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octber 24.2015 face - 5
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料理はすこぶる美味しい、そして美味しい以外の味がする。
スタッフもお客さんも、「店」で居合わせただけではない何かを共有している。
だから私は戸惑うばかり。
自然と口数も少なくなり、男前シェフを見たとき復活したように思えた鼓動もナリを潜めてしまった。
「言ってもいいですか?」
「おお、言ってみろ。」
「私をここに呼んだのは、ここのイケメンをブログにあげろってことですよね。そうすれば東京以外の店を紹介した初めての回になる。」
「まあ、そうだな。」
「あげるのは構いません。でもマップも店の詳細もオープンにしたくありません。」
高村さんはニヤリとして頬杖をついた。
「言えよ、その先。」
「なんだかよくわからないけど、ここに人が押し寄せるのはよくない。」
「残念30点。」
くっそお・・・こういう時の手厳しさは有難くない。
「せめて50点にあげてみろ、西山。だからお前は今頑張れているんだぞ?それがお前だ。出来る。」
くっそお・・・こういう優しいのは手に余る!
「ここは人に教えたくない、そういう場所だからです!」
カチン
高村さんのグラスと北川さんのグラスが触れた音は涼しく響いた。
「そういうことだ、西山。突っ走って振り切って、誰も自分のスピードについてこられない。その安心感に捕らわれると抜け出せなくなる。
都会にいればいるほど走っている人間は格好よく見える。どんどん周りを追い越していく背中を見せ続けることで自分の立ち位置をライバル達に見せつける。
だがどうだ。人に背中をむけて、自分の見る先も人の背中だけ。
そこにいるとな・・・なんだろうな。人の顔を忘れちまうだろ?自分に笑顔を向ける人の顔を忘れるだろ?
だから自分も笑顔を忘れる。
そこになにがある?
西山は才能があって、なかなか面白い。でも背中だけを見る人間になってほしくなくて、磯川のおっさんとの対談を仕込んだ。
そしてここに来れば、西山の本質をちゃんと思い出すだろうっていうオヤジ心だよ。北川さんも同感だったらしいし、お前、オッサンにしかモテないが・・・それも魅力だろ。」
・・・なに・・・言って・・・いるのですか。
言葉にならない。
「文字は人の心に響くものだ。それを操る人間は誰より豊かであることで、読んだ人間に光を与える。
西山のやってることは面白い、発想もいい。だからそこに西山ならではの人間性を滲ませればいいだけだ。
最近のお前の文は上手いし悪くないが、人間味がなかった。
人と人とのつながりが生み出す「何か」
ここのスタッフはサービスと料理で客に問いかけ、そして答えを得ている。同じく客もな。
直接言葉を交わさなくても互いが通じているわけだ。
西山と相手をつなぐのは文章、そしてお前の持つ人間性だ。」
いちいち真っ当で言葉を挟む隙がない。おまけに反論も返す言葉も私は持ち合わせていない。
「料理が旨くて、お気に入りのスタッフも見放題だ。
だからな、UPは強要するが内容は西山の好きにすればいい。でもな・・・文字だけで場をもたせられるか?写真少しは撮っておいた方がいいんじゃないのか?」
・・・・・・・・・・・なんということだ。
札幌にきて一枚も写真を撮っていない。仕事で来たはずなのに、最初から気後れしていつもの自分じゃなかった。ここは特別な場所で私の本質がむき出しになってしまったのかもしれない。
いい男は好きだし、観賞用に最適だと信じてきた。でも違うのかも・・・しれない。
「この店はな・・・」
高村さんの話を聞いて、私は誰かが開店させた店、ひとつひとつに物語があることを知った。
「SABURO」にも歴史があり、それを受け継いだあのフニャっとした彼が一文字を除くことで誓った心意気を聞いて店の名前をダサイと切り捨てたことを心の中で詫びた。
さっき高村さんに心無く言った「払下げ」を反省した。
私は自分のために突き進むことで、どれだけの「何か」を失ってきたのだろうか。
一つの言葉に沢山の意味があることを、いつから忘れてしまったのだろうか。
よくもまあ、それで食ってますな顔をして練り歩いていたものだ。
「お前はまだ伸びる、おかしくなりそうになったら言ってこい。まあ、その前に高村さんと驕りで呼び寄せるさ。石田さんも心配していたぞ。」
そう北川さんに言われて何も言えなかった。
ついでに元上司の石田さんの名前を言われて泣きそうになった。
でも・・・沈んでばかりはいられない。
私は今やっている仕事を手放すつもりはないし、これからも発展させていきたい。
ブログだって止める気はない、あれは私の原点だし、すべてはそこから始まった。
だとすれば、SABUROを都内ではない秘密の隠れ家としてカテゴリしてはどうだろう。「隠れ家」を晒す馬鹿はいないわけだから、サイトを覗いた人間が探し回ればいい・・・ふふふ。
でも書くうえでのスタンスは少し考えよう。敬意はきちんと払って店の魅力を伝えよう。
・・・となると、一度UPした過去データのお店を再訪する企画もアリじゃないか?当時伝えきれなかったことを再訪で補う。けっこう向こうからくる情報任せだったブログもまだまだやり様がある。
それに磯川さんとコラボする隙間はまだあるはずだ。神様と呼ばれるおじさんとイケメンブローカーの組み合わせは異色だ。だからこそ他と違う事が企画になりうる・・・沸き出て来る、どんどん。
私はまだやれる。
「どうやらスイッチはいったらしいな、そんな顔だ。メールした甲斐があったよ。」
「あの写真は返しませんよ。」
ニヤニヤしている北川さんに速攻で返事をした。
「あれをUPする気なら、ここのスタッフ全員に了承をえないと駄目だ。」
「そんなもったいないことしませんよ。あれは挫けそうになったら見る自分だけのものにします。
ここを探りあてた人間だけが持てる特権です。簡単に人にやるもんですか。」
一瞬キョトンとしたあと北川さんは盛大に笑い出した。
なんだか可笑しさがこみあげてきて一緒にケラケラ笑う。
高村さんは私達をみて満足そうに一つ頷いてから、またもやビールを3つ注文した。
私は最初に感じた気後れや違和感が綺麗に消えてなくなっていることに気が付き驚いた。
肩肘張っていた力が抜けて、やりたいことがどんどん生まれてくる。いつもなら、速攻メモしているところだが私はしなかった。
忘れないという実感があるからだ。頭の中にSABUROを思い浮かべれば、今感じている事や思いついたアイデアはすぐに戻ってきてくれるだろう。
笑顔で食事をする客。
テーブルの間を動きながら笑顔を引きだす三者三様のホールスタッフ。
活気ある厨房で腕をふるうシェフ。
この5人は素敵な魔法をもっていて、人々を魅了して喜びを生み出す。
この店の魔法にかかるなら本望だ。
素敵な呪文、それは「S・A・B・U・R・O」
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