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september.11.2016 臆病風が吹いた先 5
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「またやっちゃった。」
シャワーを終えてマグにコーヒーを注ごうとして、3杯分のコーヒーをセットしたことに気が付いた。土曜と日曜の朝は儀と二人で飲むコーヒーを淹れる。
そっけないメールのとおり儀は俺の所にこなかった。習慣の週末モードで淹れたコーヒーは1杯半分無駄になるだろう。コーヒーで目を覚ましたら後は朝ビールのほうがずっといい。コーヒーで腹がチャプチャプするのは勘弁してほしい。
キイちゃんの助言通り、俺は儀のケツを蹴り飛ばしにいくつもりだ。何を考えたのか、もしくはやらかしたのか尋問してやる。事と次第によっては今までの関係が崩壊するだろう。それも仕方がないと思えた。もう二度と俺の部屋には戻らないこの物件と同じだ。いざとなったら引っ越しをすればいいだけの事じゃないか。
割とサバサバした気持ちで家を出た俺は、まっすぐ儀の家に向かった。地下鉄を一度乗り換えて5つ目の駅で降りる。めったにこない街は気持ちがワクワクした。通りの店が開いている時間に来ればよかったなんて考えながら歩く。
昨日までグズグズしていたっていうのに、小さなきっかけがあればこれだけ気持が変わるのか。
すごいなキイちゃん。
儀の住んでいる建物の下にはトラックが止まっていた。「あなたの暮らしを便利にお手伝い」と横にデカデカと文字が並んでいる。「不要な物は木野屋におまかせ」・・・?
作業服に帽子をかぶったおっさん2人と若い者が物を抱えて行ったり来たりしていた。
家電、安物の家具、ダンボール。
そしてどう見ても作業服さん達が出入りしている玄関は儀の部屋だ。
夜逃げ?あ、まだ午前中か・・・じゃなくて、逃げ出すつもりか?俺に何も言わず?これがキイちゃんの言う間違った方向性?
腹の底からフツフツと沸いてくるのは怒りなのか何なのか未経験すぎてわからないまま小走りに玄関に向かう。
「おはようございます~。」
作業服さん達の挨拶におざなりに応えつつ、靴をぬぎちらかして部屋に入った。
「おい!儀!なんなんだよ、これは!」
振り向いた儀はギョットしたように目を見開いた。なんの変哲もない白いTシャツにスエット生地のグレーのパンツ、しかもヨレヨレだ。裾を絞ったTHEスエットよりはまだマシかもしれないが。
「・・・ヒロ。」
ヒロじゃないよ、まったく。儀の顔に生気はなく、たしかにゲッソリしていた。ほかの男に現を抜かしているならもっとギラギラしているだろうから、その可能性はない。でもそれが一番単純でわかりやすい理由だっただけに、別の可能性が思いつかない。そしてそのほうが厄介だ・・・そんな気がした。
「すいませ~~~ん!全部運びましたんで。こちらにハンコとこれ領収書です。」
「あ、わかりました。」
俺の脇をすり抜けて玄関に向かう儀。おれは部屋の真ん中に立ったまま、すっかり物がなくなった様子に唖然ンとしていた。素気ない調度でも無くなればその差は歴然だ。新しい家具を買って模様替えをしましょうというレベルじゃない。家電もない、テーブルも、何もかも。床にはダンボールが転がっていて、荷造りが進んいる様子がわかる。
本気で逃げる気だったのか?
ここにきてアドレナリンらしきものがプツリと途絶えて俺はヘナヘナと床に座り込んだ。
「引っ越ししようと思ってさ。」その一言ですむ話だろ?
黙ってサクサク進めて、相談も報告も何もナシって・・・大概にしろよ、儀。
「ありがとございました~~。」
間延びした声とともに玄関の閉まる音。踵に重心を置く歩き方のせいで儀の足音はドシドシと煩い。それが俺の後ろで止まる。
「あ~ええと・・・・おはよう。」
バカか・・・お前は。なにが「おはよう」だ!
儀は諦めたのか、俺の前にドカリと座った。押し付けるように渡されたはビールの350缶。缶の表面は水滴だらけで濡れていた。
「ギリギリまで冷蔵庫に入れておいたから冷たいはず。」
「ビチャビチャじゃないか。」
「悪いな。」
その悪いは何の「悪い」だ?
俺はケツを蹴り上げにきたわけだから、黙って言葉を待つ必要はない。ずけずけ聞いてすっきりさせる。
「儀、俺はお前が何をしたいのかさっぱりわからないよ。仕事が立て込んでいるっていうわかりやすい嘘を言ったあと姿を見せなくなった。俺と一緒にいたくないのか、他に気になる男ができたのかと覚悟した。でも今日お前の顔を見る限り色ボケしている様子はない。
そしていきなり持ち物を不用品として業者に引き取らせている。どうすんだよ、こんな部屋で暮らしていけないだろ?
