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浮気されたわけでは、なかった。
ホッとしたのも束の間。
何を思ったのか、桐島さんが本宮くんの背中をガシッと蹴った。
えっ?と思う間も無く、グイっと背中を押されて、桐島さんが僕の背後に隠れる。
「てめぇ、何すんだよ!?」
目を覚まし振り向いた本宮くんは、当たり前だが怒っていて。
「ぇっ?…ぁっ…ごめん……」
僕が蹴ったわけではないけれど、咄嗟に謝る。
熱でぼやっとしていた本宮くんの瞳が、漸く僕を捉えて。
「えっ?将吾さん!?」
驚きに目を見開くと同時に、本宮くんが咳き込んで蹲る。
ゼーゼーと苦しそうに、肩で息をする本宮くん。
堪らず、その肩を抱き寄せて背中を擦る。
「大丈夫?」
その問い掛けへの返事はなく、代わりに別の質問が投げ掛けられる。
「将吾さん、何でここにいるの?」
そうだよね。
約束はキャンセルされてるのに、図々しく上がり込んで、折角寝てたのに迷惑だよね。
「あ、ごめ…」
また謝ろうとした僕より先に、本宮くんが桐島さんに気付いて。
「久弥、てめー今蹴っただろ?」
ギロリと桐島さんを睨み、「あー、やっぱり知り合いだったか」と落胆しつつ、本宮くんが僕を胸に抱き寄せる。
あ、やっぱり身体が熱い。
いや、そうじゃなくて…!
桐島さんの前で、こんな格好…!
慌てて拘束を解こうと試みるが、二人は僕をそっちのけで会話を続ける。
「知らねーよ、気のせいだろ」
「こっちは病人だぞ?」
気のせいだろうか、二人とも口が悪いのは。
「いいのか?
風間くんにうつるぞ?」
「あ、将吾さん、ごめんなさい。
うつっちゃうと悪いから、近寄らない方がいいですよ」
本宮くんの手が頬をスルッと撫でて、離れる。
あ、いつもの本宮くんだ。
名残惜しいけれど、ゆっくりとソファに移動した。
桐島さんは僕の隣に座ると、相変わらず本宮くんに悪態をつく。
「お前、人のこと呼び出しておいて。
オレはうつってもいいのかよ」
「当たり前だろ。
久弥が寝込んでも痛くも痒くもないけど、将吾さんが風邪引いたら可哀想じゃん」
「ひでぇ」
そう言いつつも、桐島さんはケラケラと可笑しそうに笑っている。
よく分からないけれど、二人はかなり仲がいいようだ。
取り敢えず、最悪の結末では無かったようで、ホッと息を吐く。
「将吾さん!?どうしたの?」
慌ただしく呼び掛けられ、きょとんと本宮くんを見詰める。
どうやら、僕は自覚以上に緊張していたらしい。
そして、本宮くんの様子に張りつめていたものがプツンと切れて、いつの間にか大粒の涙が頬を伝っていた。
「ごめっ…。安心…したら…なんか…。
どうしよ…、止まんなっ…」
なかなか涙が止まらない僕を、本宮くんは「風邪うつったらごめんね」と言いつつ抱き締めてくれて。
桐島さんが暖かいココアを淹れてくれて。
二人の温かさに、余計に涙が零れた。
「あの…、二人は、どういう…?」
漸く涙が治まったところで、最大の疑問をぶつける。
「あー…」
「風間くんが勘違いしたような関係じゃないよ」
口ごもる本宮くんに代わって、桐島さんが笑顔でそう言うけれど、それって答えになっていない。
しかし、本宮くんは僕よりも桐島さんの言葉に引っ掛かったようで。
「勘違い?」
低い声で呟き、桐島さんを睨みつける。
「オレは何もしてないよ。
お前が不安にさせたんだろ?」
「あの…桐島さん、違うんです!
