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september.17.2016 優しい時間
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「クラっと回った。」
ミネさんはソファにボタンと横になった。仕事が終わって帰ってきて、お疲れビールをしていたらこんなことに。350缶の2つ目の栓を開けてから少し。酔うほどの量でもないのに・・・本当にお疲れだったのかもしれないですね。
「疲れていたのかも。季節の変わり目だし、朝晩の気温が低くなっているのも影響しているのかな。」
僕はソファとテーブルの間に挟まるようにして床に座っている。これが僕の定位置で、ミネさんはソファに座りながらなんとなく僕に触れる。ちょっとくすぐったい気もするけれど、髪とか耳を触られるのは嫌いじゃない。
「そうだな~秋だよ。実りの秋だけど、今回の台風で原材料に影響があるだろうから、いつもよりウキウキしない。」
「ですね、カルビーは3つだか4つの商品発売を見送ったらしいし、十勝のコーン缶詰もダメなんですよね。」
「そ、大変。SABUROにとっては湯水のように使う玉ねぎだろ?あとジャガイモだって色々使うし、値上がりするだろうな・・・いろいろなものがさ。」
「どうしましょう。」
「どうにかするしかないでしょう。う~~~ん。」
ミネさんがゴロゴロバタバタしている気配に後ろを振り返る。横になったミネさんがユラユラしていた。
「ベッドで寝たほうがいいですよ。」
「んんん・・・。」
それは「はい。」ですか「いいえ。」ですか?
ほっぺたをムニュっと摘むのもいつもの事です。ムニュムニュもワシャワシャもミネさんの精神安定に役に立っていると思いたい。
「うわあああ!!!ってならないで済んでいるんだわ、たぶん・・・ハルのおかげかな。」
??? うわああ?
「あ~疲れたって帰ってくるだろ?飯塚と殴り書きしたホワイトボードが頭に浮かぶわけ。今日FAXした以外の商品、忘れないで明日発注しなくちゃな~とか。あと仕込みがアレとアレとアレ。そろそろアッチも補充しないとならん・・・とかなんとか。
それを切っ掛けにして、来週のゴツイ予約はうまくできるかな~とか。
オードブルは内容を変えたほうがいいのかな?いやそうはいっても、年に1度しか食べないなら毎年一緒でよくないか?でもな・・・クリスマスや年末以外のタイミングでオードブル頼んでくれるお客さんもいるから全部同じだと手抜きだと思われない?
とか・・とか・・とか
一人で考えだすとどんどん沸いてきて、ビールも味がしなくなってさ、テレビの音も聞こえなくなって、せっかく見ていたドラマの内容が抜け落ちる。
最初から再生にしても一度浮かんだアレコレが消えてくれなくて「うわああああ!!!」って声にだしてみたり。
9月の半ばからそういう状態になって10月にはがっつり暗黒モードになるのよ。積み重なっちゃって。」
「ダースベーダーに変身しますもんね。」
「そういうこと。」
ミネさんは僕の鼻をキュっとつまんでふんわり笑った。
「でもなんだろ。お疲れビールしてソファに転がってさ、録画したドラマみたり、なんてことない話をハルとする。ソファとテーブルの間にモフっと座っているハルの後頭部を眺めて髪で遊んだりしているとさ・・・なんていうかな「なんとかなる。大丈夫だ。」って根拠のない大丈夫が浮かんできて、懸案事項を押し流してくれるわけ。だからウオオオオ!!!言わなくてもよくなった。」
少しは役にたっているってことですか?
「ハルはすごいのな。」
「なんにもですよ・・・もっとミネさんの役に立ちたいと奮闘中ですが12月はお手伝いが精一杯です。」
「そんなことないって。ミニトマト洗ったり、ポテサラ巻き巻きより今年はもっと任せられる。」
「ですかね。」
「です、です。」
僕も真似したくなってミネさんの鼻をキュっと摘まんでみた。フニフニしていて、うわ、鼻って可愛い。
「ハルがエヘヘって顔してる。」
「そうですか?鼻が可愛いなって。」
「そうなんだよな、ほっぺたが可愛いのは皆知ってると思うけど、意外と鼻がいいわけよ。鼻を摘まむとハルはちょっと寄り目になるから、その付録もいい感じ。」
「付録ってもう~。ミネさんはたれ目度が増すかな?」
「ほほお、そうなんだ。」
ミネさんは「やっぱりな。」と言ってふにゃっと笑った。
「やっぱりって何ですか?」
「励まされたり、大丈夫ですよって言われたわけじゃないのにさ、それと同じくらい落ち着く。鼻の摘みあいなんて今時子供でもしないだろうけど。」
落ち着く・・・か。
気持ちが穏やかになったり自然に笑顔になったり、ミネさんと暮らし始めて僕は一人のときよりも自分の事を見つめることが多くなった。時に落ち込んだり、無理なのかなって諦めたり。しょんぼりしたり悲しいなって思ったりもした。
でも必ず笑顔が戻ってきて、やっぱり一緒にいたいって願った。
そして今僕の隣にはいつもミネさんがいる。
