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august.8.2017 乗り越えるべきもの
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とうとうきたか。予想より早かっただけで、いつかこういう日がくることはわかっていた。そうだろ?わかっていたさ。さてと……報告せねばなるまい。
「ハル?」
ハルはプレゼンにもらった本を真剣に見ている。スイーツの料理本と睨めっこしながら、スマホで検索をして忙しそうにしている。0.1g~5kgまで量れるスケールと一緒に送られたスイーツ指南の本をセレクトしたのは飯塚だろう。俺と飯塚の苦手分野にハルという新たな戦力を取り込もうという魂胆がミエミエ。でも、それはアリだよな。甘いものを食べるのが大好きなハルだ。研究して美味しいものを作れるようになるだろう。
「ハル?」
「あ、はい。シフォンケーキから始めようかな。バターや牛乳を使わないので原価的に優等生だし、ジャムやお茶を使えばフレーバーも無限!」
ごめんな、そんなワクワク中に。
「ミネさん?数字がよろしくないとか?」
俺の目の前にはノートパソコンがある。さっきまで帳簿のチェックをしていたのは間違いない。でも今ディスプレイに映っているのはメール画面。
「数字は問題ない。問題はメールなんだわ。親父からメールがきた」
ハルの表情がキュっと引き締まった。本を閉じてスマホをポケットにいれて俺を見詰める。そしてじっと待っている――次の言葉を。
「店の改装をするらしい。臨時で1ケ月休業するそうだ」
「いつからですか?」
「来週だって」
「それで?」
「久しぶりに帰ってくるって」
「……そうですか」
「詳しい日程がわかったら連絡するってさ。今のところ人間ドックと温泉しか予定はないらしい。いつからいつまでっていうのも決まっていないみたい。でも……帰ってくる」
「その間は僕実家から通いますから」
「まだ急いで決めなくていいよ」
「でも考えておかないと」
「そうなんだけどね。それで俺としてはハルと付き合っていることを言うつもりなんだけど」
ハルはうつむいたまま何も言わない。
「これに関しては俺だって散々考えた。ハルと一緒に暮らして恋人として1年と少し過ごしてね、俺にとってかけがえのない生活になっている。充実しているし幸せだ。認めてくれないとしても、幸せだってことを俺は言いたい」
ハルはのろのろと視線を俺に向けた。テーブルの上に置かれた手を握ったり開いたりしている。グラグラ揺れているであろうハルの気持ちが伝わってくる。
「言わないという選択肢は?」
「黙っているってこと?」
「そうです。ミネさんはご両親に打ち明けて楽になりたいのですか?それが理由なら聞く側の負担を考えてみました?」
打ち明けて楽になる?それは考えたことがなかった。
「隠していて辛いってことはないよ。今までだって彼女ができたからって紹介したことはないしね」
「だったら今回もそうしたらいいのに」
「ハル?」
「僕は何の準備もない家族に自分のことを知らせてしまった。不可抗力だったかもしれない、でも結果は一緒です。考えたこともない現実を家族に突き付けた。今は家族として丸く収まっていますが、こうなるまでに随分時間がかかった。それに僕自身が「家族の中で一人だけ違う」ということに折り合いをつけて、ミネさんという相手に巡り合うまで心配を沢山かけた。
ミネさんのご両親はそれを望んでいますか?僕はそう思えない」
打ち明けられた側の負担か。
「負担なのかな。息子が幸せだって言っているのに?」
「ご両親が望む「幸せ」とあまりに違います。普通ではない関係ですよ?僕はそれを恥じるつもりもないし、ミネさんと一緒にいる生活は誰にだって誇れる。でもやっぱり望まれた形ではない。それは確かです。ミネさんがゲイだとカミングアウトして同性の恋人がいる。そう聞かされるより衝撃的だと思いませんか?だってミネさんはノーマルです。ずっと女性と付き合ってきた。それなのに何で男なんだ?ってなります。絶対に」
「男っていうか……男だけど、ハルだからなんだぞ」
「それはわかっています。僕には嬉しい言葉です。でも……ご両親には理解不能の言葉です」
「ハル?俺の親は「息子をたぶらかしたのはお前か!」なんて言わないよ、絶対」
ハルは唇をキュっと噛んだ。両拳をギュっと握っている。そんな顔をさせたいわけではない。腕を伸ばしてハルの握りこぶしを両手で包む。
「い……わないかもしれない。でも心の中で考えるかもしれないでしょ?僕が……僕がゲイだから、だから、ミネさんを変えてしまったって思われるかもしれない。ミネさんのご両親とはいい関係になりたいです。その為に従業員で村崎寮の住人という立場が都合よければそれでいい。
僕はミネさんの傍にいたいから、その為に必要な立場や肩書でいいのです。恋人として認めてくれなんて言うほど僕は欲張りではない」
「ハル……」
「僕達が一緒にいるために必要な選択をもう一度考えてみてください。僕なりの考えを今言ったので、ミネさんが決めたことに従います。いや、従うのは違いますね……受け入れます。
でも僕の家に行ったときみたいに、一人で決めて、一人で行動してしまうのだけはナシにしてください。
僕はミネさんと一緒に今回のことを解決したいから」
俺達が一緒にいるために必要な選択。打ち明けることが最善ではないということ……か。
「僕の経験値がいいものではないから明るい面を見られなくてごめんなさい」
「俺のほうこそ。北川さんと広美さんが喜んでくれた、あの経験値しか俺にはないから。もっとちゃんと考えるべきだったな」
「ミネさんの経験値は特殊です」
特殊か。普通とは違う、家族の中で一人だけ違う。同性同士。ハルと一緒にいることが当たり前すぎて俺は見えなくなっているのかもな。飯塚とサトルという二人が傍にいるし、トアだって誰一人、俺とハルのことを特異な目で見ない。それは当たり前のことではないことを俺は忘れてしまっていた。
「親に打ち明けるのが当たり前だっていうのは俺の思いつきでしかなかった。ちゃんとハルと話し合うべきだった、ごめん」
ハルが俺の前に来て、オデコを肩口に当てた。だからしっかり抱きしめる。
「どういう結果になっても、ハルと一緒を選ぶから。これは約束する。説得でも土下座でもなんでもするよ。納得してもらえなくても、仕方がない。言うべきかどうかもう一度考える」
「……はい」
こんなに愛おしくてあたたかい存在を手放すことなんかできない。手放さない為にはどうするべきか。それを入り口にして考え直そう。
幸いまだ時間がある。
回した腕に力を込めながらハルに頬を寄せる。簡単に「大丈夫だ」なんて言ってあげられないけれど、俺は傍にいるから、何があってもね。
これは切っ掛けだ。俺とハルの絆が強くなるのか、それとも脆くなるのか。俺達にとって初めての試練はすぐそこまできていた。
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