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may.12.2016 名残の花
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さて・・・今回は何をお悩みか?
それほど重症ではなく、悩みというより何かひっかかっている・・・そんな感じだ。
心当たりがあるとすれば花見のタイミングしかない。これといって事件はなかったし、綺麗な景色と空気に触れて全員がエネルギーを充填した。そんな時間の過ごし方だったと思う。
「理?」
「ん~?」
「ん~?じゃなくって、何?消化しきれない事があるのか?」
理はしまったという顔を俺に見せながら否定しようと言葉を探っている。こういう時の理はわかりやすい、答えを言葉にしなくても伝わっているなんて考えてもいないだろう。
「たいしたことじゃない。」
「その割には何日も抱えているだろう。」
理は俺のグラスにワインをたっぷり注ぎ、少し躊躇したあと自分のグラスも同じように満たした。
「そうだな・・・トルコキキョウかな。」
「紗江さんに渡した花か?」
「う~~ん。花ってわけじゃない。それに付随した色々・・・でもないか。もっと単純かもしれない。」
単純?単純ならなぜそんなに心に溜め込んでいる?
俺は黙って理の顔を見詰める。ここでやめる気はないぞという意思表示の意味、そして大丈夫だから、楽になるから話してみないか?という問いかけ。
理は観念したのかワインを一口含んだあと口を開いた。
「姉ちゃんと並んで台所に立っていただろう?そして花を贈った。嫉妬とかそういうのとは違う・・・違うけど、なんていうのかな・・・衛にあっただろう未来図?それを俺は潰してしまったのかもしれないっていう、後悔とも違うし説明しにくい、というか上手くまとまらない。」
そういうことか・・・。
「紗江さんには感謝の気持ちで花を贈っただけだぞ。」
「それはわかっているよ。」
「一緒に台所に立ったのは、和食のレパートリーを増やしたかったからだ。理は何が好きなのかを聞いたり、コツを教わったりした。理の為にしたことなのに、それで気持ちを乱したとなると・・・裏目にでたか。」
「いや・・・裏目じゃないと思う。衛が煮物を作ってくれたら嬉しいし、歳をとったら脂っこいものばっかりも食べられないだろうし。
ああ・・・こういうことだよ。俺は常に衛と一緒にいる未来を考える。俺とお前が歳を重ねても一緒にいるだろうという未来。」
「当然だろう。俺だってそれしか考えたことはない。」
ソファの背もたれに埋もれて理は顔だけを俺に向けた。
「だからだよ。普通に女性とキッチンに立つ衛、結婚記念日に花束を買って帰る衛・・・そういう道だってあったかもしれない。というかあったに違いない。でも今は俺が衛の横にいる。今更離れる気もないし無理なんだから、こうやってどうしようもないことを考えるのは止めにしたいのに、時たま・・・こうなってしまう。」
理は俺と一緒にいることに不満はないと言う。ずっと一緒に居たいし、その為の努力はするとも言ってくれた。それは俺も同じだし、手を離すつもりもない。
でも理は時々エアポケットに入ったように、「もし、自分が居なかったら衛の未来は普通であったかもしれない。」と思い悩む。それを言ったら俺だって同じで、理と別れる気がないから子供を持たせてやることはできない。「家族」だという確信が俺にはあるのに、理は別の家族の形に引きずられてしまうのだ、何かを切っ掛けにして。
あ・・・そういうことか。
「理、たぶん俺が思うに、俺のイメージする「家族」と理の「家族」はまったく違うものだと思う。」
「どういうこと?」
「俺にとって家族と呼べるのはお前しかいない。理の両親や紗江さん、兄さん、そして綾子。そっちのほうがずっと家族として考えやすい。」
「でも衛にもちゃんと両親がいるじゃないか。」
「そう…俺には「親」はいるけど「家族」がいない。」
「え・・・。」
理の方に体を向けてソファの背もたれに肘をつく。頬杖をつきながら自分なりに気が付いたことを伝えようと思った。