ミネさんの「落ち着く」って言う言葉が本当にぴったりで、二人で過ごす特別のことはなにもない普通の時間。それは気持ちが落ち着く素敵な時間で、僕が知らなかった事・・・ミネさんが僕にくれたプレゼント。
「なに可愛い顔してんの。ハル・・・おいで。」
僕は素直にミネさんと一緒にソファにコロンと横になる。抱きしめられて、意味もなく涙がでそうになった。
「ハルをどんだけ追い出そうとしても俺の中に刺さっちゃって無理って自覚してさ、色々考えたり悩んだりした。誰かを好きになったら、ドキドキとかワクワクするじゃない。」
「ですね。」
しょんぼりしたりもしますよ。でもそれは言わないことにした。
「うんうん唸っていた頃の俺に言ってやりたいなって最近思う。好きになった先のこと全然考えていなかったんだよね、俺は。」
「先・・・ですか。」
「そう、その先。というか今がその状態なんだけど・・・好きな人と一緒にいると穏やかな気持ちになって安心するってことかな。優しい気持ちになれる自分がいる。
お客さんに「優しい味がします。」ってよく言われるけど、俺的にはそれ味がしっかりしていないとか、パンチがないっていうマイナスな印象があって、あんまり喜べなかったんだわ。」
「そうだったんですか。」
「うん。でもね、最近は褒め言葉だって思えるようになった。ハルが俺にくれる優しい気持ちがね、料理によってお客さんも感じてくれたとしたら素敵なことだなって。
先を考えて悩む時にひっぱりだすのはマイナス面ばっかりだよな。こうなったらどうしよう、反対されたらどうすんの?男同士でやっていかれるの?とかね
一緒にいるとどんな楽しいことがあるかな、いいことがあるかなって全然考えてなかった。」
確かにそうだ。ミネさんと一緒にいられなくなる将来とか、結婚するミネさん、僕じゃない誰かを好きになるミネさん。僕がしょんぼりするときは決まってそんなことを考えていた。
一緒にいられたら何をしようか、何ができるか・・・そんな事を考えたことはなかったかもしれない。
「ドキドキわくわくより、今とってもいい状態の心でいられている。だからね、これが無くなったりしたら大変なわけ。手離さない為に何かしろって言われたら大概のことはしちゃう自信がある。
「ここはダメです。こういうところは格好悪いです。」ってちゃんと言ってくれる?
ハルと一緒にいられるように俺頑張っちゃうから。」
・・・もおお、どうしてそういうこと言うかな。こんなにあっさり言えちゃうの?
今の気持ちを言葉にしたら堪えているものが零れてしまいそうになってミネさんにギュウとしがみつく。おでこにふわりとキスがおりてきて・・・喉の奥がきゅうとなる。
「月曜日、雨じゃなかったら「オータムフェスト」に行こうか。メニューの参考になるものがあるかもしれないし。」
大通り公園1丁目から11丁目まで全部出店だらけになる食のイベント。ビアガーデンよりも広い。大通り公園の端から端までイベント会場。実は興味があって一緒に行きたいなって思っていました。
「・・・はい。」
「ん?いやなの?」
「いいえ、むしろ行きたいです。」
「ん~もお、どうした?」
頬に添えられた手が僕の顔を上に向けた。情けない顔が丸見えになってしまったけど、仕方がない。すぐに表情なんか変えられない。
ミネさんの優しい顔が見えて、引っ込みそうになっていたものがぶり返しそう。
「嬉しいな、俺。」
「・・・なにがですか。」
「ハルがそんな顔をしてくれていること。俺の気持ちがちゃんと伝わっているってこと。俺たちは仲良しで気持ちがちゃんと繋がっている。
そんな顔を見たらね、ハルが可愛くてもうどうしろってんの!ってなる!」
苦しいくらいにギュウと抱きしめられて息が詰まった。
飯塚さんが紗江さんにトルコキキョウを贈った時、理さんは飯塚さんのあったかもしれない未来を奪ったのかなと言った。
僕が理さんに言ったのは自分には未来がちっとも見えませんということだった。
でも・・・今は違います。
「おやすみ」を言ったあと、夜があければ「おはよう」が待っています。出かける月曜日、いつか京都にいこうねっていう約束。それは全部僕の未来で、ミネさんと作る僕の将来です。
明日を信じてもいいってことはこんなに幸せで嬉しいことなんですね。
「そろそろ寝るか。」
「はい。」
ミネさんは僕の鼻をキュっと摘まみながら言った。
「ハルにおやすみをして、朝がきたらおはようを言う。単純なことだけど、一日の終わりと一日の始まりが穏やかで嬉しいな、よかったなって思えるっていうことは幸せなんだよ。
ささやかかもしれないけど、そういう幸せを沢山作っていこうな。」
今度は我慢できなかった。ポロリとこぼれた涙をミネさんは微笑みながら拭ってくれた。
宝くじに当たるみたいなラッキーを望む人は多いだろう。
でも僕はミネさんと作る、ささやかな幸せのほうがずっと欲しい。
幸せだ、良かったと思えることは、ちゃんと目を凝らせば自分の周りに沢山あるはず。それを一つ一つ手にして笑顔でいよう。
ミネさん、僕はあなたが大好きです。
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