俺の所に転がり込もうっていうなら、あまりに勝手すぎないか?
俺がこの2週間、どんだけ落ち込んだか・・・儀はわかっていないんだよ。長いこと儀に惚れているのは事実だけど、死ぬ気になって愛想をつかすことだってできるんだ。
片思いの時はできなかったけれど、今ならできる。一度手にしたっていう事実があるからこそ離れることができるんだよ、そこんとこお前わかってる?
俺に甘えすぎだろ、いくらなんでも。」
儀は何もいわず缶の栓をプシュっと開けたあと一口コクリと飲み込み顔をしかめた。そんだけ濡れてんだ、ぬるいに決まっている。
俺はそのまま缶を床に置いて儀を見つめた。
儀は小さくため息をついたあと、胡坐に組んでいた足をほどいた。儀の足が近づいてきて、俺の膝のあたりにわずかだけ親指が触れる。
「・・・怖くなった。」
「だから何がだよ。一人の男を相手するのが?一人の男に縛られるのが?」
「真剣に向き合ってみたら、それが思いのほか心地がよくて・・・それで・・・無くなったら俺はどうするのか、耐えられるのか、そんなことが起こるのか?って考えが沸いてくる。その答えは「無理」ってことなんだ。でも毎日顔を合わせて、目が覚めたらヒロがいて・・・これが当たり前になってしまったらダメなんじゃないかって。一人でいても平気で、顔を合わせたらそれが嬉しいってことになれば・・・少し怖くなくなるって・・・いい考えに思えた。」
・・・なんだよ。キイちゃんのいう通りだ、いろいろ間違っているし意味がない。
「で?そのいい考えは試してどうだった?」
「散々だった。」
今度は俺がため息をつく番。散々だという言葉は俺の気持ちを少し浮き上がらせた。儀から言葉を引き出せば引き出すほど、俺のことが好きだっていう事になるはずだから。俺は蹴り上げる代わりに付け込んでやると決めた。
「キイちゃんが店にきたんだよ。」
儀が「えっ」と言う顔をした隙に足首を掴む。儀は後ろに手をついて体を支えたが抵抗しなかった。自分の胡坐の上に儀の足を置いて親指をつまんでひっぱることを繰り返す。
「言いすぎちゃったって、お節介やいてごめんなさい、って。マスターが儀さんに会いに行ってくださいってね。だから俺はここに来たんだ。キイちゃんのおかげだ。」
さっきまで力が入っていた足の力が抜けていく。儀はヨレヨレのスエットの太ももあたりに視線を落としながらボソボソ話始めた。
「怖いって言ったら、キイがさ・・・自分ならミネさんに怖いって言うって。「怖いの怖いのとんでけ~」って言ってもらったほうがマシだってさ。俺はヒロに甘えている自覚があるから、今回は自分なりに折り合いをつけるべきだって変なところに拘ってしまって・・・解決どころか状況は悪くなるばっかりだった。
キイみたいにさ、ヒロがいなくなったらどうしようって怖くなるって言えばよかった。キイのたった一言で俺の2週間の馬鹿さ加減が丸見えだぜ、情けない。」
「まったくだ。」
「おまけに、あのシェフ。キイの両親に交際宣言しに行ったらしい。俺は心底驚いたよ。」
「ええ??それは初耳だ!」
「だろ?それでさ、いつか京都に二人で行って箸をオーダーするんだと。20代の男がオーダーするなら他にもあるだろう色々とさ。でも箸なんだわ、これが。
儀さんに必要なのは覚悟と一緒にいるための約束ですって言うわけ。」
「ずっと一緒にいましょうね、的なのか?そんな言葉に意味はないだろ。」
「そうだよ、意味がない。だから意味ある約束だ。キイは箸のオーダーだろ?俺たち一緒に何かしようって考えたことなかったよな。あそこに飯食いに今度行ってみるか程度だ。温泉とか旅行とかそういうの一度も考えたことがなかった。
ヒロ、お前行きたいとこない?」
唐突すぎるだろ。行きたいとこ?いきなり聞かれてもな。
「んん・・・どこだろう。香川で食べれば讃岐うどんは本当に旨いのか、とか。福岡のうどんはブヨブヨなのか・・とか?」
「香川と福岡に行きたいのか。」
「・・・いや、別に。一回もいったことがないから海外に行きたい気もするけど、どこの国に行けばいいのか見当もつかない。ああ!沖縄がいいかも。水族館あるだろ?あの水槽のアクリルを作る会社のドキュメンタリーを見たとき、行ってみたいなって思った。」
儀は視線を落したまま、足の指を使って俺の人差し指をギュと挟んだ。
「じゃあ、沖縄に行く。これが俺たちの当面の約束。俺の休みが取れ次第実行に移す。」
「旅行の話じゃないだろ?今俺たちは何でこんなことになったのかって、おい!」
儀が俺の指を思いきり挟んだまま膝を曲げたから俺はあっさり前のめり。そしてあっという間に腕の中。
抱きしめられているというより、しがみつかれている感じ。
儀の体が小刻みに震えているから俺はされるがままじっとしていた。
「まずい・・・泣きそう。」
お前はすでに泣いているだろうが!