「両親が離婚した。それまでは3人家族だったが変わってしまった。俺と父親、俺と母親という図式にね。聞いたことはないけれど、今両親が「家族」というキーワードでイメージするのは現在持っている家庭のことになると思う。」
「・・・衛だっているじゃないか。」
「いるよ。でも、きっと「息子」っていうキーワードで家族とは違う、そんな気がするんだ。現に俺は「家族」といえばイコール理なわけで、両親は「親」であって家族ではない。」
理は目を見開いで俺を見ている。ワイングラスに伸ばした手をひっこめ、俺の言葉を頭の中で分析しているのだろう。目の裏というか奥で思考が動いている、そんな理の顔は見慣れたものだ。
「でも理は違うだろう?両親がいて紗江さんと兄さん、それに綾子が加わった。理のイメージする家族とはあの温かい人たちと場所のことだろう?だからあの「家族」の形に拘ってしまうのかもしれない。
もしかしたら俺にもあの形があったかもしれない、自分が傍にいるせいで、あの温かい物を奪ってしまったのではないか?って。」
理はまだ黙って俺の言葉を待っていた。きちんと伝わるといいのだが。
「でも・・・俺にとっての家族は両親ではない。俺にとって温かい人と場所だったのは幼い頃の記憶でしかないんだ。理の事を好きになって、同じ男だってことは確かに悩んだ。悩んだけど、それは僅かの時間でしかなかった。それはきっと俺が求めていたのは、好きな相手、大事な相手とともに過ごし毎日を積み重ねていくことだった。それはお前しか考えられなかったし、俺の求めているのは世間一般的にいう「家庭」や「家族」ではない。だって俺はその本質を知らないから。
でも理は知っているわけだろう?世間一般的にいう「家庭」そして「家族」を。だから俺より沢山悩んだと思うし、俺と付き合っていることを言うか言わないか悩んだのだって、根本はそこだと思う。
そして今回も俺が得たかもしれない「家族」や「家庭」という未来に思い悩んでいる。
でも違うんだよ、理。
俺は、お前という家族の形しか知らない。」
「・・・衛。」
「だから気に病むなよ。俺は後悔していないし、結婚したい、子供が欲しいなんてこれっぽちも望んでいない。
理の両親、そして紗江さんに兄さん。綾子もいるんだ。これ以上は無理だよ、もう充分温かくて優しい場所・・・それを理がくれたから。」
理の目からポロっと涙がこぼれた。腕を伸ばすと素直に俺の胸の中に納まる理の背中を優しく包む。
「いっつも俺の心配ばっかりしているな、理は。俺のことを心配して悩んでグルグルして・・・答えを見つけるまでずっとその調子だ。一人で考えたいこともあるだろう、俺だってそういう時がある。でも、言葉にだしてみたら今日みたいに・・・想像していなかった答えがみつかるかもしれないだろう?
俺が理との関係に悩まず突き進んだ・・・これにはちゃんと理由があったってことだよ。俺もきちんと言ったことが無かったけれど。
俺の言いたいこと伝わった?
俺は理がいればいい・・・理とともに歩む未来で充分幸せ、そして楽しみだよ。」
しがみつくように腕が回され強い力が加わった。
理を抱えて俺は想う。
どうしてこんなに優しいんだろうな。こんなに優しい男は他に知らない。自分が奪ったかもしれない未来に悩む・・・その本質は一緒にいることで色々なことを奪ってしまったという怖れだ。俺から取り上げてしまったかもしれない幸せだ。
俺のことを想って、そんなことを悩む。
どうやったら、こんな男を手放すことができる?
できないに決まっているし、その気もない。
「衛・・・は俺でいい・・・の?」
「何を今更。理じゃないと意味がない。」
「・・・ん、俺も。」
静かに背中をとんとんと叩きながら二人の体温が混ざっていくにまかせる。お互いを温めて、二人が一緒だということを実感する。心に沁みていくお互いの存在・・・これ以外に欲しいものなんてない。
理がいるから俺は毎日笑って生きている。
理のことを見詰めるだけで幸せな気持ちになる。
「俺の未来は・・・理そのものだよ。他なんていらない。」
「ん・・・俺も。」
俺達にどんな未来が待っているか、それは誰もわからないことだ。当然俺にもわからない。
でも確かなことは俺達が一緒に笑っているってこと。
そうだろ?理。
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