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chapter19 男前のまっくろ <8月>
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「次の日曜は休むから、間違ってくるなよ。」
村崎はぐったりとイスに座りながら言った。気持ちはわかる、今日は忙しかった。
「お前、よくこんなの一人でこなしてるな。」
「一人の時はそれが当たり前だから耐えられたけど、お前が来るようになってから・・正直堪える。」
「教える手間が増えるからだろ。」
「いや、違うって。そろそろ1年以上になるだろ?ここにくるようになって。」
確かにそうだ。武本が里崎とかいう女とつきあう少し前から、俺は村崎の所に来るようになった。
週末を持て余していたし、どうせ武本も3ケ月くらいしかもたないだろうから暇つぶしのつもりが、なんだか随分方向性が変わってしまった。たった1年くらいで。
「なんで見ず知らずの人間の腹具合を俺が面倒みてんだ!うわああ!!って叫びたくなる!」
「・・・それが仕事だろうが。」
「まあな、それで一人で黙々とやってると暗~~くなってくるわけ。」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ。オヤジが海外の友達の所にトンだ気持ちがわかるわ。」
「逃亡したいのかよ・・・。」
「それはない、俺楽しいもん、お前とやってると。一人で考えてたことに答えが返ってくるし、退屈しないし。思っていたより飯塚は腰が低くてマメだし、飲み込みも早い。」
「気持ち悪いって、何もでないぞ。」
村崎はきちんと座り直し、真面目な顔で言った。
「前に言ったことあるだろう?やりたいことがあるってさ。でも今の状況だと日々に追われてそんな時間もないし考える余力もない。わかるんだ、このままだとジリヒンだってこと。だから・・・飯塚、お前早く会社辞めてここに来てくれないかな。」
「その話なんだが・・・」
「うん。」
「武本にばれたんだ。」
「なにが?」
「俺がこっちに来たいって思ってること。」
「まじで?お前会社辞める気になったってこと?」
「・・・まあ、そういうことだな。」
村崎はまたズブズブとイスにもたれる。
「ああ、なんかひとつ肩の荷が降りた感じ。」
「ただ、今はまずい。抜けられる状況じゃない。」
「じゃあ、いつ頃よ。」
「最低半年、長くても8ケ月待ってくれ。」
「ながっ!!」
「リーマンの事情を察しろよ。」
「暗黒ダークサイドの12月・・・また俺一人で乗り切らないとダメなのか!」
「12月はリーマンにとっても暗黒だ。」
「もう今から鬱にはいりそうだよ。」
「今まで乗り切ったんだ。あと1回頑張ろうぜ。」
「あと、バイトがいない。」
「太郎がいるじゃないか。」
「時間の問題だ。アイツは実家に帰るんだよ・・・」
「まだ在学中だろう?」
「就活したけど全然ダメでさ、あんだけ嫌がってたけど地元に帰るらしい。
オヤジさんのコネ就職なるエサに見事、陥落。」
「卒業するまで時間があるし。」
「先だ、先だと思っていたら、遅くなるわけ。募集広告の金だってバカにならないしさあ、新メニューや先のことを考えたいとか思っても、結局こういうことに時間を取られるわけだよ。飯塚にまで御預けくらって、俺可哀想だ!あああ!可哀想だ!」
どんな仕事をしても、結局「人」の問題からは解放されないようだ。そんなことを考えていた俺に向かって村崎が言いやがった。
「彼女にしてやるから、バイトしないか?なんとか言って、かわいこちゃんをゲットしてこい!
命令だ。それができなきゃ、会社放棄して俺のとこにこい!」
つきあうのもバカくさくなって、俺は帰り支度をはじめることにした。
久しぶりに大丸でもいくか。
贅沢に寿司でもつまんでやろう。そんなことを考えながら駅に向かって歩き出す。地下の連絡通路を歩いてもいいのだが、たまには外もいいだろう。
ビルの谷間に埋もれたように建っている時計台でも眺めるか。俺はこの期待を裏切る建物が好きなのだ。建物というか、そこに集まる観光客を見るのがいい。たいてい「えええ?これが?」といった顔をしている。写真や絵ハガキと実際の時計台は違いすぎる。それでもベストポジションの小さな台に立ち写真を写す姿は見ていて面白い。時計台をみるなら、大倉山のジャンプ台のほうを断然おすすめする。
バスが一台止まった。
このバスは武本の田舎と札幌を結ぶ高速バスだ。信号が変わったのを見て、バスの前の横断歩道を渡って駅にむかって歩き出す。
「理さん~。タケさんは横暴すぎますって。あげく触りすぎです!」
「あははは、よし兄は正明が好きなんだよ、いいじゃないか。気に入られて。」
その声に振り向いた俺はこちらに背をむけて大通り方面に歩いている二人の姿を認めた。
一人は武本だ・・・横にいるのは誰だ?友達か?いや、友達はサトルさんなんて呼ばない・・・。
そして二人は武本の田舎からバスに乗ってきた・・・ということか?
1年前、当時つきあっていた彼女についていくと言われて怒った武本・・・
横にいる男は・・・いいってことなのか?
どすぐろいものが俺の体を蝕み始める。俺の視線が強すぎたのか、武本の隣の男が振り返り、俺を認めた。
一瞬大きな目を見開いたが、それだけだった。
そのまま武本の横顔に視線をもどし、二人は歩いて行った。
そいつはいったい誰だ・・・
武本、そいつは誰なんだ・・・
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