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august.7.2017 衛のリベンジ
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今日はリベンジの日と決めて頭の中でプランを散々練り上げた。何のプラン?俺が組み立てるとすれば理が対象に決まっている。そして生きがいになっている「美味しい」をもらうためのプランニングに今回はリベンジ要素が加わっているから、いつもより気合が入っている。
定休日の決まり事をサクサクこなし、14:00を過ぎればワインの時間が始まる。理は今日何度も俺を見て不思議そうな顔をしていた。休みの日は起き抜けに台所に立つことも珍しくないし、掃除や洗濯の合間に台所に行く。今日に限ってそれがないから、理が色々考えているらしいことが窺える。
「もしかして今日は出かけるとか?」
「いや、いつもどおり俺が作る」
「でも今日何もしてないよね」
「すぐできるからな」
「珍しいね、衛が簡単料理なんてさ」
簡単?下ごしらえが要らないだけで、簡単ではない!
「そろそろ用意するよ」
「じゃあ俺はワインの物色をする。今日は何にしようかな」
ダンボールの箱に無造作に入れられたワインのボトル。ワインセラーがあればいいが、札幌の気温なら夏場以外は問題ない。夏場といってもトータルすれば1ケ月にも満たないし、真夏日はそのうちの何日かでしかない(今年は少々暑かったが)
当分ダンボールスタイルで問題ない。そのうち二人が欲しいと思える日がくれば買えばいい。
さあ、今日の料理に取り掛かるか!
まずは約1キロの丸鶏を解体する。もも、手羽、胸、ササミを切り分ける。ももは関節でふたつに分けた。胸もそれぞれを二枚に切り分ける。あばら骨の部位はキッチン鋏で適当な大きさにカット。骨付き肉を圧力鍋で調理すると血が騒ぐくらい俺は煮込みが好きだ。
肉に塩胡椒をしてフライパンで焼く。まずは皮目からだ。火を通すのではなく、焼き色をつけて香ばしさを風味にプラスする。アミノカルボニル万歳!
焼き色がついたら圧力鍋に移す。肉があちこち顔を出す浅めの水と大1のスキムミルク、ローリエをいれて蓋をし加圧開始(スキムミルクは鶏の臭み消しになるからおすすめ)
蒸気が上がり始めてから……今日の鶏の量なら8分でいいだろう。骨を持ったら肉がポロっとはがれるくらいのホロホロを目指す。
「ええ?今から圧力鍋?」
「冷蔵庫にディップとゆで卵のサラダが入っているぞ。ローズマリーのクラッカーがまだあったはずだ」
「お、サンキュー」
理は冷蔵庫に急いで向かい目当ての皿を手に持ってさっさとリビングに行ってしまった。興味がないせいか並んで立つことがない俺達。そして圧力鍋がさかんに蒸気を上げている時は台所にも居たくない、それが理だ。
加圧している間に鶏を焼いたフライパンで乱切りのナスを焼く。後で煮込むので、火を通す必要はなく、フライパンに残った鶏の旨味を吸わせるのが目的だ。
ココナッツミルクをあけてフライパンに移す。フライパンは少し深めが使いやすい。二人分の軽い煮込みもできるし、パスタとソースを絡める時も飛び散らない。おっとバイマックルを入れ忘れるところだった。匂いを嗅いでみると成程ローリエとは別物で柑橘系の香り。コブミカンの葉らしく、袋には「ライムリーフ」と印刷されていた。
圧力鍋のピンが落ちたら蓋を外す。狙った通りの仕上がり!トングで崩さないようフライパンに移す。圧力鍋のスープを味見すると鶏の旨味がたっぷりのいい具合。これもフライパンに移す。
ここで加えるのはジェノバソース。バジル+松の実+パルメジャーノ+ニンニク+塩+オリーブオイルをミキサーでソースにしたものでパスタソースにしたり、魚介のソテーのソースに使う。グリーンカレーのペーストはバジルの風味がしたから、ジェノバソースを使えないかと閃いた。辛い刺激的な味もいいが、やんわりまるいココナッツとホロホロの鶏は相性がいいはずだ。アクセントとしてジェノバソースを使えば見た目はグリーンカレーに似ていても別物ができるはず。その思い付きを今せっせと形にしている。
絶対成功させてやる!