僕が勝手に…」
「風間くん、ストップ。
それは柳の風邪が治ったら、二人でちゃんと話しなよ。
取り敢えず、“オレと柳が何で知り合いか?”だよね」
「はい」
桐島さんに制されて、コクリと頷く。
「柳、話してもいいか?」
「久弥たちがいいなら、俺はその方が助かる」
言って、本宮くんがベッドにバフッと横たわる。
荒い息をして目を伏せてはいるが、きちんと耳だけは傾けてくれているようだ。
具合が悪いのに無理をさせてしまい申し訳ないが、ここで話を終わるのも出来ず、桐島さんの言葉を待つ。
“たち”ってどういうことだろう。
本宮くんと桐島さんだけの関係では、ないのだろうか。
「風間くん、柳が独り暮らしする切っ掛けは聞いてる?」
「はい、本宮くんのお父さんが、彼女と暮らすって…」
質問に答えると、何故か桐島さんはクスクスと笑っている。
「俺は“彼女”とは言ってねぇからな」
うっすらと目を開き、本宮くんが笑う桐島さんを睨む。
そう言われれば、“彼女”ではなく“恋人”という表現だったかもしれないが、それはイコールではないのだろうか。
そこまで考えて、はたと思い当たる。
僕の恋人は、本宮くん。
僕は男だけれど、恋人は彼氏で……。
まさか……。
「彼女じゃなくて、彼氏ね。
ウチの部長の本宮樹、知らない?
柳の父親で、オレの恋人」
からかうように桐島さんが説明してくれるが、あまりに突飛な展開に、頭が付いていかない。
「え…?かれ…?もと…?お父…?」
もう、全てが言葉にならなくて、盛大にどもってしまう。
本宮くんのお父さんが、本宮部長で、桐島さんの彼氏!?
「風間くんはあんまり会ったこと無いかな。
見た目、そっくりだよ」
桐島さんは、相変わらず綺麗な顔で可笑しそうに笑っている。
そっくりと言われても…。
僕が本社に来た時には本宮部長は支部にいて。
半年ほど前に本社に戻ってきたが、支店を忙しく飛び回ってらっしゃって、僕なんかがそうそうお会いできるような立場の人ではなくて。
遠目から見かけたことはあるって程度だけど、そう言われれば、似てる、かも。
そんなに珍しい名字じゃないから、最初からそんな発想がなかった。
「ちなみに、オレが呼ばれたのは、“将吾さんにうつしたくない”と“将吾さんに格好悪いとこ見られたくない”って理由らしいよ。
合鍵は、朝寄ったときに借りただけ。
明日も寄るつもりだったから借りっぱなしだったけど、風間くんに渡しておくね」
そう言って、桐島さんの手からこの部屋の合鍵を渡される。
けれど、折角だったら、本宮くんから渡されたかったな。
「そうだったんですか…」
大切にされていることは素直に嬉しいが、頼ってもらえないことは少し寂しい。
複雑な気持ちで、手の中の合鍵をギュッと握り締める。
「さて、柳の熱も上がってきたっぽいし、今日はこの辺にしておこうか。
風間くん、心配だと思うけど、今日は帰ろう。
たぶん、風間くんにうつったりしたら、柳が本気でへこむから。
それに、風間くんに休まれたら、会社も困るしね。
明日は金曜だし、看病したいなら明日にしてね」
本宮くんはいつのまにか寝ていて、額にはびっしょりと汗をかいていた。
冷やしたタオルでそっと額を拭くと、苦しそうな本宮くんの表情が、ふわっと和らいだ。
まだ、根本は解決していなかったけれど、今日のところは桐島さんの言うことを聞いておこう。
ホントは心配で仕方ないけど、本宮くんに気を使わせるのも、具合が悪いのに“勘違い”の件を気にさせるのも、本望じゃない。
僕たちの気配を感じたのだろうか、本宮くんがまたうっすらと目を開けて。
「将吾さん、ごめんね、後でちゃんと話そう。
久弥、将吾さんのこと、オヤジには絶対に言うなよ」
そう言って、再び目を閉じた。
僕への言葉よりも、桐島さんへの言葉だけが、頭をぐるぐるとまわる。
確かに男同士だし、そうそう言えるような関係ではないけれど。
本宮部長も男である桐島さんと付き合っているのに、“絶対に言うなよ”って。
やっぱり、僕では紹介も出来ないのだろうか。
それとも、親に言うほどに真剣な付き合いではないのだろうか。
またしても、不安が心を埋め尽くす。
桐島さんと二人で部屋を後にし、部屋の鍵は僕が掛けた。
もう一度、合鍵をギュッと握り締める。
こんな些細なことだけが、今の僕には唯一の安心材料だった。
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