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june.4.2016 昔の男、現れる 1
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「お疲れさま。」
「じゃあ、また明日。」
皆で今日一日の労をねぎらって声をかける。一人、一人と出て行って最後は僕とミネさんが残る。鍵をかけるミネさんの後ろで待つのが毎日のパターン。
そしてここから急いで電車停留場に向かう。札幌の電車がループ化したのは最近のことで、どっち回りに乗っても着くことは間違いないけど、やっぱり最短で帰ることのできる電車に乗りたいし。
まだ今週は残っているから、早く帰って体を休めるのが一番。
「うし、行くか。」
ミネさんが施錠を終えて僕たちは歩き出した。毎日疲れちゃいますけど暇よりいいですよね。なんて話しながらの帰り道。
「やっぱりか。」
ミネさんの顔を見るとまっすぐ前を向いている。なんだろう、ちょっと怖い顔をしている。僕はミネさんの視線を追った。
電柱1本分の間隔をあけた先に男の人が立っている。開いている店と閉店を迎えた店が混じるこの時間は宵の始まりより暗く陰っている。先に立っている男の人、ミネさんの知り合い?
ミネさんが足を止めたから僕も歩みを止める。
向こうから近づいてくる男の人は僕より少し背が高いくらいだ。少しずつ存在が大きくなり、顔を見て僕は思わず声がでた。
「えっ・・・。」
「ハルの知り合いか。」
「・・・たぶん。」
「ラストオーダーのちょっと前から何度か店をのぞいていたから。気が付かなかった?」
僕は扉が開く音がすればドアのほうをみるけれど、その音がしない限りは店内に目を配っている。お客さんの表情やテーブル、グラスにお皿。僕の見るべき景色は外ではないから。でも厨房から店内を見渡せば必然的に外が見える。
「ハル、あれ誰?」
「たぶん・・・先輩だと思います。なんだって今頃。」
「心当たりはないの?」
「ないですよ!もう何年も会っていません。高校生の頃ですよ?あんな形になっても想い続けるとか僕の性格では無理なので。一切連絡もしていないです。」
「そうか。」
ミネさんの腕が僕を守るように肩に回って引き寄せられた。先輩らしき人は一瞬目を見開いたけれど歩調を緩めることなく近づいてきて僕の視線をとらえた。
「北川・・・久しぶり。」
こんな声だっただろうか。僕より5~6cm大きいだけの身長は変わっていない。高校生の頃は真っ黒だった髪はいくぶんやわらかい色になっていた。切れ長の目もそのまま。僕にはいつもキラキラ光っているように見えた瞳。今は暗いからよく見えていないけれど、会っていなかった時間は確実に先輩を大人に変えていた。2歳年上だから、就職してサラリーマンになっているのかもしれない。スーツを着ている姿をぼんやりみながら、何も感じていない自分に安心した。自分でも失くしたことを忘れてしまった忘れ物を「どうぞ。」と差し出されたような気分。へえ、失くしてたんだって気づく感じ。
先輩の顔を見ても心は無言のままだ。
「少し時間ある?」
ミネさんの腕に力がこもる。ギイさんが突然やってきた時と同じ。まだ皆がいたら先輩は全員に睨みつけられていたはず。そんなことを思ったら自然と笑みが浮かんだ。
僕の表情を勘違いしたのか、先輩がにっこり微笑んだ。
「ハル、どうするの?」
ミネさんの声は平坦だ。単なる心配だってことはわかっている。わかっているけどちょっと嬉しくもある。
なんだかあまりよくない状況だというのに、僕は楽しくなってきた。そんなことを言ったらミネさん怒るかな。
「話があるそうなので、聞いて来ようと思います。」
「大丈夫?」
僕は自分の肩にまわっているミネさんの腕をポンと叩く。
「大丈夫ですよ。悪い人じゃないですから。」
「ハル、俺店で待っているから。ちゃんと帰っておいで。約束な。」
相変わらず平坦な声。思いやりや気遣い、心配・・・何もかも抑え込んだような声と言葉のギャップに僕は少し不安になる。
「ミネさん・・・怒ってます?」
ミネさんは僕の肩から腕をはずし、頭の上にのっけてワシャワシャした。フニャっと笑って静かに言った。
「怒ってないよ、けっこう心配はしているけど。」
「大丈夫です。でも先に帰ってください。」
「イヤで~す。待ってます。」
引く気配がないみたいなので僕はコクンと頷いた。
「わかりました。なるべく早くすませます。」
ミネさんはひたと先輩を見つめて言った。
「明日も仕事だから。早めに開放してくれるとありがたい。」
「・・・はい。」先輩はそう一言だけ答えた。ミネさんはわずかの時間先輩の顔を見つめた後「じゃあ、またあとで。」と僕に言って店にむかって背を向けた。
ミネさんの過保護・・・。今どんな顔して歩いているのだろうか。怒ってないって言ったから大丈夫だと思う。それに僕は早くミネさんと一緒に帰りたい。
「ハルって呼ばれているんだ。」
「うん。あの人がつけてくれました。僕のこと北川なんて誰も呼びません。どこかに入りますか?話をききますから。」
「悪いね。じゃあいこうか。」
先輩と並んで歩きながら、この人と一緒にいるだけでドキドキした自分を思い出そうとする
まったく思い出せないことに、やっぱり僕は嬉しさを感じる。
あ、飯塚さんが北川って呼ぶか・・・。
そんなことを考えられるくらい僕は冷静だった。
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