アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
24
-
「藤川、ここに座れ。」
姿見の前に椅子をおいて、座らせる。ペール用のでかいビニール袋の隅を切って、
そこから頭が出るようにかぶせた。
「丈さん、これ・・・。」
「前に言ってたろ。髪、切ってやるって。」
彼の後ろに立って、鏡に映る藤川の顔を、まっすぐ見ながら言った。
忘れてたのは内緒だ。
「またえらい、急ですね・・・。」
とまどいながらも少し嬉しそうな藤川の括った髪をほどいて櫛でとかす。
「うん。俺さ、実家戻ることにしたんだ。だから帰る前に。」
「えっ?」
驚いて振り返る肩を、両手で押さえて前を向かせる。霧吹きで髪を濡らした。
烏の濡れ羽いろに光る髪の中に指をいれてなでた。
彼の体温が指先に伝わって来て、少し胸がきしんだ。
また俺のほうに振り向こうとする頭をゆっくり押さえて前を向かせ、
腰をかがめて藤川と顔の高さをあわせると、鏡のなかで見つめ合った。
「俺、病気なんだって。」 静かに告げる。
「え・?・・。」
「すぐに治療しないと、今度の桜が見れないんだってさ。・・・
さ。切るぞ。動くなよ。」
「・・・・・。」
「バイトしながら役者、病気になんかなったら一発アウトだよな。
医療費どころか家賃も払えないよ。」
長く伸びた襟足の髪を、一束づつ指ですくって、ハサミの先だけでつまみとるように
切っていく。
ハサミと、髪だけを見ながら、相手の相づちなんか期待しないで一人でしゃべった。
そうしていないと心が折れそうだった。
「俺、役者になるって大見栄きって家出てきたのにさ、
親父に頭下げてまた世話になんなきゃだよ。」
「・・・・・。」
「どの面下げて帰るんだよ・・・って思ったけど、もうそれしか思いつかないし。」
「・・・・・。」
「テレビの仕事も入ってきて、これからって感じだったのにな。ついてないよ。」
「・・・・・。」
「主宰は、戻ってくるの待ってるって言ってくれたけど、無理っぽいよな。」
「・・・・・。」
「お前のことももっと見てやりたかったけどな。 お前、俺がいなくても頑張れ・・・。」
パタ。
パタ。パタ。
ハサミの音に混じって、妙な音がする、と思ってふと前を見た。
ビニール袋に、藤川の涙が落ちる音だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
24 / 47