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未来(さき)のことを考えてもいいのだと、自分で思えるようになるまで、何年かかっただろうか。
それはとても嬉しかったけれど、新たなとまどいを俺にもたらした。
京都に戻りたい気持ちもあった。なにより会いたい人がいた。
けれど健康不安を抱えて役者に戻るのも憚られたし、
ここ数年で衰えを見せ始めた両親も気がかりだった。
ふたりとも、ずいぶん白髪が増えたし、ひと腰落ちた。
俺のせいだと思った。どれだけ心配をかけたか。どれほど心労を増やしたか。
そんなある日、親父が所用で出かけることになり、替わりに俺が店番をすることになった。
文房具屋だから、常に客であふれかえっているわけではない。
退屈しのぎに帳場の棚に並んでいる、文具メーカーのカタログを取り出して
眺めたりしていたが、ふと無地の背表紙のクリアファイルを見つけた。
なんだ?と思って引き出して、中を見て驚いた。
俺の所属していた劇団の、舞台のフライヤーが、上演順にファイリングされていた。
俺が家を飛び出したころから、病を得て戻って来るまでのあいだのものが、全てだ。
懐かしさに胸をしめつけられながらも、なんでこんなものがここに?と訝った。
ページを繰っていくと、そのタイトルを演じたときの情景が鮮明に脳裏に蘇る。
ふと、フライヤーの後ろに、まだなにか入っているのに気付いた。
取り出してみると、チケットの半券だった。
心臓が跳ねた。
ついさっき思い浮かべた舞台。
いちばん後ろの、目立たない席に、親父のいる光景が浮かんだ。
「観に来てた・・・・?」まさか。・・・でも。
俺はそっと、半券をファイルに戻し、ファイルも棚に元通りに戻した。
お客さんが来なくて本当によかった。しばらく涙が止まらなかったんだから。
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