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その3
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レストラン街の店舗はそれぞれにトイレを持っていないから、フロアの端にあるトイレに向かう。
今みたいな時はトイレが遠くてありがたい。
しかし何と言っていいのやら・・・正明相手に嫉妬していた自分が可笑しい。サイコーだ、正明はいつも俺の気分を持ち上げる。
俺も「キイイーーーーー」なんてことになったらビンタされるだろうか?
考えたら可笑しくなってクスクス笑ってしまった。便器の前で用を足しながら笑う俺を、横の男が気味悪そうに見ていた。
店に戻る途中、各店舗の前に置いてあるチラシを片っ端から手にとる。飲食業界にはまったく明るくないから、これからは少しずつ情報収集や勉強をする必要があるだろう。先ずはできることを手かがりにすればいい
「なに?そのチラシ。」
「店の前に置いてあるのだよ。年末の宴会プランの参考にと思ってさ。」
「そんなのは渡辺や石川にやらせればいいのに。」
「うちの課に順番回ってきたら一発で決めたいだろ?グダグダ文句いわれるの嫌なんだよ、こういうつまらんことでさ。だから比較対象の資料は多いに限る。で過去データとすり合わせて誰も文句を言えない場を手配する。」
「あいかわらず、お前の仕事は仕事以外でも筋がとおりまくりだな。」
「なにいってんの、これだって仕事だよ。社内の宴会プランニングできなくて接待できるかっての。」
「・・・まあ、そうだな。」
「超かっこいい・・・。」
チラシをカバンにつっこんでいた俺は、向かい側から送られてくる正明のキラキラ光線にギョっとした。
「サラリーマンの片鱗を見たって感じです!やっぱり学生のバイトとは違いますね~」
「は?」
「『お前がそんなんだから俺のフォローがいるんじゃねえか、飯塚。』『武本のそういうちゃんとしているところ俺は好きだけど?』な感じですよ、お二人さん。」
隣の飯塚が固まる気配がする。たぶん俺も同じ有様だと思われ・・・。
「どうしたんですか、二人とも。表情硬いですよ?」
誰のせいだと思ってんだ!
「あ、そうだ。バイト辞職ともうひとつ。今月お二人お誕生月ですよね。」
「俺言ったっけ?」
「タケさんに聞きました。」
「俺も言った覚えがない。」
「飯塚さんは本に挟んでる、栞がわりにしているDM葉書。お誕生月粗品プレゼントでしたよ?」
目敏い・・・そしてドS。末恐ろしい子になりそうだ。
「ということでささやかですが。コンビニバイト学生の贈り物ですから、高いものじゃないですよ。」
テーブルの上に差し出された小さい長方形の包み。まさかの展開に俺は固まったままだった。去年は嬉しい驚き、そして今は純粋に驚き。
「せっかくだから開けてみてくださいよ~」
俺達は無言でその包みを開けた。中に入っていたのは万年筆だった。
「それ使いやすいですよ。僕はアルスターを持ってるんですけど、サファリのほうがいいかと思って。」
俺はスケルトンで飯塚はブルー。
「理さんには、サラサラっとね、ボールペンじゃなくて、こういうので書いてほしいな~と。迷わずこれに決めたんですけど、飯塚さんは何も思い浮かばないので同じものに・・・しました。」
「・・・ついでっぽいな。」
「ついでじゃないですよ、気持ち的には。リーマンじゃなくなっても字は書くでしょ?
置手紙を万年筆って格好よくないですか?」
「わざわざ?」
「探さないでください。的な?そんなの書いてる飯塚さん、かわいいかも。」
「年上つかまえて、かわいいとか言うな!このドSが。」
「ありがとう・・・全然考えてなかったから俺びっくりしちゃって・・・。」
じわじわ嬉しさがこみあげてきた。これだって相当サプライズだ。
「僕が面倒くさがりなせいで、おそろです。でも結果オーライでしょ?
戦友は戦地が違っても同志に変わりなし。あのコンビニがあったから僕はお二人に逢えました。
そのコンビニに僕の居場所がなくなるなんて想定外だけど、これからも纏わりつきますから覚悟してくださいね。」
「なんか、お前すごいよ・・・。いっつも助けられてるし。俺情けないなあ~」
「そんな理さんの顔が見られるなら、僕にも十分価値がありました。」
「北川、ほんとありがとう。大事に使わせてもらう。」
「殊勝なのは飯塚さんに似合いませんよ。せいぜい置手紙書くはめにならないように頑張ってください。それじゃあ、僕はこのへんで。」
「え?正明帰るのか?」
キョトンとした正明が言い放つ。
「え?だってこれから二人はお誕生会するんでしょ?だから僕こんな中途半端な時間に繰り上げスタートさせたんですよ。理さん、なにボケかましてるんですか。」
正明はそう言って、本当に一人店を出て行った。
飯塚とお揃いって照れるけど、なんか嬉しい。そうだよな、戦地が違っても同志は同志、いいこと言うね正明は、さすが国文学科。
「武本・・・」
「なに?」
飯塚はこっちをみながら大げさにため息をついた。
「北川、伝票おいてったぞ・・・食い逃げだ。間違いなく確信犯だな。」
ブっと噴きだした俺をみて飯塚もこらえきれずに笑い出す。ひとしきり笑ったあと、残ったビールを飲み干した俺に飯塚が言った。
「このあと俺のうちに来てくれないか?」
頼まれたら俺が断れないの知ってるだろう?ずるいぞお前・・・・
俺は黙って頷いた。
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