「泣けよ。」
「怖くてもヒロと一緒が・・・いい。」
「ああ。」
「たくさん約束を押し付けるから、約束を果たすまで俺といてくれ。」
「俺はそのつもりだったぜ?勝手に距離置いたのは儀だ。」
「・・・わかってる。」
「お前バカだと思っていたけど、思った以上にバカで臆病者だな。」
「・・・返す言葉がない。」
儀の腕に力がこもる。
「ヒロが・・・いる。」
馬鹿なのは俺も一緒だよ儀。バカで臆病者のお前を今俺は心底愛おしいと思っている。おまけに可愛いと感じている。
バカで手がかかるほど、俺はどんどんお前を好きになるんだ。悔しいから言わないけど。
「もう一つ。引っ越しするのか?」
儀はようやく俺を離した。そこにある儀の顔は充血した目と赤くなった鼻の頭、こけた頬というかなり残念なラインナップ。儀自身がしでかした事とはいえ、その原因が俺であるということがやっぱり嬉しい。
俺は変態か・・・まったく。
「ひどい顔だな。いちおうイケメンの部類にはいるっていうのに、これじゃどんな男もひっかかってくれないよ。」
「ヒロがいいって言うならブサイクになるぞ、俺。」
「バ~~カ。」
「ヒロ。」
「なに。」
「一緒に住まないか?」
「・・・え。」
「たくさん約束をして退路を断つっていうのがヒロと一緒にいるために俺がする事だなって。ろくすっぽ帰ることもなく愛着も何もない自分の部屋にしがみつくなら、ヒロと二人で居心地のいい場所を作りたいと思った。今のヒロの所なら手狭だろうから、部屋を探そう。」
「・・・儀。」
「・・・ダメかな。」
情けない顔の眉が下がり、さらにイケメン度が下がる。さすがに俺は可笑しくなって笑いながら儀のほっぺたをペチペチした。
「男二人で住むのって変な勘繰りされないかな。」
「不動産持ちの知り合いがいるから問題ない。」
「リッチな知り合いだな。」
「しかもゲイだから、俺たちが住むことに難癖をつけることはないから大丈夫・・・ってヒロ、いいのか?」
「いいのか?も何も、どうするんだよ、持ち物なくなってるじゃないか。当面いるものだけ何かに詰めろよ。まずは仲良くSABUROに行ってキイちゃんにありがとうを言う。そのあと本屋に行って沖縄のガイドブックを買おう。あと住宅情報誌も。どんなタイプの部屋が希望なのか相手に伝えないといけないだろ?
部屋の数はどうするとか、立地はどこがいいとかさ。俺たちにとってのベストを探そう。」
そしてまた俺は儀にしがみつかれた。グズグズ鼻をならしている儀の頭をポンポンしながら、本当に手のかかる男だと心の中で呟く。
でもこの男が良いって俺が思っている以上付き合っていくしかない。というか・・・苦じゃないから始末が悪い。これからもこうやって儀は自分を見失ったり、何かを改善しようとして間違い続けるのだろう。
その度に俺は儀の腕をひっぱり「どうした?」と聞いてやることにしよう。グズグズ堂々巡りをして怯えるのは今回で最後にする。
傍から見れば理想のカップルには程遠いはずだ。
それでいい、俺と儀が二人で見つけた形こそが「理想」になる。
誰かの理想や他人が夢想する「こうあるべき」を欲しがったり比べたりするから間違った方向性に進んでしまうのだろう。
理想なんてくそくらえだ。
俺は儀と二人の形を見つけてみせる。
儀となら面白可笑しく、それに到達できる確信があった。12年は伊達じゃない。
俺は2週間ぶりに儀を抱きしめることができた。この体温と俺にすがって泣いている男が俺はやっぱり好きなんだってことを思い知る。
なんだかんだ言って、俺も大馬鹿者だな・・・。
END
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