとを同時に感じる。
だが、それでもやはりなお、三日月を見るたびにミズハは、ああ、あの御方は竜の子を孕むのだ、と、思わずにはいられなかった。
「――餅みてえ」
あけっぴろげな、というか、ミズハ達人間のことなど端から特に気にも留めていない異国より来たりし若き紅竜が、境内を掃除するミズハなどには全くお構いなしに、楽しげに三日月のほったりとした白い頬をつまみながらそう言った。
三日月様は、最近少しふくよかになられたようだ、と、ミズハは思う。もともとが、蛇の化身であることからすればなんの不思議もないことだが、三日月はほっそりとした華奢な体格で、たおやか、だの、なよやか、だのいう言葉がいかにも似あう姿形をしていた。
だが、今の三日月は――肥満体、というわけではもちろんない。だが、いみじくも最前暁丸が言ったように、今現在ミズハの目に移る三日月は、いかにもふっくらと、ほったりと、そしてぽってりとした今まではなかった充実感のようなものをその身に備え、まさにつきたての餅のようにやわやわと、そして、あえて言うなら非常に『美味しそう』な姿で、暁丸にその頬をムニムニとつままれながら、はにかんだように、だがそれ以上に幸せそうに、おっとりにこにこ笑っていた。
「少し、太ったからね」
「俺がたっぷり食べさせたからだな!」
三日月の言葉に、暁丸は得意げに胸を張った。村の者達は最近、人間の少年の姿で野山を駆け巡って禽獣を狩る暁丸の姿を頻々と目にする。竜の姿で狩りをすると、獲物を狩り過ぎてしまうし、それに、山そのものも傷つけてしまう恐れがあるから、私のために狩りをしてくれるのなら、どうか、人間の姿で狩りをしてくれないか、と、暁丸に頼んだら、その通りにしてくれたんだよ。暁丸は、とても優しい竜だからね、と、三日月はミズハをはじめとする村の者達に、うれしそうに、かつまたどこか誇らしげにそう説明したものだった。
それは、暁丸が優しいというよりも、ただ単に暁丸が三日月に惚れている、その惚れた弱みというものだろう、と、ミズハをはじめとする村の者達は皆そう思ったのだが、ほこほこと幸せそうに笑っている三日月にあえて異を唱えることもあるまいと、これまた皆がそう思ったため、三日月の言葉に反論しようとする者は誰もいなかった。
「そうだね、うん、君のおかげだね、暁丸。それに――」
三日月は、ミズハのほうを見てにっこりと笑った。
「それにもちろん、村のみんなのおかげだね」
「三日月様のためならお安い御用です」
ミズハは深々と一礼した。遠慮がちで控えめなこの白蛇神は、村のみんなの負担が増えるようなことはして欲しくない、と、お供え物の増量に難色を示したりもしたのだが、若神様の御誕生は、村のためにもなることですから、という村の者達の言葉に半ば押し切られた形で、質量ともによりいっそう充実した、村の者達からの心づくしのお供え物を、いつもうれしそうな満面の笑みと共に受け取ってくれていた。
ミズハなどは、『若神様の御誕生は、村のためにもなることですから』という、うがった見方をすれば三日月と暁丸の間に生まれる子供の将来を、この村に縛りつけることをすでに決めているかのような発言は、三日月はともかくとして暁丸のほうは下手をすれば難色を、最悪怒りを表すのではないかと危惧していたのだが、暁丸は、三日月に無事健やかな子供を産んでもらうためには全身全霊を捧げるという意図をはっきり表明しつつも、生まれた子供の将来のことについては、今のところどうやらそれほど強い関心はないらしく、三日月と村の者達とのそう言ったやりとりも、どこかきょとんとした顔で平然と聞き流していた。
「餅は、俺、つくれねえしな」
唐突に、暁丸にそう声をかけられ、ミズハはわずかに動揺した。三日月や暁丸の力のほどが『見えて』しまうミズハにとっては、暁丸はいまだに、畏怖と恐怖の対象であった。
もちろん、感じているのが畏怖と恐怖だけでないということも、ミズハは自分でよくよくわかってはいたのだが。
「だから、うん、餅ありがとな!」
「あ、ええと、その、は、はい、ど、どういたしまして」
ミズハはわずかに上ずった声でそうこたえた。どうも、暁丸には、三日月の好物は餅、という概念が強烈に刷り込まれてしまっているらしく、村の者達がお供え物の中に餅を入れておくと、それを目ざとく見つけた暁丸が三日月以上のにこにこ顔で、いそいそとその餅を三日月のところに持っていく、という微笑ましい光景を、ミズハも何度か目にしていた。
「やっぱ、餅みてえ」
再び三日月丸のそのほたほたとやわらかい白い頬をつまみながら、暁丸は機嫌よくそう言った。
「……もう、そろそろ大丈夫そうだよ、暁丸」
不意に。
静かな笑みを浮かべ、静かにそう告げる三日月の言葉と。
「そうか。うん、確かにそろそろ大丈夫そうだな」
不敵な笑みを浮かべ、傲然とうなずく暁丸のその姿に。
「…………」
ミズハはわけもなく――いや。
その『わけ』を、言葉として意識することを、認識することを、心のどこかでわずかに拒みながら、一人黙って、頬をうっすら赤く染めた。
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