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Ⅰ-1
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バイト中のコンビニでその客を見た時、どこかで見た顔だな、と何となく思った。
けど、どこで会ったのか全く思い出せねぇ。こんな目立つヤツ、一度会ったら忘れそうにねーんだけど。
前にも来店したのかな?
店内をうろつく、ふわふわ頭をじっと見る。
そいつはさっきから、デザートコーナーとスナックコーナーとを、行ったり来たり、行ったり来たり、行ったり来たりして、考え込んでいた。
「何でもいーから、早く買え」、なんて客に向かって言えねーけど。でも、気になる。
大体、目立つんだ。
コンビニで、うろうろうろうろする自体目立つし、背が高いもんだから、棚から頭が丸見えだし。
けど、それだけじゃなくて……なんつーか、人目を引くっつーか。つい見ちまう、っつーか。とにかく、妙に気になるヤツだった。
来店から20分、さんざん迷った挙句、そいつがレジに持って来たのは、季節限定のイチゴプリンだった。
プリンの上に、生クリームとイチゴが乗ってるやつ。
「いらっしゃいませー。ありがとうございます」
オレは、そいつの持って来たプリンに、ピッとバーコードリーダーを当てながら、さり気なく顔を見た。
そしたら、意外に童顔だったんで、びっくりした。
胸元が大きくVの字に開いたサマーニット。細い首に、長めの黒いペンダント。
ペンダントトップは、きれいな胸筋の間に落ち、ニットから見え隠れしてて、なんつーかエロい。
なのに、目の前でうつむいてる顔は、高校生くらいに見える。
何だろうな? 服装のイメージと顔にギャップがあんのに、ちぐはぐな感じがしねーのは……着こなしのせい、か? まあ、オレはあんま服とか詳しくねーけどさ。
「198円になります。おしぼりとスプーンお付けしますか?」
一番小さいレジ袋にプリンを入れながら訊くと、そいつは「……え? ええ?」と言いながら、パッと顔を上げた。
うわ、目ぇでかっ。まつ毛長っ。
オレの感動をよそに、目の前の客はパシパシ数回まばたきして、オレの顔と、プリンと、レジの会計画面とに、キョロキョロ視線を移してる。
オレの言うこと、聞いてなかったんか? 聞いてなかんたんだろな。まあ、客にいちいちキレてても仕方ねぇ。
「198円、です」
オレはそいつの顔を見ながら、意識してハッキリ発音してやった。
「あっ、はい」
そいつはちょっと慌てたように、スラックスのポケットから財布を出した。
顔に似合わねぇ、真っ黒でシックな財布だ。ブランドものか? EとAのロゴの真ん中に、鷲だか鷹だかのマークがついてる。
ちゃりん、と200円出されたのを見て、オレは手早くレジを操作し、またハッキリ言った。
「200円からお預かりします。2円のおつりです。おしぼりとスプーンは、お付けしますか?」
すると、そいつは釣銭を財布に入れながら、手元とプリンとオレの顔とを、戸惑ったように見比べた。
「え、と……」
って。何でそこで口ごもるんだ。おしぼりとスプーンがいるかいらねーか、ってそんな難しい質問か?
内心ため息をついた時、後ろに他の客が並んだ。
もう一人のバイトは、今、ドリンクストッカーの裏だ。レジにいんのはオレ1人。
オレはもう返事を待たず、プリンと一緒に、おしぼりとプラのスプーンを勝手に入れた。取っ手をくるんと巻いて、「ありがとうございました!」と差し出してやれば、これで接客終了だ。
「はい、次の方どうぞー。いらっしゃいませ、ありがとうございます……」
オレが他の客の接客を強引に始めると、そいつは、スッと一歩下がって――そして、言った。
「ありがとう」
「……えっ?」
思わず手を止めて、前を見る。
けど、そこにさっきの童顔な客はもういなくて、入口の自動ドアがガーッと閉まったとこだった。
別に、客から「ありがとう」って言われることは、珍しくねぇ。
コンビニにはいろんな人間が来るし。
けど、あの客のことが1日経っても忘れらんねぇのは、最後に顔を見そびれたせいか? ありがとうって……あいつ、どんな顔で言ったんかな?
大学の教室で、はあ、とため息をついてると、横に座ってた水谷が、身を乗り出してきた。
「おおー、ため息? 亮も恋の季節かぁ?」
「はあ? お前と一緒にすんな」
水谷の読んでた雑誌を奪い、丸めたそれで、ポカンと殴る。
こいつとは、高校からの腐れ縁だ。色々気ぃ遣わなくていーし、何だかんだ話しやすいし、いいヤツだとは思うんだが、たまにウザい。
「痛ぁ。ヒドォ~」
「うるせーな、痛ぇ訳ねーだろ、こんな雑誌」
ホントにダメージ与えてーなら、目の前の分厚い専門書で殴ってやるっつの。
男性用ファッション雑誌なんか見て、まったく何が面白いんだか。こんなの参考に服選んだって、モデルと同じになれる訳ねぇだろうに。
けど。
その雑誌をバサッと水谷の方に放って――裏表紙を見た途端、えっ、と思った。
「ちょっ……」
水谷の手からもっかい奪い、裏表紙の広告を凝視する。
黒とワインレッドの背景。上半身裸の青年が、髪を掻き上げてこっちを見てる。
白い身体は筋肉質で、細く引き締まってた。
ムダな肉も、ムダな毛も、何も無いキレイな裸。
その白い腕には、白い肌に似つかわしくなさそうな、ゴツイ黒の時計がはまってる。
時計をはめた手で、髪を掻き上げてるその仕草。挑戦的なその顔。目つき。何より、ゴツイ腕時計と白い体、甘い顔立ちとのギャップが、なんつーか……。
「エロ格好いいよねぇ」
水谷の声に、ハッと顔を上げる。
「え?」
訊き返すと、水谷は雑誌の裏表紙を指差した。
「その広告だよ。駅とか、ビルとかによく貼ってあんじゃん。電車やバスの中吊りにも見かけるし」
「あー……」
そうか、と思った。
広告のモデルの顔をじっと見る。
どっかで見たと思ったハズだ。見覚えはあんのに、どこで会ったのか思い出せねぇのは、初対面だったからなんだ。
雑誌の裏表紙で、白い裸身をさらしているのは――昨日のプリンの客だった。
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