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october.23.2016 Xデーを睨んで敵情視察
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「飯塚、しゃがめ。」
バックヤードの在庫確認を終えて厨房につながるドアを開けた村崎がヒソヒソ声で言った。
しゃがみこんで俺のズボンを引っ張るから、しょうがなくしゃがみこむ。いったいなんだって言うんだ?
「ドア静かに閉めて。」
言われるままドアを静かに閉める。カチャッというわずかな音がしてドアは閉まった。
「えええ!トアさん!Xデーですか?わああわああ~~。」
「ハルさん!そんなやめてくださいよ~。」
北川とトアの声が向こうから聞こえてくる。いつもキャッキャしている二人だが、なにやら今日は騒がしい。しかも北川が珍しく興奮ぎみだ。
何がどうなっている?そんな疑問を表情にのせて村崎を見ると小さな声で返事が返ってきた。
「トアの恋の行方の話。しかも俺達が巻き込まれている。」
「俺たちが?」
「そ、トアがハルに聞いたのは「ミネさんにどう告白したのですか?もしくはミネさん、何て言ってくれたのですか?」だ。そしてサトルも同じ場所にいる。俺たちの告白シーンが暴露されそうになっているんだぜ?どうすんだよ。」
どうするのかと聞かれても・・・頭を抱えたたいのは俺の方だ。あのバレンタインデーの夜が皆の知ることになってしまったら・・・しばらく出勤拒否状態になる。
「まだ告白するとか決めてませんよ!」
「じゃあ、トアさん何でそんなこと聞くんですか?それって自分だったらどうしようかなって考えて、よし参考に他の人に聞いてみよう~ってことですよね?ですよね~~理さんもそう思いますよね。」
理を巻き込むな!
「うがあ、よりによってサトルにふりやがった!ハル、なにそれ~~だよ、なにそれ~~。」
俺たちは厨房の床にしゃがみこんだまま立つタイミングを完全に逃した。堂々と戻っていれば話は中断になったかもしれないのに。
「お前がしゃがめとか言うからだろう。そのまま行けば食い止められたかもしれないのに。」
「だってさ、自分の名前がでておまけに告白シーンが話題だったら隠れちゃうでしょうが。」
「・・・まあ、わからなくもない。」
「だろ?」
興奮気味のホールチームに比べ、厨房チームは床にしゃがみこみコソコソひそひそ会話。早いところ話題が変わってくれないものか。
「トアさん、坂口さんのことは好きですよね。好きって認めますよね~。」
「・・・いやあの・・・えええと、ああ・・・うううう。」
「それ認めたと一緒ですよ。」
「・・・ああ、ええ・・・そうですね。はい。」
「おおおお~~。」
パチパチパチと拍手が聞こえてくる。俺も一応心の中で拍手をしてみた。何はともあれ誰かを好きになるのはいいことだし。
「僕のことはもういいですよ、ハルさんはミネさんに何ていったんですか?」
「ずっと前から好きでした、好きになってくださいって言いました。」
「おおおお~~~。」
またもやパチパチ拍手。たぶんトアと理がパチパチしているのだろう。
「なんだよ、北川に言わせたのかよ。」
村崎はアチャ~といわんばかりの情けない顔をしていた。
失敗した!と奥歯を噛む。俺だって突っ込まれたらどう返せばいいんだ?
怖気づいて帰ろうとしましたって?・・・情けない。
「話があるって切り出したのは俺なのに、いきなりハルが言うから驚き桃の木だったよ。」
村崎、本当に俺と同じ歳か?
「格好いいですねハルさん!それでミネさんは何と?」
「聞いて驚くなかれ「なにそれ~~」って言ったんです!僕の渾身の告白の返事が「なにそれ~~」ってどう思いますか?それも1回じゃないあたりミネさんらしいですけど。」
「なんでそこで正明がニヤニヤするんだよ。」
「えへへ、思い出しちゃって。」
「ほおお、ミネさんらしく一般的な返しではありませんね。でも僕が「なにそれ~」なんて言われたら耐えられる気がしません。そのまま逃げてしまいそうです。」
俺は驚いてしまった。「なにそれ~」って、それをスタートに気持ちを確かめ合う会話にどうつながったのだろう。理に「なにそれ~」なんて言われたら俺も立ち直れないダメージをくらってしまうだろう。すごいな北川・・・「なにそれ~」に立ち向かったのか!
「なにそれ~って、俺からすると何だソレって感じ。よくそれでまとまったな・・・。」
「もうそれ以上言うなって。だから驚き桃の木すぎて「なにそれ~」が一番しっくりきちゃったの!」
足がしびれてきた。村崎のクリティカルヒットな「なにそれ~」エピソードが聞けたからもうこの話題はいいだろう、お願いだ、もう十分だと言ってくれトア!
「そんなミネさんらしい例は僕の参考になりません。たぶん飯塚さんは超スマートで男前な告白をしたはずです、そうですよね!理さん!」
「え?あああ・・・衛ね。」
理!うまく切り抜けてくれ!俺のヘタレっぷりは笑い話にしかならない。
「ええと。ほらさ、芸能人が記者会見して「プロポーズの言葉は?」って必ず聞かれるだろ?それに答えている人ってさ、そのプロポーズが格好よかったので是非披露したい!的な気持ちなのかなって。
逆に「内緒です。」っていう人はさ、格好いいとかサプライズじゃなくて人に言うのがもったいない。自分だけのものにしておきたいって事かなって。だから俺は「内緒」派かな。」
理・・・さすがだ。惚れ直した。
「なんだ?サトルが言っているのは「ちっとも格好よくなかったよ。」「人に言うのがもったいない位しょぼい飯塚でした。皆さん知らないでしょ?こんな飯塚!」ってこと?
