アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
カミングアウト
-
静寂すぎて耳が痛く感じる。
言った言葉を無しにする事は出来ない。
直輝の家族は今この時間をどんな気持ちで過ごしているのだろう。
「そっかぁ、じゃあ誰も反対は出来ないね?」
そんな中、緩やかな声音で優しく笑みを浮かべたのは紀壱さんだった。思わぬ言葉に反射で顔をあげる。
「一つだけ確認させて?」
見上げた先には間違いなく柔らかな瞳が俺と直輝を見ていて、亜麻色の瞳にはおおらかな愛情が浮かんでいた。
「パパがママを愛してるように、直輝も祥君を愛してるってことでいいのかな?」
「ああ」
「もしも何かあった時、必ず祥君を助けてあげる?」
「勿論だ。必ず守る。絶対に泣かせない」
「そう。祥君、こんな直輝の事任せてもいいかな?」
「えっ」
当然のように進んだ会話に気を取られ返事に詰まる。
「直輝は見た目よりもうんと我儘な子だ。ただ俺に似ていて、嘘はつかないと思う。祥君のこと大切にするって言った直輝の言葉を、信じられるならパパは賛成です。結婚をするのか、養子縁組を組むのか……それは二人の未来だからゆっくりと考えるといい。君達が困った時、僕は二人を助けると約束しよう。二人がお互いを愛してるならば、出来ることに尽力は惜しまない」
丁寧に、力強く。全てを包み込むように紀壱さんが問いかける。
俺は身に余りすぎる程の言葉に瞼の奥が熱くなった。
「ママは?」
喉奥がひりついて、涙が零れそうになって俯くと直輝の優しい手が頭を撫でる。お陰で嗚咽が零れそうになり、紀壱さんは小さく微笑むと隣に座り会話を聞いていた凪沙さんに視線を向けた。
「私から言うことは特にないわよ。ただ、ほのかにあの世で会ったら土下座しないといけないわね」
不意に上がった懐かしい母の名前に胸がつきりと痛む。凪沙さんと俺の母は同級生であり、そしてまた俺達と同じく幼馴染みの関係だったそうだ。
「ああ、違うのよ。誰かを責めているわけでも否定的意味もないの。寧ろいつかこうなるとは思っていたわ。直輝も私もそっくりだもの。欲しいものは何が何でも手にする。全く、よりによってこんな優しい子を手にするだなんて……。直輝、祥を必ず幸せにしなさい。あんたが出来ることはその身をもって誰よりも祥を笑顔にする事よ。その自信が無いだなんて腑抜けたことは言わないでしょうね?」
切れ長の瞳で直輝を睥睨し、サッパリとした態度で問いかける。直輝は迷いなく「当然だ」と笑い、「俺と一緒にいて不幸になる筈が無いだろ」とここでもぶれる事なき尊大な態度を見せた。
縮こまっている自分だけがなんだか場違いに思えるほどすんなりと受け入れられた事に驚きを隠せない。
いつかこうなると凪沙さんは言っていたのも気になるし、何よりも皐季さんは剣呑な態度を隠す事なく腕を組みこちらを見ていた。
「難しい事もあるがお前達が切り拓くと考えればいいんじゃないか?」
そう言ったのは海咲ちゃんだった。
「今はまだ日本国内での同性婚は許されてはいないが、それも時間と共に変わるだろう。ここ最近では同性愛に寛容な者もいる。何をしたって批判はつきものだ。注目を浴びる分、余計に悪意に晒されることもあるだろう。だが私達が何があろうとお前達を応援する事も事実だ。下らない悪意に目を奪われず、何が大切なのか見抜き貫き通せる強さを持てば、不可能は可能になる日がくる。お前達は二人ぼっちではないだろ? 私達もいるし、友人だっている。困った事があれば大いに頼ればいい。私は、二人が隠すことをせずに話してくれた気持ちに感謝するよ」
海咲ちゃんの言葉が衝撃的だった。
悪い意味ではなく、良い意味として。
『二人ぼっちではない』という言葉が頭に反響する。まるで孤独の檻に入れられた思いだったけれど、それは間違いだった。
直輝にはこんなにも優しくて愛情に溢れた家族が居る。そして俺にも義父である享さんと陽がいる。他にも聖夜や、瑞生さん達だっているんだ。
孤独だと嘆く必要はどこにもない。
「悪いけど、俺は反対」
改めて人との繋がりの尊さに気づかされた時、冷たく硬質な声音が響いた。
「意地悪で言ってる部分も確かにあるけどな。そうじゃなくてさ、もしも別れたらどうすんだ?」
真意を図る様な物言いに、直輝が眉間に皺を寄せる。
「皐季が否定しようが俺の気持ちは変わらない」
「直輝の気持ちが変わらなくても、そいつが心変わりしたら? 名の知れたモデルで、平坦な道を歩めば普通以上の幸せを手に出来るっていうのに。お前は馬鹿だな、直輝」
「何が言いたいんだ?」
「捨てられるのは必ず直輝だって言いたいんだよ。お馬鹿な、なっちゃん?」
「っ!」
煽るように微笑み、皐季さんが席を立つ。
なっちゃんと愛称ではなく、直輝と呼んでいた。いつもの飄々としていて翻弄することもせずに、皐季さんは堅い口調でそう言うと、すべてを見透かしている様な瞳を俺に向けてリビングから出て行ってしまった。
「まあ、皐季は皐季で何かしら考えているのよ。直輝の事溺愛しているから、取られたとでも思っているんでしょう。祥、気にしちゃ駄目よ」
「皐季は直輝っ子だからねぇ。パパよりも直輝ばかり相手にするから」
ご飯が冷めてしまったとなんでもないかのようにたわいもない話が始まる。
一人一人からの言葉を聞いても未だ現実なのか、都合のいい夢を見ているのか定かではなくて直輝を一瞥すると、抱き寄せられて額にキスをされた。
「だから大丈夫だって言ったろ?」
「っ、」
「大丈夫だから大丈夫って言うんだ」
根拠なんかなかった癖に。
堪えても、涙目になり濡れた眦を直輝が拭ってくれる。珍しく意地悪でも、下心もない、優しい笑顔につられて情けなく俺も小さく笑みを零した。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
486 / 507