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初めての涙
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葵の家の最寄り駅は行ったことのない駅だった。
土地勘がないので、地図と道を見比べながら足を進める。
スマホに目を移していると、突然肩に勢いよく何かがぶつかった。
顔を上げると20代ぐらいの男が息を切らしつつ凄い目で睨んできた。
「どこ見て歩いてんだ!」
「す、すいません」
舌打ちをした20代位の若い男と、どこか心ここにあらずで男に引かれる40代位の女は、余程急いでいるのかすぐに走り去ってしまった。
そういえばあの男、見覚えがある気が…
何だったかな…
あとちょっとで思い出せそうな歯がゆい感覚に悶々とする。
しばらく考えても出てこないので一度考えるのをやめて、地図と睨めっこしながら歩くとなんとかそれらしきアパートに着いた。
2階建ての建物は塗装が剥がれ雨樋も壊れていて、大地震が来れば一溜まりもなさそうだった。
本当にここに葵が住んでいるのかと訝しむが、ポストのネームプレートを見るとしっかり望月の名前が書かれていた。
ギシギシと軋む階段を上り、葵の家の玄関前に立つ。
変に緊張してしまったので、一度深く深呼吸をしてから呼び鈴を押した。
財布を渡して、具合はどうか聞いて、テストのこととかちょっとだけ話して、あわよくば冬休みの予定を聞けたらいいなぁ、とかそんな計画を妄想して待つ。
しかし中からは物音1つ聞こえなかった。
一応もう一度押してみるが、同じく反応は無い。
寝てるのかな…?
どうしよう…ポストに財布を入れとくか?
いや、万が一気づかなかったら困るし、ポストを見る前に財布がないのに気づかれたら探させてしまうだろう。
やっぱりこういうのはちゃんと直接渡さないと…
ダメ元でノブを回してしてみる。これで開かなかったら財布はここの大家さんにでも預けるつもりだった。
しかしドアはガチャリと音を立ててあっさりと開いた。
不用心だな…
そう思いつつ恐る恐る部屋を除く。
物の少ない殺風景な部屋。
西側に窓がないから部屋の中は薄暗い。
そのせいか人の気配を感じなかった。
「お邪魔しまぁす…」
相変わらず返事は無い。
ふと視線を下げると、玄関前に見慣れた制服のズボンが乱雑に落ちていた。
意外だな、葵ってこんな風に適当なことしなさそうなのに…
よく見るとズボンの周りには白いワイシャツのボタンもいくつか落ちていて少し不思議に思った。
無断で部屋に侵入しているので、つい忍び足で部屋に上がる。
「…葵ー?潤だけ、ど…」
入り口から死角になるところ。そこにあったもの…いや、そこにいた人を見て言葉は喉の奥に引っ込んだ。
ワイシャツ以外何も、下着すら身に付けていない葵が冷たい床に横たわっていた。
唯一羽織っているワイシャツも、前が開いて肌蹴ている。
「あ、あおい…葵!!!」
頭から流れた血が顔に伝っている。
そばに血のついた灰皿が転がっていた。
赤黒い血が顔色の青白さを際立たせて、本当に死んでるんじゃないかと思った。
全く状況が読めない。
なんで葵は倒れてるんだ。
こんな格好で、こんな怪我をして…
誰がやった?どうして?やられてからどのくらい経った?
何で…こんなに傷だらけなんだ…
「葵…っ、起きてくれ、葵!」
力の抜けた体を藁にもすがる思いで揺する。
「ん…」
小さく唸ると、葵は一度ぎゅっと目をつむり、ゆっくりと開いた。
それを見てホッと肩から力が抜けた。
「葵!よかった、目覚めて…!」
ぼんやりと漂わせていた視線が俺の目を捉える。
「じゅ、ん…?…んで、ここに…」
寝惚けたような声でそう呟くが、直後葵は突然覚醒したように目を見開いた。
「み、見ないで!!」
怖がるみたいに叫んで自分の体を小さく抱く葵。
手を伸ばそうとすると、ビクッと肩が震えた。
その姿は、いつも学校で見せるような賢くて飄々としたものとは全く異なっていて、俺は驚きを隠せなかった。
「お願い、帰って…」
体を抱いても何も履いていない足は隠れない。
酷い色の痣は、さっき腹の方にも見えた。
見えない箇所にいくつあるかなんて分からない。
聞かなくてもいいと思ってた。知らなくてもいいと思ってた。友達になるために必ず自分のことを全部話さなきゃいけないなんてルールはない。
でも、今見て見ぬ振りするのは…友達失格だ。
「……帰らねえよ…こんな状態のお前見て、黙って帰るわけないだろっ!?」
葵の膝元の畳に一滴水滴が落ちた。
それは、俺が初めて見た、葵の涙だった。
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