付け合わせの野菜をカット。緑色のズッキーニ、さやいんげん、オクラ、パプリカ。さやいんげん以外は素揚げ。さやいんげんは茹でてから筋目に添って半分に割る。手間はかかるが食感がよくなり歯ざわりもいいからスープによく絡むだろう。茹でた湯に玉子を入れてゆで卵にする。サラダも玉子だったな……食べすぎか?(いいことにしよう、今更だ)
味付けは砂糖と塩。砂糖は甘みではなくコクだしとしての役割。本場の砂糖を取り寄せるのはやめた。これは俺のオリジナルレシピだから日本の砂糖で充分。醤油ではなくナンプラーをいれて最終調整。いい具合のコクがでたし、初めて作ったにしてはなかなかの出来だと自画自賛。バジルが褐変すると覚悟していたのに、綺麗なグリーンが保たれている。グリーンピースのポタージュくらいの綺麗な緑。食欲を刺激するのは見た目と香りだから、これを両方クリアしている。
深皿に鶏と茄子、スープを盛り、揚げ野菜とさやいんげん、ゆで卵を飾る。うむ……改良の余地はあるだろうが第一作としては合格点。
「できたぞ」
理はワインとテーブルの用意をするが一人で先に食べていることはない。ちゃんと座って待っている。乾杯するまでワインも飲まないし、こういう律儀さに俺は嬉しい気持ちになるーー単純。
「おわ!なんだかいつもと違う香りがする。ええ?グリーンカレー?」
「食べてからのお楽しみ」
「よし、じゃあさっそく乾杯&いただきますしようぜ」
ここからは二人で食事を楽しむ時間が始まる。
「うわ!なんか美味しいよこれ。グリンカレーも美味しかったけど辛かったし、汗がでた。でもこれはしないね。優しくふんわりだ。へええ~~~」
理は「お~」「ほ~」「旨い!」を織り交ぜながらパクパク食べている。よかった口に合ったらしい。見た目はグリーンカレー。しかしこれは鶏肉のココナッツミルク煮といったほうがいい。ジェノバソースがいい働きでエスニックに転びすぎない仕上がりになった。何より色が綺麗なのがポイント。
「この料理、名前ついてんの?」
「いや、つけてない。鶏肉のココナッツミルク煮……かな」
理は納得しないのか、口をヘの字にした。
「だってこれ肉がホロホロだぞ?そんな簡単なネーミングはダメだな。う~ん……お!シチューにしよう」
「シチュー?」
「俺の大好きな茶色のシチュー、バレンタインの白いシチュー、これは緑のシチュー!!」
「緑のシチューって……ココナッツミルク煮のほうが伝わりそうだぞ」
「いいんだよ伝わらなくて。でも俺と衛には「シチュー」ってちょっと特別感あるだろ?茶色と白、そして緑。なんかSABUROの内装のカラートーンと同じっていうのがなんだかな~だけど。いいじゃないか、俺達のシチュー3つめが誕生ってことにしようよ」
俺達のシチューか。理の為に作っているし、二人にとってシチューは大事な一皿だ。それに緑が加わってもいい。
「じゃあ、緑のシチューにしよう。食べたくなったら言ってくれ、時間かからずにできるから」
理は頷いたあと可笑しそうに笑った。何か笑われるようなこと言っただろうか。
「すごいな、料理人の対抗意識。トアのグリーンカレーに触発された?」
「トア相手ならここまで意地にならないが……村崎がちょこちょこ口出ししただろ?絶対リベンジしてやろうって。今に始まったことじゃないが、お互い様だ」
「でもそうやって競い合うからお互いレベルアップできるってことじゃないか。ミックスアップは一人では無理だからね」
頭でわかっていても、やはり先を越されると面白くない。絶対次は俺が!と思ってしまうのは仕方がないことだと諦めている。
「でも「負けた」って諦めるわけじゃないだろ?だからいいことなんだよ」
「「負け」とは違う、時々「先を越される」だけだ」
理はフフフと笑う。その目は優しかった。
「俺もね、充さんの仕事やアイディアを見せつけられると「敵わない」とは思う。でもね「負けた」なんて一度も思ったことがないよ。そういうことだよね。常に上をみていないと進歩はないってこと。そして自分の限界を自分で定めたら落ちていくしかない」
「……そうだな。会社に居た頃から一貫してるよ、理は」
「そんなことないよ、甘ちゃんだったなって時々思い出して笑いたくなる。「仲良し飯塚と何をするんだ?シェフの料理を運んでその先何がある?何を目的にしているんだ?みたいなことを充さんに言われて何も言えなくってさ~
今となっては懐かしいけど」
「敵わないと思ったとしても、それは負けではない……か」
「そういうこと。衛の負けたわけじゃない、先を越されただけっていうのと一緒」
「俺達は負けず嫌いだってことだな」
「そう、誰よりもね。だから俺達は気が合うんだし、退屈しない」
本当だな。退屈とは無縁の毎日だ。楽しいが常に「できること」を探すことで俺達は少しずつ進歩している。
「コツコツ積み重ねるよ。この緑のシチューだって第一作目だ。絶対改良できる箇所があるはず」
「さすが衛」
理はクラッカーに伸ばした手を引っ込めた。バジルとローズマリーだと香りが喧嘩するな。違うものを用意するか。
「衛、麺が合いそうだな」
「これに入れる麺?カッペリーニはイマイチな気がする。素麺にするか?」
「俺もちょっと閃いたよ。これフォーと相性よさそうじゃない?」
フォー……その手があったか!
「あははは、そんな悔しい顔するなよ。俺の為に作ってくれたんだろ?閃きというよりはリクエストだしね。それに……」
「それに?」
「俺はね、衛の料理をさらに美味しく食べる為には?を生み出す天才なんだよ。食べる天才!作る衛と食べる俺。ベストマッチ!」
クリエイターが女優やの創作意欲を刺激する存在をミューズに例える。まさに俺にとっては理がその役割を果たし「美味しい」という言葉と笑顔によってエネルギーを得る。
ベストマッチか。
「じゃあ、フォーの準備をするよ」
「じゃあ、ワインを選ぶことにするよ」
揃って台所に向かい、これからの時間俺達はどんな言葉を交わすのだろうと考えた。それは幸せな想像しか浮かばず、やはり理なしの時間は考えられないと実感する。
ベストマッチだと言ってもらえる男であり続けるよ。理もその努力を怠ることはないだろう。
二人でベストマッチの道を歩いていこうな、理。
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