「・・・。」
「おお~ビンゴってことか。飯塚がカッチョ悪いってどんなのかな。テンパりすぎてわなわなして噛み噛みすぎて言葉にならなかった。持って行ったシチューを焦がして、ホワイトなのにブラウンなシチューに変身したのを二人で食べた。あとは・・・ええと。」
「いいから、それ以上想像するな。俺もなにそれ~って言ったことにしろ。」
「言うわけないじゃん、お前が。」
村崎は声を立てずに大笑いをしている。この器用さはなんだ?それこそ「なにそれ~」だ!
「だからトアの言葉で「好きです。」「お付き合いしてくれませんか。」とかそういうことを言えばいいと思うよ。サプライズとか考えなくていいと思う。絶対そわそわしすぎて挙動不審になるよね。逆に変に思われて逆効果かもしれない。好きって言うぞ、今日こそ言うぞって決めた時点で、もうアプアプしそうだよね。」
「理さんの仰るとおりです。僕には演出とか無理です。そうですね・・・やはりシンプルに僕らしくですね。」
「トアさん告白したことないとか?」
「いや・・・わずかですが経験はありますよ。言ってもらったこともありますし。でもですね・・・変かもしれないですが、坂口さんは今までと違うっていう気持ちが強いのです。他の人とは違うっていう感覚があって。それをきちんと伝えたいなって思うのです。」
「おおおおお~~。」
パチパチパチ
「他の人とは違うか・・・トア、それは本物だよ。その感覚はよくわかる。俺だって衛にはそう感じたし、今も同じ気持ちのままなんだ。」
「理さんもですか?僕が盛り上がりすぎているのかと思っていた所なので、同じように感じる人がいるって心強いです。」
「トアさん、僕もです。ミネさんは今までの人と全然違います。ノンケを好きになるって僕的には絶対ありえないっていうか、そんなバカなことしないって決めていたのに・・・ミネさんは違いました。
バカなことに思えなかったから・・・頑張りました。」
「そうだね、その「他の人と違う」っていう感覚は自分にとって「特別」ってことなのかもしれないね。」
「さすが!」
「やはり理さんは賢いモ・・・いえ、的確に言葉にしてくれました。そうですね、特別か。」
「よし!じゃあトアの告白ミッションがうまくいくように作戦を練る事にしよう。そのためにはまずは相手を知る必要がある。敵情視察に行こう!」
「えええ!理さん、なにを言い出すのですか!」
「3人で坂口さんの店の前を素通りするだけだよ。ほら見た感じって大事でしょ?俺の観察眼で坂口さん攻略の糸口を見つける。」
「理さんがついていれば鬼に金棒ですね。いきましょうよ。休憩中の3人ですな雰囲気で。小道具にスタバを手持ちして歩くのはどうですか?」
「お、それいいね。」
「季節の商品飲んでみたくって。ネクタリン ピーチ クリーム フラペチーノですよ。そそられませんか?」
「ネクタリン?不二家ネクターの仲間かな。」
「トアさん、不二家ネクターって何ですか?」
「ええ?知りませんか?やたら甘いジュースです。小さい缶に入っていましてね、めちゃめちゃ甘い。甘いものが苦手なくせにネクターを好きだった兄の為に母が冷蔵庫に常備していました。」
「スタバのネクタリンピーチも甘いのかな。うわ、甘い桃味絶対美味しいですよ。」
「俺はラテ一筋。よし!出かけるぞ。」
「ミネさんたちに言っていかなくていいですかね。」
「在庫調べだっけ?終わって俺達いなかったらまたスタバ行ったんだろうな~って思うだろうし。」
「ですね。さあ、トアさん行きますよ。」
「もうすでに自然に振る舞える自信がありません。」
「大丈夫ですって、スタバという小道具があります。」
「むぐぐぐ。」
「ほら、行くよ。」
ドアの開く音と足音が聞こえなくなって、ようやく俺達は立ち上がった。
「足しびれた。」
村崎は足を床にトントンしながらふう~とため息。俺も同じようにため息がこぼれた。傷は浅い状態で乗り切った。理に感謝しなくては。
「俺達二人とも格好悪い告白男子だったってことか。」
「いや・・・俺はお前の「なにそれ~」の上を行く。」
「まじで?なにしたのよ。」
「やはり後日にしようと・・・玄関を出た。」
「ぶはっ!」
村崎は今度は声をあげての大笑い。笑いたきゃ笑え、逆の立場だったなら俺だって笑ったはずだ。
「サトルの言う通りだな。」
「なにが?」
「「特別」ってこと。特別に出会えて一緒にいられるって幸せだな。トアにもその特別が傍に来てくれたらいいな。」
「ああ、本当だな。」
いつまでたっても鍵をかける音がしなくてドアを開けると、目の前に立っていた理。ふわりと触れてあっという間に離れていた唇・・・それを思い出すたびに俺の心は理でいっぱいになる。
自分にとっての「特別」が相手にとっても「特別」であること。これは大事なことで素敵なことだ。
トア、理の言うようにサプライズなんかいらないさ。
「特別」な人に出会えた、それこそが自分にとって一番のサプライズなのだから。
その気持ちを素直に伝えればいい。
ただし・・・俺はアドバイスできないよ。ちょっと情けなさすぎるからね。
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