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前進
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思わず口に出したのは香奈子の名だった。
それは、貴仁が、今、決断しようとしている事を報告したかったからなのかもしれない。
例えば、10年以上前。
あの頃に香奈子という存在が居なかったならば、
もう少し早く、この想いと真剣に向き合って居たのだろうか?
──否、弱い自分はきっと変わらず知らんぷりをしていたのだろう。
知っているつもりで、異世界のファンタジー程度の理解しかしていなかった。
知る事を放棄していたに等しい、同性愛というセクシャリティ。
それを、正確な言葉で呼び、知る事の大切さ。
無知という名の鋭利な刃。
……もとい、無知がいけないのではない。
おそらくは、知ったつもりで、理解する気のない「意識」の方が、
余程、鋭利であると改めよう。
それらを思い直す事が出来たとしても、
なおも向き合えずに知らんぷりをしていた貴仁が、
一番強く感じているのは、
何に対してなのかなど、とうに解らなくなっている恐怖と不安だ。
恐怖などという言い方をしたならば、
聞こえが悪いと思う。
思うのだが、残念ながらそれが一番近い表現なのだろう。
怖い。怖くないだなんて、嘘にも言えないくらいには怖いのだ。
それは同性を愛するという事だけに対してではなく、
自分が、知らなかった事を認めていく自分。と戦う事が怖いのだ。
【好きか、嫌いか。】結局はそれだけのシンプルな事で有るのは確かだ。
確かだけれど、男の自分が、
【男である自分の事を愛していると言う男】
を愛して行くというのは、また別の問題だ。
だが、今の貴仁の頭からはこんな理論は少しだけ陰を潜めていただろう。
何故なら、今、貴仁はまさに先に伝えた、
シンプルな「好きか、嫌いか。」だけで動いているからだ。
それは、
目の前で座って寝息をたてている、
その男の手を。
一度は「気持ちが悪い」と払いのけたその手を
触れたいと、繋ぎたいと、思ったのだ。
そして、それを行動に移す事に成功したのだ。
貴仁の手は、龍希の手の上にそっと乗せられた。
決してそれは、気持ちの悪い手ではなかった。
貴仁自ら、触れたいと思い、触れてみたものだった。
まだまだ解らない想いは沢山あった。
けれど、この龍希という男の笑顔をまた見れるのなら。
それを作り出せるのが、自分だったのなら……
「………それは、嬉しいなって思うんだよ。いいよな?香奈子、いいんだよな。俺。」
呟いた言葉になのか、重ねられたその手になのか。
ともかく、それらに龍希が、気がつくのに
そう長い時間はかからなかった。
目を覚ました龍希は、手の温もりに
何をどう理解していいのかを計りかねるのだった。
目の前にある重ねられた手を知る脳と、
その温もりを感じている神経と。
すぐに真っ直ぐ伝わる筈の伝達が、バラバラになってしまい、
理解をする事はしばし、難しい事に感じた。
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