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July 6.2015 ヤサ男、鋼の決意をする
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「なんだその顔は。」
失礼ですね、その顔って言われましても何年も同じ顔です。
「いつもの顔ですが?」
「いや・・・ニヤけてるし変なものを垂れ流しているぞ。」
「変なものはたぶん愛です。垂れ流しているならおすそ分けしますよ、勝手にすくってください。」
「開き直りやがって・・・タチ悪すぎだろうが。」
課長は本格的に嫌な顔をした。
何をどう言われても仕方がない。
俺と一緒にいないと生きている気がしないとか、傍にいないと前よりずっと寂しいとか・・・
うきゃっ!ってなっちゃう、思い出すだけで顔がニヤける。
面倒くさそうに俺を一瞥したあと、大事な俺のラテを取り上げて飲み干してしまった。
子供じゃないんですから・・・。
「こっちの調整は俺に任せろ、来期を踏まえて石川と渡辺にシフトしていくから。
武本はSABUROの方だな、お前なりにどういう方向に持っていきたいかプランをあげてみてくれないか。期限はないが、何事も早いほうがいい。」
プランか、おぼろげにあるものを形にしよう。新しいことをするのはワクワクする。
俺は飯塚のスーパーサブではない。これからはSABUROのサブになる。
「そもそもSABUROって何語ですか?」
「実巳に聞いてないのか?」
「ええ、なんとなく聞きそびれて。」
「お待たせしました、アイスラテです。」
店員さんがスッキリしたトールグラスのラテを運んできた。あれ?
「横取りしっぱなしで帰るとかありえないだろう。俺を誰だと思っているんだ。」
・・・こういうところが油断ならない。
「あの店は三郎が始めた店だ。あの店で実巳を育てあげて、生活する術として残した。
「kitchen SABUROU」これがもともとの名前。」
日本語・・・名前だったのか。
「三郎の兄貴は21歳で逝っちまいやがってさ。白血病だった。」
蓋をし合った課長の親友さんか。
「俊己と三郎の間にはもう一人兄弟がいたらしい。死産でこの世には生まれてくることができなかった。その男の子がちゃんと兄弟の一員だという意味で、三郎の三は三人目の意味、郎は男の子の意味。
三人兄弟の三番目だから三郎。三郎は名前の意味を大事にしていた。
だから自分の息子の名前にもこだわったんだ。
実のある人生を得る人間であるように、その願いを込めて死んだ兄貴の一文字と合わせた。」
ニヘラっとしているけど、ミネは芯がある。仕事に真面目に取り組みつねに考えている。
当たりが軽めだからチャランポランに見られることもあるが、そいつは見る目がないだけだ。
ミネは「真剣」と「深刻」の違いをちゃんと知っている。眉間に皺を寄せて考えているのが必ずしも真面目だとは限らない。
「もともと店は、俺達3人の夢だった。俊己は接客が大好きで大学よりもバイトを優先していた。
三郎は料理が好きだったから料理人になると決めて高校卒業してすぐ修行に入った。
俺はプロデュースやマネジメントに興味があったから、色々なところに顔をつっこみ調べまわった。
客が笑顔で帰っていくような店、俺達はそれを目標にしていた。
だが・・・俊己が逝っちまった。」
寂しそうに、そして少し照れくさそうに。そんな課長を見て思う。
実現できなかったからこその夢、それは欠けたピースによって夢であり続け、変化することがない。
その寂しさ、失った親友への想い。
失う・・・その怖さ、自然にぶるっと震えが走る。
「結局俺は普通に会社員になった。でも三郎は一人で頑張って店を開けた。
自分の名前を掲げてな。三人兄弟の三番目にして最後の一人。
そしてコツコツ努力を重ね正直な商売をして常連を増やしていった。
やがて当然のように実巳がその背中を追うことになり、任せても大丈夫だろうと思えた時、俺に逢いに来た。
別に音信不通じゃないぞ?ちゃんと店にも通っていたし、俊己の名前を引き継いだ実巳がかわいかったからな。命日には朝まで酒を飲むことが恒例だった。
『俺は兄貴の夢の半分だけ形にした。残りはタカさんが形にしてやってはくれませんか。』
三郎にそう言われた。」
昨日の余韻のせいか?・・・こみ上げてくるものがある。
「三郎は苦労をともにしてきた嫁さんの夢だった「海外移住」を現実にしてやるつもりだと言ったよ。じゃあ、尚更俺の役目を全うしてやろうじゃないかと思った。
だってさ、俺だけ何も実現してないわけだろ?
適当に仕事しながらずっと積み重ねてきたものがある。それはSABUROを有名かついい店にすること。繁盛は当たり前、そこに来ることがご褒美になるような温かい場所だ。
そのための人脈づくりをコツコツしてきた。
面白いことを面白がる大人と知り合い、楽しいことがどういうことなのかを実感した。
そして飯塚と武本が入社してきた。ピカイチの素材、俺の好きなタイプの人間性。
飯塚が実巳の店に入り浸っていると知ったとき、俊己が「今じゃないか?充。」そう俺に言った、そう感じた。
昨日な、俺は向かいのカフェからずっと店を見ていた。笑顔で帰っていく客、満席だと知っても待ってくれている姿。
忙しく動いている実巳と飯塚。頑張るちびっこ。
何よりな、武本。」
課長はいったん言葉を切り、大きな手のひらで口元を覆った。
指で頬をなぞるように、こみあげるものを抑え込むように。
「店内を舞台の上の役者みたいに自由に動き回る、お前の姿だよ。あれは俺が思い描く俊己の姿そのままだった・・・。」
「課長・・・。」
「札幌来たら、カニ食うよりもSABUROに行かないと!そんな風に言われる店にするぞ。」
「はい・・・。」
「店を引き継いだとき、実巳はSABUROUの「U」だけ外した。一文字外しただけでニュアンスが変わる、自分がやるからにはオヤジと同じでは駄目だという決意。
でも小さい時から慣れ親しんだSABUROUすべてを変えるつもりはない、ここはあくまでも居心地のいい店であり続ける、そうしてみせるという実巳なりの決意表明だ。
いい名前だろ・・・あそこの家系は名前にこだわるからな。」
課長が立ち上がり、ポンと俺の肩に手を置いた。
そのまま伝票をとり背中を向けて歩いていく。
想いのつまった店・・・改めて気を引き締める。
飯塚がいる、だから一緒に働きたい、それでは足りない。
俺はSABUROで力を発揮させる、沢山の人の想いを形にしよう。笑顔で帰るお客様のために。
夢を叶える前に去ることになった俊己さんの分も・・・。
俺の心は鋼のようにしっかりと固まった。
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